じしゃく忍法帳

第36回「カラス撃退に磁石?」の巻

生物と磁石の意外な関係

動物行動の観察も忍法のひとつ

腕時計などなかった昔、忍者は猫の目を時計がわりに利用したといわれます。夜 間は丸く開いている猫の目の瞳孔は、夜明けとともに柿のタネのような形に閉じ始 め、真昼は針のように細くなるからです。もっとも、明暗によってクルクルと変わ るのが猫の目。時計としてそれほど役立ったとは思えませんが、周囲のすべてを臨 機応変に活用するというのが忍法の極意。動物行動の観察眼を養うことは、忍者に とって大切な修行の一つとなっていました。

ところで、近年、道端や住宅の周囲に、水を詰めたペットボトルが置かれている 光景を目にするようになりました。これを防火用と勘違いしている人がいますが、 実は猫よけを目的とするものです。

猫は決まった場所で用をたす習性があり、舗装道路の多い都会では、住宅の庭や 花壇などがトイレがわりに使われることが多いようです。ペットボトルを置くのは 、猫の尿害・フン害に業を煮やした住民の苦肉の策。実際にかなりの効果があるよ うで、マスコミでも紹介され、5年ほど前から全国的に広がったといわれます。

猫が近寄らなくなるのは、ペットボトルに太陽光がキラキラ反射するのを嫌うと も、自分の姿が映るのに驚くとも説明されます。この猫の習性を最初に発見した人 は誰か定かではありませんが、忍者なみの鋭い観察眼の持ち主といえるでしょう。

農作物を守るために使われる“鳥おどし”も、都会で見られるようになっていま す。カラスがゴミをあさったり、電柱に巣をつくったり、はてはヒッチコック映画 『鳥』さながら、人を襲ったりする事件も起きているからです。平和のシンボルと されてきたハトも、現在では半ば害鳥扱いされています。マンションや神社仏閣な どに巣をつくり、大量のフンをまき散らすからです。

このやっかいな鳥害に磁石が使われているのをご存じでしょうか?

いたずらカラスを磁石の作用で撃退?

渡り鳥の長距離飛行には、太陽や星の位置とともに、地磁気も利用されているこ とが明らかにされています。では、人為的に磁石で磁気を与えた場合、鳥の飛行に どのような変化が起きるのでしょうか?

伝書バトの首に小さな磁石をとりつけて離した実験では、晴天の日の飛行には何 ら影響がないのに、曇天の場合は戻るべき巣の方向を見失うハトが多くなることが 確かめられました。太陽も見えず、地磁気もとらえられなくなると、ハトは正しい 飛行ルートを見失ってしまうのです。ハトの頭部からはマグネタイト(磁鉄鉱)の 微粒子が発見されており、体内のマグネタイトが磁気コンパス(羅針盤)のような 役割をして、正しい飛行ルートを決めているのではないかといわれています。

磁石が鳥よけに利用されるようになったのは、体内の磁気コンパスを狂わすのな ら鳥は磁石が嫌いなはずであるという発想によるものです。

都心ながらカラスが多い上野動物園では、プレーリードッグなど、放し飼いにし ている動物の赤ちゃんがカラスに襲われるという事件が発生しています。そこで上 野動物園では、リング状のフェライト磁石を設置して、カラスを撃退する対策を試 みたそうです。こうした簡単な鳥よけ磁石は、漁村でも利用されています。天日干 しにしている魚を狙う鳥たちを撃退するためです。

電力会社もカラス被害に頭をかかえています。電柱にカラスが巣をつくると、巣 の材料として使われる針金などが、電線をショートさせることもあるからです。そ の対策として、電力会社では、プラスチックの棒の先端に磁石をつけた鳥よけ装置 を設置しているそうです。

風車型、プロペラ型、回転ボール型など、磁石を取り付けた可動タイプの鳥よけ 装置も各種市販されています(図1)。磁界が空間内を変動することで、単に磁石を置くよ り効果的といわれます。カラスから体内磁石は発見されていませんが、磁石を用い た鳥よけ装置は、少なくとも設置当初は効果を示すそうです。


磁性細菌の採取・分離法

図1 簡単な鳥よけ装置の作り方

さまざまな生物から体内磁石が発見

体内磁石となるマグネタイトは、鉄の酸化物(Fe3O4)であり、有機体である 生物にとって異物のように思われます。しかし、磁石と生物は意外に縁が深いもの です。ある種の磁鉄鉱の鉱床は、太古のバクテリアが生成したものです。

体内磁石をもつ変わったバクテリアも存在します。これは磁性細菌(図2)と呼ばれます 。磁性細菌は1970年代、アメリカのブレークモアにより、マサチューセッツ州の海 底の泥の中から、初めて発見されました。多くの生物は光の方向へ移動する走光性 と呼ばれる性質を示します。ブレークモアは顕微鏡下ですばやく動く一群の微生物 を見つけ、始めは走光性によるものと考えました。ところが、暗くしても結果は変 わらず、いろいろ試したすえに、このバクテリアは地磁気の磁界に沿って、北に移 動していることが確認されたのです。

地球を大きな磁石とみなすと、地球の北磁極は磁石のS極にあたります。磁性細 菌に磁石を近づけるとS極に向かうことから、磁性細菌は何らかの磁気コンパスを もっていると考えられます。分析したところ磁性細菌の体内からは、10個ほど鎖状 につながったマグネタイトの微粒子が発見されました。マグネタイト粒子が鎖状に つながるのは、自発磁化によって磁石となっているからです。ハトの体内磁石は、 この磁性細菌の発見をきっかけに研究されるようになったのです。
 

磁性細菌
図2 磁性細菌

磁性細菌の応用はバイオ分野で注目

いったん磁性細菌が発見されはじめると、こうしたバクテリアは海底の泥ばかり でなく、淡水の湖沼の泥からも、またオーストラリアやニュージーランド、日本な どでも発見されました。磁性細菌は珍しい生物ではなく、世界的に広く分布してい るのです。

磁性細菌を分離するには磁石が利用されます。図3に示すように、ビーカーに採 取した泥水を入れ、磁石の磁界を加えながら撹拌すると、もし磁性細菌がいれば磁 極付近に集まってきます。磁石とともに容器を水中に留置して、磁性細菌を集める 方法もあります。

面白いことに、北半球の磁性細菌は北(磁石のS極)指向性、南半球の磁性細菌 は南(磁石のN極)指向性という傾向を示します。したがって、日本の磁性細菌は S極に集まるものが多いはずです。

磁性細菌は風変わりな生物というだけでなく、バイオテクノロジーやエレクトロ ニクス分野での応用にも期待が寄せられています。たとえば磁性細菌を利用して、 各種酵素(タンパク質)にマグネタイト微粒子をドッキングさせることができれば 、外部磁石によって酵素を磁気誘導することができます。薬とドッキングさせれば 、患部に薬を磁気誘導することも可能になります。

また、マイクロ磁気センサとしての応用も考えられています。磁性細菌は数ミク ロン(μm)ほどの微細な生物なので、これを利用すれば、磁性体の複雑な磁化の ようすなどが、従来の方法よりも高感度で検出できるようになるといわれます。
 

磁性細菌の採取・分離法

図3 磁性細菌の採取・分離法

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