じしゃく忍法帳
第37回「電気楽器と磁石」の巻
強烈ロックサウンドも磁石から
壁越しに音を聞く忍者の盗聴器とは?
忍者の最大任務は軍事機密の収集でした。そのため、さまざまな忍法・道具が考案されましたが、“忍者の盗聴器”ともいうべき珍しい携帯道具が、忍術秘伝書に記されています。
これはおよそ一寸(約3cm)角の薄い金属板を糸で吊るしただけの簡単な道具です。金属板には真ちゅう(銅と亜鉛の合金)や純金が使われました。屋敷などに潜入して盗聴するときは、懐中からこの金属板を取り出し、じっと耳をすませば、壁越しに物音や話し声が手に取るように聞こえるというのです。
真ちゅうや純金の薄板はよく響くことから、周囲の音を集める不思議な作用があると、昔の忍者は考えていたのかもしれません。もちろん科学的な根拠はありませんが、チーンと長く尾を引く余韻に耳をすますとき、人間の聴覚は鋭くなるのは確かです。鳴ってもいない金属板に聴覚を集中させることで、忍者はふだんは聞こえないかすかな音も、聞き取っていたのかもしれません。
隠しマイクや録音機などなかった時代には、盗聴は聴覚だけが頼りでした。磨かなければ人間の感覚は、どんどん退化していきます。忍者が使ったといわれる金属板の盗聴器は、おそらく聴覚の潜在力をアップさせるための道具だったのでしょう。
電気ギターのボディに磁石のピックアップ
楽器は何らかの発音体を振動させ、空気振動をつくって周囲に音を伝える道具です。弦楽器の場合は振動する弦が発音体となりますが、その音を大きく響かせるために、空洞の共鳴胴を備えています。
ところが、エレキギターとも呼ばれる電気ギターには、一般にこの共鳴胴がありません(共鳴胴をもつ電気ギターは、セミアコースティックギターなどと呼ばれます)。電気的に音を増幅する電気ギターは共鳴胴を必要とせず、ボディーは通常、空洞のない一枚板となっているのです。なかには弦を張ったネック(さお)だけの電気ギターもあるほどです。
電気ギターには共鳴胴がないかわり、弦の振動を電気信号に変換するピックアップがあります。このピックアップには磁石が利用されているのをご存じでしょうか?たとえハイパワーのアンプがあっても、磁石の作用がなければ、強烈なロックサウンドも生まれないのです。
電気ギターは1930年代に考案されました。当初はクラシックギターにピックアップを設けたものでしたが、1940年代にはボディが一枚板の電気ギターが開発され、1950年代にはトレモロアームなどを備えた現代の電気ギターの原型が完成しました。
電気ギターをボディ観察すると、6本(ベースギターは4本)の弦の下に、丸いピンのようなものが並んでいるのが分かります。これが磁石です。ピックアップ内部に磁石を置き、鉄製ピンをポールピース(磁極片)としたタイプもありますが、ピンが磁石として作用していることには変わりありません。
図1に示すように、電気ギターのピックアップの基本構造は、磁石とコイルからなります。電気ギターにはスチール弦が使われます。スチールは強磁性体なので、弦が振動するとピックアップの磁石が発生している磁界が変化します。磁界が変化すると、磁石に巻かれたコイルに電流が発生するので、この電流を電気信号としてアンプに送って電気的に増幅すると、スピーカから電気ギター特有のサウンドが生まれるのです。
図1 電気ギターのピックアップ
磁石もコイルも動かさず電磁誘導を利用する
電気ギターのピックアップ部分をよく見ると、磁石と弦の距離は弦によって異なるのが分かります。磁石と弦の距離が近いほど、磁界の変化が大きく、より大きな電気信号が取り出せます。理想的なボリュームバランスになるように、磁石の高さを調節できるタイプの電気ギターもあります。
また、多くの電気ギターにおいて、ピックアップは1つだけでなく、2つあるいは3つ備えているのは、位置によって弦の振動が異なり、音色の差となって現れるからです。このため電気ギターのボディには、複数のピックアップを切り替えるスイッチや、ボリュームやトーンをコントロールするつまみがついています。 電気ギターのピックアップは、磁界の変化がコイルに電流を生む電磁誘導の原理を応用したものです。同じ原理はLPレコードプレーヤーのピックアップのカートリッジにも利用されていました。
レコードの溝をなぞる針先の振動を電気信号に変換するのが、このカートリッジの役割です。電磁誘導を利用したLPレコードのカートリッジにも、いくつかタイプがあります。針先とともにコイルが振動するタイプはMC(ムービングコイル)型カートリッジ、磁石が振動するタイプはMM(ムービングマグネット)型カートリッジと呼ばれます。
図2に示すのは、ちょっと珍しいMI(ムービングアイアン)型カートリッジです。針先とともに振動するのは鉄片(アイアン)で、磁石もコイルも固定されています。しかし、強磁性体である鉄片が振動すると、磁石の磁界が変化するので、その変化が電磁誘導によってコイルに電流を生むのです。
説明されれば当たり前のことですが、磁石もコイルも動かさずに、電磁誘導現象を利用するというのは、“コロンブスの卵”的なグッドアイデアなのです。もっとも、そのためには、振動体として鉄のような磁性体が必要となります。したがって、電気ギターの弦は必ずスチール弦でなければなりません。
図2 MI型カートリッジの構造
“耳をすます”ことは簡単で有益な忍法
楽器への電気の利用は、電気ギターが最初ではありません。19世紀には電動モータがパイプオルガンの送風機として使われ、またパイプに空気を送る開閉弁に電磁石が利用されるようになりました。大型で複雑なからくり機械でもあるパイプオルガンは、電磁力の応用によって、メカニズムをかなりシンプルにすることができるようになったのです。
図3に示すのは、電磁石を利用した初期のパイプオルガンの電気アクションです。鍵盤を押すと電気接点がつながり、電磁石が作動してパイプの弁が開放する仕組みです。しかし、パイプオルガンの電気化は、当初、演奏者には嫌われたそうです。というのも、電気信号は即座に伝達されるものの、電磁石が作動するには、わずかながら立ち上がり時間が必要となります。このため、鍵盤のタッチと音の発生に時間差が生じてくるからです。その後、電気アクションには改良が加えられ、このやっかいな時間差はかなり解消されましたが、それでも微妙で繊細な音楽表現においては、やはり伝統的なメカニックアクションのパイプオルガンにかなわないともいわれます。音の世界は分け入れば分け入るほど、微妙・繊細で、奥深いもののようです。
忍者は物音を聞いただけで、状況を的確に判断する訓練も積みました。ふつうの人が聞く音をモノクロ画像にたとえるなら、忍者がとらえる音は多彩なカラー画像です。“音色”という言葉があるように、物音には多彩で豊富な情報がたくさん含まれているのです。雑念を捨てて、耳をすますというのは、誰にもできる簡単で有益な忍法です。
図3 パイプオルガンの電気アクション(初期)
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