じしゃく忍法帳
第35回「リニアモーターカー」の巻
磁気浮上は20世紀のハイテク奇術
奇術・忍術の極意はトリックを隠すこと
忍者にとって情報収集はきわめて重要な任務です。しかし、観光旅行などなかっ た昔は、旅から旅へという行動が怪しまれない職業というのはかぎられていました 。そこで忍者は、虚無僧(こむそう)、山伏、商人、旅芸人などに変装して、諸国 を歩き回りました。なかでも効果的だったのは旅芸人のようです。珍しく面白い芸 で人々の心をつかめば、情報収集も容易になるからです。
中世から近世にかけての大道芸人は、猿楽師(さるがくし)とか放下師(ほうか し)などと呼ばれました。いずれも曲芸やこっけいな話芸を主体としたもので、猿 楽はのちに能・狂言という芸術に発展を遂げました。ちなみに、能楽の始祖である 観阿弥(かんあみ)は伊賀忍者の家系の出身といわれます。ここから観阿弥=忍者 説を主張する人もいます。
一方、放下師は小道具を使った曲芸を得意とする芸人で、奇術(手品)のような ものを演じて見物人を沸かせたこともあったようです。
ところで、奇術を意味する英語のマジックは、古代ペルシアのゾロアスター教の 祭司“マゴス”に由来するといわれます。現在でもマジックショーが神秘的なムー ドで演出されるのも、もともと宗教的儀式を真似たところから始まったからといわ れます。超自然的な魔力があるように思わせるのも、奇術の心理的なトリックです 。しかし、トリックがあると分かっていても、マジックショーはやはり不思議なも の。人体がふわりと浮き上がる空中浮遊のマジックなどは、何度見ても驚かされま す。
空中浮遊のマジックは近代のものですが、インドあたりではかつて天然磁石によ って人を空中浮遊させたという言い伝えもあります。しかし、天然磁石では体重を 支えるような強力な磁力は得られません。おそらく磁石にまつわる針小棒大な迷信 のひとつでしょう。
リニアモーターカーの磁気浮上の原理は?
重い車両を磁力で浮かせて走行するリニアモーターカーは、現代ハイテクが演じるマジックです。東京−大阪を1時間で結ぶ夢の超高速鉄道とうたわれたJRのリニアモーターカーの基礎研究が始まったのは、東海道新幹線が開業する2年前の 1962年。以来、宮崎実験線での走行試験を経て、1997年からは山梨実験線での走行試験が開始され、時速550kmの高速走行記録も達成、実用化に向けての研究が着々と進行しています。
同極どうしの反発力が磁石を浮かすことは、小学生でも知っている基礎的な知識。しかし、JRのリニアモーターカーは、超電導磁気浮上リニアモーター推進システムと呼ばれるもので、永久磁石による磁気浮上とは原理が異なります。
JRのリニアモーターカーの車両は、航空機の機体材料技術などが応用され、新幹線の車両の3分の1という軽量化が図られています。それでも1車両で約20トンもの重量があり、これほどの重量を浮上させるには、永久磁石や電磁石では無理で、超電導磁石という特殊な磁石が使われます。
超電導磁石は、磁石の名がついても、その本体はコイルです。コイルに電流を流すと、右ネジの法則に従って磁束が発生し、コイルに流す電流を大きくすればするほど、磁力も高まります。ところが、コイルには電気抵抗があるので、電流の2乗に比例する電力が熱となって奪われてしまいます。この問題を解決するために、JRのリニアモーターカーでは超電導磁石が用いられるのです。
図1 JRのリニアモーターカーの磁気浮上原理
絶対零度近くで電気抵抗がゼロ
ある種の物質を絶体零度(0K=−273℃)近くまで冷却すると、電気抵抗が突然 ゼロとなる超電導現象が現れます。電気抵抗がゼロということは、超電導材料でコ イルをつくれば大電流を流しても、電力ロスなく強力な磁石をつくれることを意味 します。そこで、この超電導磁石を車両に配置し、側壁のガイドウェーに浮上コイ ルを並べたのがJRのリニアモーターカーの仕組みです。
車体が浮上する原理は、超電導磁石がつくる磁束と、ガイドウェーの浮上コイル に生まれる磁束の反発力・吸引力によるものです。超電導磁石の磁束が浮上コイル に近づくと、浮上コイルには電磁誘導の法則によって磁束が発生し、誘導電流が流 れます。このとき浮上コイルに発生する磁束は、いわば「押さば押せ、引かば引け 」というように、外部磁束の運動を阻止するように働きます(レンツの法則)。J Rのリニアモーターカーは、この現象を巧みに利用したものです。
ガイドウェーの浮上コイルは、図2のように8の字型のループとなっているのが ミソ。車両の超電導磁石がガイドウェーの浮上コイルに沿って近づくと、その超電 導磁石の磁束を打ち消すように、8の字型コイルの下のループに磁束が発生し、反 発力としてはたらきます。ところが、このとき誘導される電流の向きは、8の字型 の上のループでは逆回りに流れることになるので、上のループが発生する磁束の向 きも逆向きとなり、超電導磁石に対して、こちらは吸引力として働きます。つまり、浮上コイルを8の字型にすることにより、車体を反発力で押し上げつつ、同時に吸引力によっても持ち上げることができるわけです。
図2 8の字型浮上コイルの原理
永久磁石を利用した面白い実験・工作
JRのリニアモーターカーでは、浮上とともに推進にも磁力が使われます。これ は地上側の推進コイルに、低周波の交流電流を流して電磁石とし、車両の超電導磁 石との吸引力・反発力によって加速する方式です。
JRのリニアモーターカーは、停止状態では浮上できません。最初は車輪走行で 加速され、時速150〜200kmほどに達し、超電導磁石と浮上コイルとの反発・吸引力 が車体重量を上回ったとき、浮き上がります。したがって、JRのリニアモーター カーをそのまま模型工作にするのは無理ですが、超電導磁石ではなく永久磁石を利 用すれば、リニアモーターカーらしきものが製作できます。
図3に示すのは、永久磁石を床面と側面に並べ、車体に積んだ永久磁石との反発 力を利用したもの。この状態では磁気浮上したままですが、電磁石と組み合わせる などの工夫で磁力で推進させることも可能です。
もう1つの実験として、2本の金属棒をレールに見立て、その下に永久磁石を敷 き並べるものがあります。レールに導体(細い真ちゅうパイプなど、シャ ープペンシルの芯でも可能)を渡し、レールに直流電流を流すと、導体はスルスル とレールの上を転がって直進運動を始めます(推進原理はフレミングの左手の法則 )。磁気浮上するわけではありませんが、身近な材料でできる“リニアモーターカ ーもどき”の物理実験として面白いでしょう。
この種の実験や工作には、安価で形状・大きさも豊富なフェライト磁石が便利で す。DIY店などで簡単に入手できるので、オリジナルなリニアモーターカーづく りに挑戦してみてはいかがでしょうか。
図3 磁石を利用した磁気浮上工作の例
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