じしゃく忍法帳
第33回「電気自動車と磁石」の巻
電気自動車をよみがえらせた磁石パワー
「動物に学べ」は忍法の極意
警戒の厳重な城や屋敷に潜入するため、忍者はさまざまな忍び道具を開発しました 。石垣などを登るときには鉤縄(かぎなわ)、塀に穴をあけるには"築地(ついじ) 破り"という携帯ノコギリが使われました。
「動物に学べ」というのは忍法の極意です。水を渡る忍法の一つである"水蜘蛛( みずぐも)"と呼ばれる道具は、おそらくミズグモやアメンボなどの水生生物の観察 から、考案されたのでしょう。直径60cmほどの木製の輪を両足にはめ、浮力を利用し て水面を歩き回るというものです。しかし、この程度の大きさでは、人間の体重を支 えるのはとうてい無理で、実際に使用されたことはなかっただろうといわれます。
忍者の水蜘蛛はアイデア倒れに終わりましたが、「動物に学べ」という忍法の極意 は、現代ハイテクにも通用する手法です。たとえばマイクロマシンと呼ばれる大きさ 1mm以下の微小機械は、微生物がお手本の一つとなっていて、スクリュー回転のよう な微生物の鞭毛運動をヒントに生体エネルギーを利用したミクロのバイオモータの研 究が進められています。
自動車のアイデアも、馬車の機械化から生まれたように、すぐれた工学的発明のヒ ントが生物から得られている例は多いものです。未来技術を先取りするには、ますま す生物学的な考え方が必要となるでしょう。
次世代カーを目指した電気自動車の開発競争
近年、大気汚染や地球温暖化の問題などから、有害ガスや二酸化炭素を出さない電 気自動車(EV)の開発に拍車がかかっています。
初の実用的な電気自動車は1870年代にイギリスで実用化されました。電池を積んで モータを駆動する原理は、今日と変わりありません。しかも電気自動車は、19世紀末 まで何かとトラブルの多かったガソリン自動車より、はるかに優秀な乗り物として利 用されていました。しかし、20世紀に入って性能のよいガソリン自動車が大量生産さ れるようになると、電気自動車が街頭からまたたくまに姿を消してしまいました。
電気自動車の開発が再スタートするのは、1960年代以降のことです。とはいえ、こ のころの電気自動車は、加速も登坂性能も悪いうえ走行距離も短く、とてもガソリン 自動車に太刀打ちできるものではなく、用途もごく限られていました。
電気自動車の新たな進化は1990年ごろから始まりました。世界の大手自動車メーカ ーは、このころから電気自動車の開発に積極的に取り組むようになったのです。これ は同年、アメリカ・カリフォルニア州が、2003年に自動車販売台数の1割を排ガスを 出さない無排気車にすることをメーカーに義務づけたことがきっかけといわれます。
しかし、ガソリン自動車と同等性能の電気自動車を開発するには、克服しなければ ならない数々の難関があります。その一つは駆動力となるモータです。エンジンのか わりにモータを置くという安易な発想では、とても実用的な電気自動車は開発できま せん。
それとともに解決しなければならないのは電池の問題です。従来の鉛電池では、ひ んぱんに充電が必要となり、使いたいときに使えないという事態も生じます。そこで 、鉛電池にかわって、ニッケル水素電池やリチウムイオン電池が採用され、鉛電池の 2〜3倍の電気が蓄えられるようになりました。しかし、ガソリン自動車なみの走行 距離を達成するためにはエネルギー効率にすぐれたモータが必要です。
ICと電子制御技術がモータの短所を克服
電磁力を利用した通常のモータは、整流子(コミュテータ)をもつモータと、整流 子をもたない回転磁界型モータや同期型モータに大別され、それらはさらに右の図のよ うなタイプに分類されます。
小学校の理科実験で製作されるのは、乾電池を電源とする永久磁石型のDCモータ です。電気自動車もまた電池を利用するので、単に動かすだけならDCモータを利用 するのが簡単です。実際、従来の電気自動車には制御が容易で安価な電磁石型のDC モータが使われました。しかし、DCモータは電流の方向を変えるための整流子とブ ラシが必要で、ブラシの摩耗によって寿命が短く、エネルギー効率も悪いといった欠 点がありました。
そこで1990年ごろから、エネルギー効率がよく、ブラシを必要としないAC誘導モ ータが採用されるようになりました。磁場が回転すると、電磁誘導が起きて電流が流 れ、それによって回転を起こすのが誘導モータです。ただし電池は直流なので、交流 に変換するインバータが必要となり、これが難点だったのですが、近年のIC技術や 電子制御技術によって、比較的簡単に実現できるようになりました。
ハイパワー希土類磁石が小型高性能モータを実現
電気自動車の高性能モータとして、AC誘導モータとともに、最近にわかに注目さ れるようになったのが、同期型のDCブラシレスモータです。その名が表しているよ うに、このモータはDCモータからブラシと整流子を取り除いた構造のモータです。 図4は、DCブラシレスモータのしくみを4極構造で表したものです。永久磁石のロ ータの周囲には、4つの駆動コイルが取り巻いています。駆動コイルは電子制御回路 と接続され、ホール素子などを用いた磁気センサが、ロータの磁極の位置を検知しま す。電子制御回路はこの信号に応じて、4つの駆動コイルへ順番に電流を流してロー タを回転させるのです。
DCブラシレスモータは珍しい存在ではなく、VTRやCDプレーヤ、フロッピー ディスクドライブなどにも多用されているモータです。
DCブラシレスモータの電気自動車への応用を可能にしたのは、強力な磁気パワー をもつ希土類磁石(サマリウム・コバルト磁石、ネオジム・鉄・ボロン系磁石)です 。希土類磁石はまたモータの小型化も実現し、車輪の中にモータを組み込んだインホ イールモータも開発されました。これによって駆動メカニズムがシンプルになり、車 体を軽くすることができるようになりました。
次世代クリーンカーとして、世界のメーカーがしのぎを削る電気自動車の開発レー スは、まだスタートしたばかりの段階。いったいどのタイプが先頭に立つのかは定か ではありません。しかし、このレースのゆくえには、希土類磁石を活用したすぐれた モータの開発が、大きな要素となっていることは確かなようです。
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