じしゃく忍法帳
第34回「音を発する磁石」の巻
小さな忍者屋敷の中の磁石
ピーと鳴る電子音の発音体のカラクリ
日本の忍法は、中国の「孫子」の兵法の影響を受けて発達したといわれます。敵側 の情勢をさぐるスパイのことを、間者(かんじゃ)とか間諜(かんちょう)といいま す。間とは「すきま・ひま」という意味で、「孫子」では敵の「すきま・ひま」をね らう5種類の方法(五間の法)を説いています。いずれも「機をみて虚をつく」のが ポイント。つまり、タイミング(時間のすきま)を見計らって、敵の虚(心のすきま )をねらうというわけです。
これを応用したものが、いわゆる忍者屋敷というものです。たとえばよく人間は第 一印象にだまされたりします。忍者屋敷は一見、普通の平屋の屋敷に見えるので、ま さかこの中に2階があるとはだれも思いません。ところが、実際は天井裏には秘密の 2階が設けられていて、隠しハシゴで出入りできるようになっています。このほか、 床の間の掛け軸の裏が抜け道になっていたり、壁が“どんでん返し”の扉となってい たり、床下に武器の収納庫が設けられていたりなど、忍者屋敷には目に見えぬ「すき ま・ひま」が、いたるところに隠されています。トリックの発見が大好きな子供たち が、忍者屋敷を訪れて目を輝かすのも無理はありません。
さて、忍者屋敷にも似た隠し部屋を内蔵するのが、マグネチック・サウンデューサ と呼ばれる小さな電子部品です。サウンデューサとは、サウンド(音響)とトランス デューサ(変換器)とを合体させた造語で、小型で省電力の音響変換器のことです。 各種サウンデューサのうち、磁石を応用したものがマグネチック・サウンデューサで す。目覚まし時計、炊飯器や洗濯機、キーボード、おもちゃやゲーム機などで、アラ ーム音やメロディを出す発音体として多用されていますが、その原理や内部構造は一 般にはあまり知られていないようです。
型ながら大音量秘密は空洞部にあり
マグネチック・サウンデューサは、直径・高さとも10〜20mmほどの円筒形の小さな 電子部品です。見た目からは分かりませんが、その内部はまるで忍者屋敷のような2 階建て構造となっています。
図1のように、円筒の1階の壁部分にはリング型磁石が取り巻き、床にあたるヨー ク(継鉄)の中央にポールが突き出ていて、ポールにはコイルが巻かれています。一 方、2階部分はガランとした空洞となっていて、天井部には小さな穴が設けられ、磁 性材料でできた床にはバラスト用の磁性片が接着されています。
バラストの役目は、より多くの磁束を集め音圧を上げ、また振動周波数を下げて聞 きやすい音にすることです。マグネチック・サウンデューサは、原理的にはダイナミ ック型スピーカと似たものです。コイルに電流を流すと、2階の床が振動板となり音 が発生するのです。しかし、指先ほどの小型ながら、驚くほど大きな音を発するのは 、磁石のたくみな応用と、空洞部の隠れた働きがあります。
磁石からヨークへとつながる磁気回路によって、ポールの先端は磁極となり(図1 ではS極となる)、振動板は直流磁界によって引き付けられます。いわば振動板を緊 張させて、音を発するためのスタンバイの状態をつくっておくのです。ここに交流信 号をコイルに送ると、交流磁界が加わって振動板は振動を始め、音が発生することに なります。
このようにマグネチック・サウンデューサでは、永久磁石と電磁石の双方の働きが 利用されているわけですが、これだけでは振動板の振動は、小さな音としてしか聞こ えません。そこで重要な役目をするのが、忍者屋敷の隠し部屋にも似た空洞部です。
図1 マグネチック・サウンデューサの構造
トンネル内で歌うと音がくぐもる理由
マグネチック・サウンデューサの空洞部の役割は、共振現象を利用して、音圧を高 めることにあります。
ある振動系(物体や室内の空気など)が、外部エネルギーによって固有振動を始め ることを物理学において共振といいます。
共振とは文字どおり共に振動するという意味です。たとえば大勢の人間が、同時に 吊り橋を渡るときは、足並みをそろえてはならないといわれます。これは吊り橋の固 有振動数(周期的な揺れをもたらす特定の振動数)と足並みの周期がそろうと、ちょ うどブランコをこぐように、振幅がしだいに大きくなっていくからです。つまり、人 間と吊り橋が一体化して、知らぬまに人間が揺れを増幅する原因となるのです。こう なると人間の重量以上の荷重がかかるので、ついには吊り橋を支えるケーブルを切っ てしまうことがあるのです。
音についての共振は、共鳴とも呼ばれます。音叉(おんさ)をたたいて発する音は 小さいものですが、これを箱状の共鳴器に接続すると、驚くほど音が大きくなります 。これも共振(共鳴)現象を利用したもので、音叉の振動数に合わせたサイズの共鳴 器によって音圧が著しく高まるのです。
共鳴器を考案したのは、19世紀の物理学者ヘルムホルツです。彼は同じ音程(周波 数)でも、楽器によって音色が異なるのはなぜかという問題を考えました。楽器の発 する音は、基本的な音のほかに、倍音と呼ばれる多数の高音が複雑に混じっています 。これらを聞き分けるために、彼は両端に穴の空いた空洞状の共鳴器を製作しました 。穴の片方を耳に当てると、共鳴器の固有振動数に近い音だけが、大きく聞き分ける ことができます。これはヘルムホルツの共鳴器と呼ばれます。
トンネルや洞穴の中で歌を歌うと、ある音程のところでウォーンと音がくぐもり、 耳がつまったような状態になることがあります。これはトンネルや洞穴が共鳴器のよ うに作用して起きる現象で、空洞共振(空洞共鳴)と呼ばれます。マグネチック・サ ウンデューサは、この空洞共振を利用した発音体なのです。
共鳴器と合体したスピーカシステム
忍者屋敷の隠し2階には、脱出のための抜け穴が設けられていますが、マグネチッ ク・サウンデューサの上部にも、小さな穴が空いています。これは放音孔と呼ばれます。
ヘルムホルツの共鳴器における共鳴振動数は、空洞の容積や穴の直径・長さによっ て変わってきます。このため、マグネチック・サウンデューサにおいても、振動板の 固有振動数と、空洞部の共鳴振動数が一致するように空洞と穴を設計すれば、空洞共 鳴が起きて音圧を著しく高めることができるのです。
オーディオファンなら、どんなに優秀なスピーカを使っても、ボックスの設計がい い加減では、音が台なしになることをよく知っています。
また、オーディオ用スピーカボックスには、スピーカとは別に、トンネルのような 穴が空いているものがあります。これはバスレフ型と呼ばれ、ヘルムホルツの共鳴器 の原理を応用して、低音域の特性を改善するためのものです。
マグネチック・サウンデューサとオーディオ用スピーカを比べてみると、大きさに おいては、ちょうちんと釣り鐘ほどの違いがあります。しかし、マグネチック・サウ ンデューサの設計は、オーディオ用スピーカボックスの設計と一脈通じるものがある のです。
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