じしゃく忍法帳

第38回「電子てんびんと磁石」の巻

磁石が演じるバランスとの妙技

火薬の利用で忍法が大革新

煙とともにドロンと出没する忍者のイメージは、忍法に火薬が用いられるようになった戦国時代以降のものです。種子島に漂着した南蛮船(ポルトガル船)から、日本に鉄砲がもたらされたのは、戦国時代初頭の1543年。恐るべき威力をもつこの新兵器の製造技術は、粒々辛苦の末にまず種子島で確立され、紀州や畿内、近江などに伝えられました。

当時の鉄砲は火皿にのせた火薬を、火縄で点火し爆発させる火縄銃でした。この火薬をいちはやく忍法に取り入れたのは伊賀や甲賀の忍者たちです。彼らは鉄砲が実戦に使われる以前に、火薬を用いて狼煙(のろし)を改良したり、護身用の手投げ弾などを考案したといわれます。

連続的な爆発音で、あたかも多数の鉄砲隊がいると思わせる百雷銃という火器もつくられました。現在の爆竹のようなものですが、敵をふるえあがらせるには十分の効果があったにちがいありません。

火薬(黒色火薬)は、紙・印刷術、羅針盤とともに中国の発明品です。火薬に薬の名がついているのは、もともと薬剤開発の過程で生まれたものだからです。おそらく不老長寿の妙薬をつくりだそうとした中国の錬丹術(れんたんじゅつ)士が、木炭・イオウ・硝石(硝酸カリウム)をある割合で調合したとき、爆発的に燃焼することが 見いだされ、火薬が発明されたものと思われます。

忍者の里として知られる伊賀・甲賀は、古くから薬の生産地でもあり、火薬原料の入手やその調合は得意とするところだったのです。

便利な棹バカリも今ではコットウ品

戦国時代の忍者は、火薬の製法を極秘にしたようです。鉄砲の製法はさまざまな史料が残っていますが、火薬に関してはいつごろから国産化されるようになったか定かではないのです。また、火薬原料のうち、木炭・イオウはありふれた存在ですが、硝石の産地はかぎられていました。

おそらく伊賀や甲賀の忍者たちは、良質の硝石を求めて諸国をくまなく探索したにちがいありません。薬の行商人に変装すれば、粉末の火薬原料を携帯していても、忍者と見破られません。また、行商人の商売道具である棹(さお)バカリで分量をはかって調合すれば、どこでも即座に火薬が製造できたはずです。

棹バカリというのは、目盛りを刻んだ棹をひもで吊るし、棹の片側に受け皿、別の片側に分銅をかけたハカリです。受け皿に品物を置き、分銅の位置をずらし、棹が水平になったときの目盛りを読み取って、品物の重さをはかります。今ではコットウ品となってしまいましたが、軽くて携帯に便利なので、つい数十年前まで使われていたハカリです。

棹バカリより起源が古いのは、てんびんバカリです。これは左右に受け皿を置き、 片方に分銅、片方に品物を置き、左右のバランスがとれるように分銅を加減して重さをはかる方式です。化学実験や薬局の調剤では、精密な化学てんびんや調剤てんびんなどが用いられてきました。

このてんびんバカリに、大革新をもたらしたのは、1970年代に登場した電子てんびんです。読み取り装置の電子化は1960年代から始まっていましたが、電子てんびんはハカリのつり合わせ機構そのものを電子化した画期的なものでした。

棹バカリ


図1 棹バカリ

電磁力を利用した電子てんびんの機構

電子てんびんはその名が表すように、やはりてんびんの原理を利用していますが、左右バランスの微妙な変位を電磁力で加減する方式です。その心臓部であるつり合わせ機構に、なくてはならないのが磁石です。

図2に示すのは、ポピュラーな上皿電子てんびんの構造です。受け皿に品物をのせるだけで、即座にデジタル表示してくれる便利なハカリで、郵便物など軽量物の測定に多用されています。

よく知られているように、コイルに電流を流すと、磁界が発生して電磁石となり、永久磁石との間で反発・吸引力が働きます。この電磁力の大きさはコイルに流す電流の強さに応じて変わります。そこで、つり合いがとれた電流の強さを重さに換算し、それをデジタル表示するのが電子てんびんです。

従来の機械式てんびんでは、つり合いがとれるまで分銅を取り替えなければなりません。しかし、電子てんびんでは、永久磁石とコイル、そして電子回路が分銅の代役をつとめて自動処理するので、こうしたやっかいな手間がなくなります。

ハカリで大切なのは精度です。精度の表し方はさまざまですが、一般的には最小表示÷最大表示の値で示されます。通常の機械式てんびんでは精度は1万分の1程度です。一方、電子てんびんは100万分の1〜1000万分の1もの高い精度を誇ります。永久磁石とコイルからなるつり合わせ機構は、磁気ディスクの位置決めをするVCM(ボイスコイルモータ)の構造とよく似たものです。VCMがコイルに送られた電流によって正確に位置決めするように、電子てんびんは、わずかな重量にも敏感に反応して、バランスを整えるのです。
 

上皿電子てんびんの構造
図2 上皿電子てんびんの構造

重量物を測定するロードセルの原理

ところで、最小表示÷最大表示がハカリの精度ということは、たとえば1μgを測定できる電子てんびんは、10g以上の重さを測定するには不向きということになります。超軽量から超重量までをカバーする精密ハカリというものはありません。測定するも のの重さに応じて、適切なハカリを選ばねばなりません。

そこで、たとえばお米屋さんでお米の重さをはかったり、ボクサーの体重の計量などには、コウカン(槓桿)と呼ばれる手動式の台バカリが、今もなお使われます。これはてんびんバカリを複雑化したもので、テコをいくつか組み合わせた構造となっています。

電子化に向いた台バカリは、ロードセルと呼ばれる台バカリで、これはテコとは別の原理が応用されています。

力を加えて機械的歪(ひず)みをつくると、物理的性質が変化する物質があります。たとえば磁歪(じわい)材料においては、機械的歪みによって磁気特性が変化します。こうした現象を利用したのがロードセルです。磁歪材料にコイルを巻き、電流を流しておくと、磁歪材料にかかる重量に応じて、磁気特性が変化し、コイルに流れる電流の強さも変化します。この電流値を電子回路に送れば、電子式台バカリとなります。

とはいえ、コウカンやロードセルでは2t程度の計量が限度です。10t以上の超重量級の物体を測定するには、別のハカリが必要になり、産業分野では、多種多様なハカリが使われます。しかし、重さをはかるのに、必ずしもハカリを必要としない場合もあります。たとえばレールや鋼管などの重さは、単位長さあたりの重量があらかじめ分かっていれば、総延長から総重量を換算することができます。

電子1個の重さをはかるハカリとか、地球の重さをはかるハカリなどありません。しかし、私たちは間接的な方法で、それを知ることができます。人間の知恵というのは、それこそハカリしれない可能性をもっているようです。
 

VCM(リニアタイプ)の構造

図3 VCM(リニアタイプ)の構造

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