じしゃく忍法帳

第32回「携帯電話と磁石」の巻

電波通信は現代のノロシ

ノロシの燃料には狼のフンが使われた

大昔から通信手段として用いられたノロシは、漢字で「狼煙」と書きます。これは 古く中国では、乾燥した狼のフンをノロシの燃料としたことに由来します。狼のフン には硝酸分が多く含まれるため、どうやら天然の火薬のように使われていたようです。

これにヒントを得たのか、中国では唐代に、硝石(硝酸カリウム)・イオウ・木炭 を調合した世界初の火薬(黒色火薬)が発明されました。

中国生まれの火薬はヨーロッパを経由して、1543年、ポルトガル船により、鉄砲と ともに日本に渡来しました。この火薬を日本でいちはやくノロシに取り入れたのは伊 賀の忍者といわれます。火薬を使うことで、従来のノロシより遠距離通信が可能にな り、また火薬による多彩な煙は、複雑な暗号を伝達するのに、非常に都合がよかった のです。

英語ではノロシのことをビーコンといいます。もともとはノロシを上げる丘のこと で、ここから航空機の航路を示す電波標識などをラジオ・ビーコンと呼ぶようになり ました。次世代カーナビゲーションとして注目されているVICS(道路交通情報通 信システム)では、道路に設置されたビーコンが、渋滞や事故情報などを通行車両に 提供します。また、携帯電話では基地局がノロシ台の役目をして、遠距離の無線通信 を可能にします。現代は電波という目に見えないノロシが飛びかう、忍者びっくりの 情報氾濫社会なのです。

初の電波実験装置はライデンびんだった

実験によって初めて電波の存在を明らかにしたのは19世紀のヘルツです。電波の存 在はマクスウェルの電磁理論から予測されていましたが、当初は仮説とされていまし た。電波の発生・検知に、いかなる実験装置が必要か、当時はまったく見当もつかな かったのです。

電波の存在を実証したヘルツの実験装置は、物理の教科書などによく登場します。 しかし、ヘルツはいきなり、この実験装置を思いついたわけではありません。科学発 見には偶然がつきものですが、ヘルツもまた幸運なる偶然によって、電波の存在を確 信するに至りました。

静電気の電荷をためる蓄電器の一種に、ライデンびんと呼ばれるものがあります。 フランクリンが凧あげによって、雷が電気現象であることを実証したときにも使われ た蓄電器です。ヘルツに電波の存在を気づかせたのは、このライデンびんでした。ヘ ルツが電磁気実験の準備として、いつものようにライデンびんに静電気の電荷をため ていたとき、部屋の隅に置いていたもう一つのライデンびんに火花放電が起きること を目ざとくも見つけたのです。2つのライデンびんの間に、何らかの力が作用してい ると考えたヘルツは、さらに実験を重ねて、空間を隔てて起こるこの放電現象こそ、 マクスウェルの電磁理論が予言していた電波であることを確信しました。

ヘルツの実験結果は1888年に発表されるや大反響を呼びました。しかし、これを通 信として利用できるかどうかは、ヘルツ自身も悲観的だったようです。火花放電によ る電波の到達距離は短く、実用的な無線通信となりそうにもなかったのです。

ここで登場したのが偉大なアマチュア工学者であったマルコーニです。彼は雑誌で ヘルツの実験を知ってから、火花放電を利用した無線通信機器の開発に挑戦し、1899 年に英仏海峡、1901年には大西洋を隔てた通信実験を成功させ、無線通信のパイオニ アとなりました。

火花放電が起これば電波は発生する

ところで、火花放電がなぜ電波を発生させるのでしょうか? 蓄電器にたまった電 荷がいっきに放出されるとき、電極間に火花放電が発生します。火花放電というのは 急激な電場の変動であり、電場の変動は磁場を発生させ、磁場の発生は電場を発生さ せます。こうして次々と電場と磁場が空間を伝わる現象が電波です。

しかし、マルコーニに始まる無線通信が、今日の携帯電話へと成長を遂げるには、 一世紀近い時間と、さまざまな技術革新が必要でした。携帯電話は有線の電話技術の みならず、マイクロ波通信技術、コンピュータをはじめとするデジタル技術などとの 融合なくして、実現不可能な高度な通信システムなのです。

原理的に単純な電話機の送話器・受話器だけでも、この一世紀の間に、さまざまな 技術革新がありました。

電話機の発達 <1>

1876年にベルが発明した電話機は、送話器と受話器を兼ねた電磁型でした。これは 電磁石と軟鉄製振動板を組み合わせたものですが、音質も感度もあまりよくなかった ので、エジソンは振動板の後ろに炭素粒子を詰めた炭素型送話器を発明しました。こ れはカーボンマイクと呼ばれます。その後、受話器も改良されて、永久磁石を利用し た動電型受話器が採用されるようになりました。これはダイナミック・スピーカーと 原理的に同じものです。

電話機の発達 <2>

現在も一部で使われている懐かしい「黒電話」は、炭素型送話器と動電型受話器を 組み合わせたもので、長電話をすると肩こりもするようなズシリと重いものです

携帯電話に不可欠な圧電セラミックス

電話機の小型・軽量化には、回路のLSI化、部品のチップ化とともに、送・受話 器の小型・軽量化が大きく貢献しています。現在の携帯電話に使われる受話器は、わ ずか一円玉ほどの大きさ・薄さしかありません。マイクである送話器はもっと小さい ものですみます。この送・受話器には、圧電セラミックス材料が利用されています。

薄い圧電セラミックス板を2枚の電極ではさみ、電極に音声の電気信号を送ると、 圧電セラミックス板は機械的振動を起こして音声を発生します。これが受話器の原理 です。また、音声によって圧電セラミックス板に機械的振動を加えると、電圧が発生 するので、これを電気信号として電極から取り出します。これを利用すると送話器と なります。

圧電セラミックスは、簡単な構造で送話器にも受話器にもなり、しかも電子回路と きわめて相性のよい素子です。とはいえ、携帯電話から磁石がまったくなくなったわ けではありません。携帯電話に不可欠なアイソレータという部品には、フェライトと 組み合わせた小さな磁石が、電波の交通整理に重要な働きをしています。これは電波 や光の振動方向が、磁界によって回転させられるというファラデー回転と呼ばれる現 象を利用したものです。

携帯電話は単なる無線通信機器ではありません。地球規模に広がろうとしている通 信ネットワークの端末機であり、マルチメディアの中核にも位置づけられています。 モバイルコンピュータとのドッキングもそのひとつ。最近では液晶ディスプレイにメ ールを送受信できる携帯電話も登場しています。あえて相手を呼び出す必要のないと きなどは便利な機能。ところかまわずピーピーと鳴る携帯電話“公害”も、これから は少なくなるかもしれません。

電話機の発達 <3>

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