じしゃく忍法帳
第31回「超音波振動子」の巻
磁気の力が超音波を生む不思議
忍法の世界を知れば歌舞伎の見方も変わる?
“天下分け目”の関ヶ原の戦(1600年)に勝利した徳川家康は、3年後に江戸に幕 府を開いて、約260年にわたる江戸時代が始まりました。
戦乱がおさまったとはいえ、江戸時代初期は、まだ天下太平とはいきませんでした。
関ヶ原の戦のあと、幕府は敵軍であった諸大名の領地を没収したり、減らしたりし たので、多くの浪人があふれました。こうした浪人たちの不平不満が爆発するかのよ うに1651年の慶安事件(けいあんじけん)が起こりました。由井正雪(ゆいしょうせ つ)を首謀者とする幕府転覆計画で、未遂に終わったものの、幕府を震え上がらせる には十分すぎるほどの大事件でした。
この慶安事件を題材とした歌舞伎においては、共謀者の一人・丸橋忠弥(まるばし ちゅうや)が、酔ったふりをして江戸城の堀に石を投げるという有名なシーンがあり ます。江戸城襲撃の準備として、堀の深さを 調べようとしたもので、深ければドブン、浅ければポチャンという音がするというわ けです。
歌舞伎では老中・松平信綱がこの行為を見とがめ、事件が発覚するという筋書にな っていますが、実際に事件が未遂に終わったのは、松平信綱が率いる忍者たちの暗躍 があったようです。
隠し目付(めつけ)、庭番などとも呼ばれた隠密(おんみつ)が時代劇によく登場 します。この隠密とは関ヶ原の戦ののち、幕府に雇われて司法警察的スパイ活動をし ていた忍者部隊のことです。松平信綱が知恵伊豆(ちえいず)と呼ばれて恐れられて いたのも、精鋭の忍者部隊を召しかかえていたからでしょう。
投げた石の水音から水深を測定するというのは忍法の一つで、これを忍法に詳しか った松平信綱が見破ったとは、歌舞伎作者の脚色が加わっているとはいえ、なかなか よくできた話です。忍者にスポットを当ててみると、知られざる歴史の舞台裏が明る みに出るかもしれません。
超音波技術を発展させたタイタニック号事件
音を利用した水深測定法は、20世紀になってからエレクトロニクス技術と合体して 大発展を遂げました。
氷山に衝突して沈没した1912年のタイタニック号の事故をきっかけに、水深や移動 する水中障害物を発見する手段が世界的に求められるようになったのです。ところが 、光や電波は水中ではすぐに減衰してしまうため、利用することはできません。可能 性として残ったのは音波です。
ヤッホーという声がこだまとなって戻ってくるように、水中に発した音波は海底や 水中障害物ではねかえってきます。その時間から水深や水中障害物までの距離が測定 できるという原理は容易に理解できます。ただし、人間に聞こえる音の周波数は、通 常、16ヘルツ〜2万ヘルツです。この可聴音では、いろいろな方向に拡散して広がっ てしまうために、目標の位置をとらえるのが困難です。
しかし、超音波(約2万ヘルツ以上の音波)は可聴音とは違い、空気中での減衰は 激しいのに、液体や固体中ではよく伝わるという性質をもつことが分かりました。し かも、超音波は指向性が強く、特定の方向に向けて信号を送ることができます。
こうして1910年代に水中で超音波を放射する装置の開発が試みられ、まず考えられ たのは笛の原理の延長にある水流笛という装置です。しかし、この水流笛ではせいぜ い3〜4キロヘルツ程度の低い周波数の超音波しか発生できません。求められていた のは10キロヘルツ以上でパワーの強い超音波です。
1919年、フランスの物理学者ランジュバンは、共振現象を利用した超音波振動子を 考えつき、この問題を解決しました。固体に衝撃を加えると、さまざまな周波数の波 を発生しますが、ある寸法や形状を定めると、固有の振動数でしばらく振動を続けま す。これを共振といい、その振動数を共振振動数といいます。音叉(おんさ)や、お 寺の鐘が長く余韻を残すのも、共振現象によるものです。
磁歪(じわい)とはいなかる物理現象か?
ランジュバンは水晶板の両面に電極をつけ、共振周波数の交流電圧を加えると、共 振現象によって強い超音波が発生することに気づきました。こうして開発されたのが ランジュバン型振動子です。その後、水晶にかわって、チタン酸バリウムやPZT( チタン酸ジルコン酸鉛)などの圧電セラミックスが使われるようになり、ソナーと通 称される音響測深機や魚群探知機などに、超音波振動子として広く使われるようにな りました。
このランジュバン型振動子とは別の原理により磁歪(じわい)振動子が開発されま した。
磁性体に電流を流すと、磁界によってその外形寸法がわずかながら変化します。こ れは磁歪という現象です。1847年、ジュールがニッケル棒に巻いたコイルに電流を流 すと、ニッケル棒が縮むことによって初めて発見されました。
しかし、ニッケルや鉄、鉄合金などの金属材料にコイルを巻いて、交流電流を流す と、材料中に渦電流が発生して、エネルギー損失が大きくなってしまいます。しかも 、このやっかいな渦電流は、周波数に比例して増加します。このため金属材料を超音 波振動子とするには、薄板状にした金属を何枚も重ねる必要があります。図1に示す ように、これはトランスの構造とそっくりです。トランス鉄心に重ねた金属薄板が使 われるのも、渦電流によるエネルギー損失を少なくするための工夫です。
シンプルにしたハイパワーフェライト磁歪振動子
1930年代に日本の加藤与五郎と武井武によって発見された磁性フェライトは、超音 波振動子にも新たなブレイクスルーをもたらしました。セラミックスであるフェライ トは、金属と違って電気抵抗が大きいので、渦電流によるエネルギー損失を抑えるこ とができ、発熱が少ないので水冷などの必要もありません。しかも、成型して焼結さ れるので大型でブロックのまま使用できるという利点もあります。
図2に示すようにフェライト磁歪振動子には、その形状によって、パイ型・NA型 と呼ばれるタイプがあります。コイルを巻いて交流電流を流すと、外形が変化して振 動子のてっぺんの放射面から超音波が発生します。とはいえ、磁歪による外形変化の 割合というのは、10万分の1以下というわずかなものです。そこで、磁歪振動子に組 み込まれるのがフェライト磁石。これはバイアス用磁石と呼ばれます。バイアスとは 簡単にいうと、効果的な出力を得るために、入力に“下駄をはかせる”方法です。
このバイアス用磁石により、磁歪振動子が最も効率良く動作する強さの磁界をかけ 、十分に磁歪効果を起こしてから、コイルに形状と寸法に適応した周波数の電流を流 すと、振幅が大きくかつ安定した超音波が得られます。しかも、フェライト磁石を使 うことは、バイアス用の直流電流が不要で、高い周波数での損失も少なくすることが できます。
非接触の磁気の力で超音波をつくるというのは、まさに20世紀の忍法です。超音波 の世界は技術的に未開拓であり、この忍法から想像もつかないような応用技術が生まれるかもしれません。
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