じしゃく忍法帳

第40回「アクチュエータは磁石ロボット」の巻

磁力を動きに変える術

紀元前に計画された磁石による空中浮遊

忍法はマジック(手品)に通じるところがあります。たとえばマッチ箱の中に入れ たコインが消える……といったマジック。見かけは普通のマッチ箱のようで、実は忍 者屋敷のように、内部に隠しスペースがあるのです。鍵をかけられた箱の中から脱出 するというマジックもまた、どこかに必ず秘密の抜け穴・抜け道が隠されています。

空中浮遊のマジックも、客席から見えない支柱で人体を支えたり、ピアノ線で吊っ たりしています。あまりスマートではありませんが、これと似たような忍法も知られ ています。忍者姿のハリコの人形を糸で吊るし、空を飛んでいるように見せかけると いう術です。

磁石の反発力を使えば、支柱や吊り機構なしに、正真正銘の空中浮遊ができそうで す。このアイデアは新しいものではありません。紀元前3世紀のエジプトにおいて、 神殿の天井に磁石を据え、鉄製の彫像を空中浮遊させたという計画があったと、古代 ローマのプリニウスが著書『博物誌』の中で伝えています。もっとも、当時の磁石と いうのは磁力の弱い天然磁石(磁鉄鉱)にすぎず、これは古代人の空想によるつくり 話とみられています。

今日では強力な磁石が容易に入手できるので、人体を空中浮遊させることは可能で す。とりわけ強力な希土類磁石では、同極どうしを手で合わせられないほどの反発力 を示します。ただ、磁石というのは同極どうしの反発力と、異極どうしの吸着力がセ ットとなっています。空中浮遊するはずが、磁石に吸いついて離れなくなってしまっ ては、マジックがとんだお笑いに転じてしまいます。

アクチュエータは往復運動が得意

磁石の磁力はいつまでも保たれるので、これを動力として利用できそうに思います 。しかし、それは永久機関が可能になることを意味し、科学的に誤りです。たとえば モータに磁石が使われてはいますが、磁石は補助的な存在で、モータの回転運動は電 気エネルギーから供給されているのです。したがって、モータは必ずしも磁石を必要 としません。

電気掃除機などに使われるユニバーサルモータは、コイルから発生する磁界を利用 した磁石なしのモータです。しかし、エネルギーの補給なしに吸引力・反発力を保持 するというのは、磁石ならではの特長。これを動力伝達にたくみに利用したのが磁石 を使ったアクチュエータです。

アクチュエータというのは、耳慣れない言葉かもしれませんが、各種のエネルギー を変換して、機械力を得るための機器の総称です。モータも一種のアクチュエータで すが、磁石の吸引力・反発力を積極的に利用すると、モータとは異なるさまざまなア クチュエータが可能になります。たとえばモータの回転運動から往復運動を得るには 、クランクやカムなどが必要になります。ところが、磁石の吸引力・反発力を利用す れば、これが簡単に実現できます。

図1は回転運動を往復運動に変える最も単純なアクチュエータの一例です。回転軸 の先端に設けた磁石と、ピストンの先につけた磁石は、N・S極が交互に多極着磁さ れているので、回転軸を回すとピストンの磁石には吸引力と反発力が交互に働いて、 ピストンは往復運動をします。磁石の反発力・吸引力だけを利用した面白いアクチュ エータです。

磁石を使った簡単なアクチュエータの例


図1 磁石を使った簡単なアクチュエータの例

ガス立ち消えや漏電の見張りにも磁石が活躍

押すあるいは引くという単純な動きをするアクチュエータは、とくにプランジャと 呼ばれます。カメラのシャッター、ミラーアップ機構などに用いられるのは、磁石、 鉄片、スプリング、コイルで構成される小さなプランジャです。磁石に巻かれたコイ ルに電流を流すと、磁束密度に変化が生じて、磁石は鉄片から離れ、スプリングによ って引き戻されるという仕組みです。

電磁式の漏電遮断器にも似たようなプランジャが使われています。漏電が起きてい ると、プランジャのコイルに電流が流れ、磁石の磁束が減殺されるので、磁石に吸着 していた鉄片はスプリングによって引き離され、電源の接点が切断されます(図2) 。リードスイッチ式や半導体式の漏電遮断器ではプランジャは不要となりますが、そ のかわり接点を引き外すための機構が別に必要になります。磁石を利用したプランジ ャのメリットは、磁力の変化と機械的運動を直結できるところにあります。

ガスの立ち消えが生じたとき、すぐにガスを遮断する安全装置にも、磁石を利用し たアクチュエータがあります。この安全装置の面白いところは、ガスの立ち消えをい かにキャッチし、それをアクチュエータに伝えるかということです。いろんなセンサ の利用が考えられますが、耐久性・信頼性などを考慮して使われるのがゼーベック効 果のセンサです。

ゼーベック効果とは、2種類の金属を接合して輪のような回路にし、両金属を異な る温度に保つとき、回路に電流が流れるという現象です。この回路の接合部分の片方 を開くと熱起電力という起電力が生じます。ガス立ち消え安全装置では、ガスの炎が消 えると、ゼーベック効果による熱起電力が、急速に低下する現象を利用したもの。磁 石とスプリングによって弁を閉じ、ガス供給を遮断する機構は、漏電遮断器のプラン ジャと似たものです。

電磁型漏電遮断機の回路と構造

図2 電磁型漏電遮断機の回路と構造

磁石を利用した発明はアマチュアでも可能

磁石を利用したアクチュエータの往復運動は、ポンプとしても利用できます。図3 は2つの希土類磁石を同極対向させた液体用マイクロポンプです。磁石の周囲には3 つの駆動コイルが置かれ、コイルが発生する磁界が、同極対向の磁石の磁界と応答し て、往復運動を繰り返します。ピストンはパイプになっていて、その両端に球状の弁 が置かれているので、磁石が往復運動をすると、液体は一定方向に送り続けられると いう仕組みです。電流に比例した推力が得られるので、制御性にもすぐれたポンプです。

電磁力を利用して直進運動を引き出す装置として、可動コイル型リニアモータと呼 ばれるものがあります。フロッピーディスクドライブのヘッドを駆動するVCM(ボ イスコイルモータ)は、この可動コイル型リニアモータの一種です。可動コイル型リ ニアモータは応答性にすぐれ、高速動作も可能ですが、可動部であるコイルにリード 線が必要という短所があります。一方、磁石を動かすタイプのアクチュエータでは、 このリード線が不要になります。つまり非接触で制御できるわけで、化学工業や医療 関連などでは、このタイプのアクチュエータの活躍が大いに期待されます。

各種プランジャをはじめとするアクチュエータというのは、いわば小さなロボット のようなもの。シンプル構造で高性能なアクチュエータの開発にあたって、最大のポ イントとなるのは磁石の利用の仕方です。

アクチュエータの動作は、往復運動だけにかぎったものではありません。アクチュ エータはさまざまな可能性を秘めた技術フロンティア。磁石を利用したユニークなア クチュエータづくりにチャレンジしてみませんか。

同極対向の磁石による液体用マイクロポンプの構造

図3 同極対向の磁石による液体用マイクロポンプの構造

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