じしゃく忍法帳
ポケットベルの呼び出しとポケットベルの振動の仕組み
ポケットベル着信のブルブル振動の仕組み
ポケベル着信のブルブル振動の仕組み
建て付けの悪い引戸は、キィーッときしんだり、ガタガタと音を立て たりします。屋敷に潜入しようとする忍者が、こんな戸を開けたら、た ちまち気づかれてしまいます。そこで忍者は敷居の溝に油を流し込み、 滑りやすくしてから戸を開けました。
この忍法は泥棒もマネしたようですが、忍者が泥棒とちがうところは、 敵に発見されたときの対策を考えているところ。忍者は屋敷内に潜入し たあと、要所要所の引戸を“戸じめ器”というZ字型の金具で固定しま した。こうしておくと、開けようとしても錠がかかったようにビクとも しません。敵があわてふためいているスキに逃げるという寸法です。戸 じめ器は襖(ふすま)や障子を傷つけずに固定できるので、現在でも和 風旅館などで使われます。忍法のスピンオフ(副産物)の一例です。
引き戸のきしみは摩擦による振動音。大地を揺るがす地震も、岩盤の 摩擦によるものです。摩擦がなければクルマも電車も動きません。かと いって、振動のすべてが摩擦から生まれているわけではありません。
たとえばポケットベルや携帯電話において、アラーム音やメロディに かわって着信を知らせてくれるブルブルという振動。これはモータの回 転運動を利用したバイブレータによるものです。ポケットタイプのゲー ム機にも使われていますが、では、こうしたバイブレータは、いったい どのような仕組みで振動を起こしているかご存じですか?
モータの回転軸に偏芯オモリをつける
ポケットベルや携帯電話、ゲーム機に搭載されるバイブレータは、小さなDC(直流)モータの回転軸に、偏芯オモリをつけたものです。
通常のモータは、回転音は聞こえても、あまり振動は起きません。重心が回転軸と一致しているからです。ところが、バイブレータでは偏芯オモリをつけて、モータの回転軸と全体の重心をわざとずらしてあります。このためモータの回転にともなって、モータ側にも偏芯運動が起き、それがケースに伝わってブルブルという振動を起こすのです。
モータに偏芯オモリをつけたバイブレータは、電動歯ブラシにも使われます。しかし、ポケットベルや携帯電話、ゲーム機では、通常のマイクロモータよりも、ずっと小型のモータが使われます。何と直径5mm、長さ10mmほどの箸の先ほどしかないミニミニサイズのDCモータです(図1)。
おもちゃや工作などで使われる一般的なDCモータは、鉄芯にコイルを巻いた回転子(ロータ)、その周囲に置かれた磁石の固定子(ステータ)、回転を一定方向に保つ整流子(コミュテータ)からなるモータです。電流を流すとコイルに磁界が発生し、磁石の磁界と相互作用を起こして回転運動をつくります。ポケットタイプのゲーム機のバイブレータには、このDCモータが小さくしたものが使われます。
しかし、モータの回転運動は電磁誘導の原理によるものであり、ロータが内側、ステータが外側である必要はありません。そこで逆転の発想によって、内側に磁石、外側にコイルを配し、さらにコイルの鉄芯をなくしたのがコアレスモータと呼ばれるDCモータです。小型コアレスモータはポケットベルや携帯電話のバイブレータや、精度や信頼性が要求される電子機器などに用いられます。
図1 小型バイブレータ用DCモータ
鉄芯のないコイルがロータとなって回転
コアレスモータの構造を図2に示します。内部に置かれているのは円筒 形の磁石で、それを取り巻くコイルに電流を流すと、コイルと一体にな ったロータが回転する仕組みです。見かけの構造は簡単ですが、コアレ スモータのコイルはカップ状で、コイルの巻き方に工夫がこらされてい ます。しかし、強力な希土類磁石によって内部の磁石のほうは容易に小 さくできるので、モータ全体の小型化にも有利。しかも、コイルに鉄芯 がないために慣性が小さく、立ち上がり(起動特性)にもすぐれ、コア レスなどで鉄損失もありません。小型・薄型・軽量化が要求されるポー タブル電子機器のバイブレータには、まさにうってつけのモータなので す。身の回りではさまざまなタイプのモータが活躍しています。一般 的な家庭でも、50個以上のモータが使われているといわれます。
世界初のモータは、1821年、イギリスのファラデーによって考案され ました。あれっ?と首をかしげる読者もいるかもしれません。ファラデ ーがモータの原理である電磁誘導現象を発見したのは、1831年のことだ からです。
電磁誘導現象の発見より10年も前に発明された世界初のモータとは、 次のようなものでした。
電流の磁気作用を発見したエルステッドの論文(1820年)を読んだフ ァラデーは、持ち前の旺盛な好奇心と実験精神により、ある装置を考案 しました(図3左)。水銀を満たした2つの容器を用意し、片方の容器には固定し た棒磁石と可動型の電極、もう片方の容器には可動型の棒磁石と固定し た電極をセットしたのです。ここで、2つの電極に電流を流すと、可動 型電極、可動型磁石が、互いに反対向きに回転運動をするのです。電流 によって発生した磁界が、磁石の磁界と相互作用するためで、この現象 は電磁回転と呼ばれます。
図2 コアレスモータの構造
半導体技術を利用した静電マイクロモータ
ファラデーの実験装置では、電極の回転も磁石の回転も同じ作用によ るもので、2つの容器の片側でもよいことが分かります。1823年にP・ バーローが考案した装置(バーローの車輪)は、ファラデーの実験装置 のバリエーションです。これは馬蹄形磁石と金属製歯車を利用したも ので、図3右のように歯車の先端が容器中の水銀に触れるようにセットし てあります。回路に電流を流すと歯車から発生する磁界が、馬蹄形磁石 の磁界と相互作用を起こして歯車は連続回転する仕組みです。
しかし、こうした初期のモータは、動力として利用するだけの力はな く、実用的モータとして発展することはありませんでした。
ファラデーのモータから180年を経た現在、モータ技術は完成の域に 達したようでいて、まだ多くの可能性を残しています。構造上のちょっ とした工夫によってエネルギー効率を高めることもできますし、コアレ スモータのように、逆転の発想による斬新なモータの開発も可能です。 世界中で膨大な数のモータが使われているので、わずかな改良でも、そ の省エネ効果は絶大です。
直径1mmにも満たないモータも開発されています。たとえば半導体技 術を利用して、シリコン基板上につくられた静電マイクロモータは、静 電気の反発・吸引力(クーロン力)を利用したものです。
それよりもっと小さなモータも自然界に存在します。しっぽのような 鞭毛をもつバクテリアは、鞭毛をスクリューのように回転させて水中を 動き回ります。この鞭毛回転機構はモータに似ているので、これを手本 にしたバイオモータの研究も進められています。さまざまなタンパク質 を部品のようにしてマイクロマシンがつくられるようになれば、SF映 画『ミクロの決死圏』さながら、体内で病原菌を撃退したり、治療した りするマイクロ医療ロボットも夢ではなくなるでしょう。
図3 ファラデーの電磁回転の実験装置(左)とバーローの車輪(右)
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