じしゃく忍法帳

第30回「炊飯器のセンサとスイッチ」の巻

磁石がなければご飯も炊けない?

戦乱がおさまると菓子文化が発達する?

合戦に備えて調達される食糧のことを、兵糧(ひょうろう)といいますが、昔は兵 糧といえば、もっぱら乾飯(ほしいい)を意味しました。これは蒸した米を天日で乾 燥させ、湯や水に浸してふやけさせて食べる古典的なインスタント食品です。乾飯は 軽いので運搬に便利で、餅のようにカビることもなく保存性にもすぐれます。城に立 て籠もるときは大量の乾飯が城内に運び込まれました。決死の覚悟のうえの籠城です から、攻撃側も容易に城を落とせません。こんなときは城内の兵糧が底をつくまで、 気長に待つ戦法がとられました。これを兵糧攻めといいます。時間はかかりますが、 味方の兵力の損失を伴わないのがメリットです。

ところで、戦国時代が終わって天下泰平の江戸時代となると、兵糧用に生産されて いた乾飯の使い道がなくなり、菓子などに転用されるようになりました。当時、西日 本で良質の乾飯を生産することで知られていたのは、河内(かわち)の道明寺(どう みょうじ)という尼寺です。このため、乾飯を粗く砕いた菓子用の粉は、道明寺粉と 呼ばれるようになりました。モチ米であんをくるんだ桜餅が道明寺と呼ばれるのも、 これに由来します。

道明寺粉をさらに細かい粉にして、砂糖と混ぜて成型したものが、伝統的な干菓子 として知られる落雁(らくがん)です。こうした多種多彩な和菓子の大半は、元禄時 代に考案されたといわれます。和菓子文化は兵糧の払い下げとその活用から生まれた わけです。

家事労働を軽減した家電“三種の神器”

乾飯をつくるのに、まず米が蒸されるのは、消化しにくい生のデンプン(ベータ・ デンプン)を、消化しやすいアルファ・デンプンに変えるためです。ベータ・デンプ ンに水を加えて約60℃以上の温度に加熱すると、デンプンの粒子は水を吸ってアルフ ァ化してノリ状になります。これは葛粉(くずこ。植物のクズの根のデンプン)を湯 に溶き、ノリ状にして飲む葛湯でおなじみの現象です。米の場合は、水を吸ってアル ファ化し、ふっくらと炊き上がります。

米を炊くには、加熱温度が高いほどアルファ化の時間が少なくてすみます。高山で は芯が残って、おいしいご飯が炊けません。これは高山は気圧が低いので、水の沸点 が100℃より下がり、十分にアルファ化が進行しないためです。逆に圧 力釜では水の沸点は100℃より高くなるので、短時間でもおいしいご飯が炊けること になります。

一般の電気炊飯器では、釜底が100℃弱の温度で炊き上がるように設計されます。 この温度では加熱時間20〜30分、蒸らしの時間を加えても1時間弱で炊き上がります。

電気炊飯器が登場したのは昭和30年代の初めで、電気洗濯機、電気冷蔵庫とともに 、家電の“三種の神器(じんぎ)”とまで呼ばれ、主婦層から絶大な人気をかちとり ました。電熱式の炊飯器は戦前にもありましたが、これは炊き上がりの頃あいをみて 、手動でスイッチを切るというものでした。切り忘れると真っ黒なおコゲになったり 、下手をすれば火災を起こしたりするので、ほとんど家庭には普及しませんでした。

図1 電気炊飯器(初期タイプ)の内部構造

磁石と感温フェライトによる自動スイッチ

昭和30年代に登場した電気炊飯器は、自動式を特長としたものです。つまり、スイッ チを入れておけば、炊き上がった時点でスイッチが切れるというところが、従来品と の決定的な違いでした。しかも、誰でも失敗なくおいしいご飯が炊け、消し忘れによ る事故もありません。タイマースイッチの利用によって、外出もできるようになり、 家事労働の省力・省時間に大きく寄与しました。

ところで、この電気炊飯器の自動スイッチ機構になくてはならないのは磁石です。 当初の電気炊飯器では押し下げ式のレバーがスイッチとなっていました(図1)。こ のレバーは釜底の裏の感熱部とつながっています。スイッチOFFの状態では、バネ の力によってフェライトと磁石は隔てられていますが、レバーを押し下げると磁石は フェライトに吸着して、スイッチONの状態となり、加熱が始まります。そして、炊 き上がると磁石はフェライトから離脱してバネの力でスイッチが自動的に切られます 。では、炊き上がりのタイミングは、いったいどのように検知されているのでしょう か。実はここが電気炊飯器の自動スイッチ機構の核心部なのです。

この自動スイッチ機構の温度センサとなっているのはフェライトです。フェライト は鉄酸化物を主成分とするセラミックスの一種ですが、電気炊飯器には温度変化に敏 感な感温フェライトと呼ばれるものが使われているのです。

図2 感熱ユニットの内部構造

炊き上がり温度で磁石から離脱する

一般にフェライトは温度上昇とともに、磁石に吸着する強磁性体の性質を失って、 磁石に吸着しない常磁性体となってしまいます。結晶の磁気的構造がある温度を境と して急変するためで、この温度のことをキュリー温度(キュリー点)といいます。

電気炊飯器のスイッチを入れるとヒータの温度は高まり、やがて釜の中の水は沸騰 しますが、炊飯中の釜底の温度は100℃を少し超えるぐらいで一定を保ちます。これ はヒータからの熱エネルギーは米に吸収されて、デンプンのアルファ化に使われるか らです。この状態が20〜30分間続くと、米の内部における熱エネルギーの消費も終わ りを告げ、釜底の温度は急激に上昇し始めます。このときの温度をキュリー温度とな るように、材料組成を設計したのが、炊飯器に使われる感温フェライトです。このた め、炊飯中は強磁性体として磁石に吸着していますが、釜底が炊飯温度から急上昇す ると、常磁性体となって磁石に吸着しなくなり、バネに引っ張られている磁石は、フ ェライトから離れてスイッチが自動的に切れることになります。

電気炊飯器には、その後、感温リードスイッチという、スイッチ機能をもつ温度セ ンサも使われるようになりましたが、これも磁石と感温フェライトを組み合わせた電 子部品です。この感温リードセンサとICとを組み合わせたのが、マイコン制御の電 気炊飯器です。単純に炊き上げるだけでなく、硬め柔らかめ、白米や玄米といった米 の種類、おこわやおかゆといった炊き方の違いなどに応じて、適切な加熱が行われる ようになりました。

「はじめチョロチョロ、なかパッパ…」と伝えられる炊飯の極意は、今や電気炊飯 器に受け継がれ、水加減さえ間違えなければ、誰でも理想のカマド炊きに近いおいし いご飯が炊けるようになりました。これを可能にしているのは、絶妙な熱加減のタイ ミングを逃さない磁石と感温フェライトによる忍法のような連携プレーです。

図3 炊飯器の自動スイッチの原理

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