じしゃく忍法帳
第26回「電波の交通整理をするアイソレータ」の巻
磁石による電波の通りゃんせと通せんぼ
次世代携帯電話はマルチメディア端末になる
他社に先んじて特ダネを報道することをマスコミ用語で「すっぱ抜く」といいます。 すっぱは「透波」あるいは「素っ破」と書き、もともとは戦国大名などが召しかかえ た忍者のことです。敵の行動の裏をかく忍法が、すっぱ抜くの語源といわれます。
忍者を活用した諜報戦を得意としたのは甲斐(かい・現在の山梨県)の武将・武田信 玄(たけだしんげん)です。上杉謙信(うえすぎけんしん)との有名な川中島の戦い では、甲州透波(こうしゅうすっぱ)と呼ばれる多数の忍者を放ち、敵の動静を探らせ たと伝えられます。
川中島の戦いは1553年以来、約10年にわたった長期戦でした。甲陽流忍法(甲州忍法 )の開祖といわれる兵法家・山本勘助(やまもとかんすけ)は、第4次川中島の戦い (1561年)で命を落としています。敵をはさみ撃ちしようとした彼の作戦(キツツキ 戦術)が、上杉側に察知されたため、裏をかかれて大敗北を喫したからです。このと き上杉謙信は、武田軍に時間はずれの炊煙(食事用の煙)がのぼるのをみて、武田軍 の急襲が近いことを確信したといわれます。「機をみて虚をつく」というのは忍法の 極意。上杉謙信もまた忍法の極意を知るすぐれた武将でした。
さて、競争の激しいビジネスの世界もまた、しばしば戦争にたとえられます。ライバルを出し抜くために、忍法のようなあの手この手の策が練られますが、何よりも大切なのはスピーディな情報の伝達手段です。小型軽量化が進んで、今や携帯電話・PHSはビジネスマンの必携ツール。加入台数は2000年末に6388万台を突破、国民の2人に1人が所持する時代となりました。2001年春からサービスが開始される次世代携帯電話は、情報家電のリモコンなどとしても利用されると予測されています。
この携帯電話・PHSにおいて、アンテナからもたらされる電波の交通整理をする部 品に、アイソレータと呼ばれる部品があります。内部では小さな磁石とフェライト材 料が、電波を相手に忍法のような離れ技を演じています。
機器内部で起きる電波の異常反射
携帯電話・PHSは、中波・短波よりもさらに波長の短いマイクロ波の数100メガヘ ルツ〜数ギガヘルツを利用した無線通信機器です。よく知られているように光も電波 の仲間であり、電波は波長が短くなるにつれ光に似た性質をもちはじめます。このた めアンテナから機器内部にはいったマイクロ波は、機器内部で有害な異常反射を引き 起こすようになります。
異なる物質の境界面では、透過した光の一部が反射します。それと同様の現象が通信 機器の内部でも発生します。通信機器は複数の電子回路から構成されますが、それら の回路のインピーダンス(直流の電気抵抗に相当するもの)が異なると、回路の結合 部で電波の異常反射が起こるようになります。
通信機器内部における電波の異常反射は、信号の歪みや部品の損傷を招くので、でき るだけなくすに越したことはありません。しかし、回路間のインピーダンスのミスマ ッチングを調整するには、多くの工数を必要とし、機器の小型軽量化の流れとも逆行 してしまいます。
このディレンマをたくみに解決してくれるのがアイソレータです。アンテナからはい った電波をスムーズに回路に送りこむとともに、異常反射を起こした電波は抵抗体に 吸収させ、熱として消滅させてしまいます。このため、あたかも完全にインピーダン スがマッチングしているかのように機能するのです。
ファラデーが発見した重要な磁気光学現象
アイソレータによる電波の交通整理は、フェライトと磁石の連携プレーによって達成 されます。この物理現象は19世紀のファラデーによって、まず鉛ガラスを透過する光 において発見されたため、物理学においてはファラデー効果(ファラデー回転)と呼 ばれます。
きわめて好奇心旺盛であったファラデーは、寝食を忘れてさまざまな実験を試みまし た。1845年当時、彼の関心事は光は磁気によって影響を受けるかどうかということで した。そこで磁石の磁界中にさまざまな透明物体を置き、それに偏光(一定方向にだ け振動する光)を透過させるという実験を行いました。
水晶などの結晶に偏光が透過すると、偏光面が変化することは以前から知られてい ました。これはミクロの結晶格子によって、偏光面にねじれが生ずるからです。ねじ れの原因が結晶格子にあるので、当然ながら水晶結晶から飛び出した偏光の反射光は 、水晶結晶内部を再び透過します。
ところが、磁界中に置いた鉛ガラスを飛び出した偏光の反射光は、なぜか鉛ガラスに 入射しなくなることをファラデーは気づきました。そして、彼はこの現象は磁界によ って偏光面が回転することによって起きることを突き止めました。というのも、回転 角度は磁界の強さに比例し、また磁界の向きを逆にすると、偏光面の回転の向きも逆 になったからです。
電波も光の一種ですから、このファラデー回転は、電波においても起こります。たと えば、ある種のフェライトに磁界を加えると、その中を進行した電波の偏波面(偏光 面に相当するもの)が回転し、再びフェライトを透過しないようになります。この現 象をうまく利用したのがアイソレータです。
磁石とフェライトで電波の交通整理
アイソレータは前頁の図のように、三差路のような構造をもった電子部品で、中央に は磁石にはさまれたフェライトが置かれています。図の場合では、(1)の端子から送ら れた電波は(2)の端子へスムーズに流れます。しかし、このとき偏波面は回転してしま うため、電波は(2)から(1)へ戻ることができません。異常反射などで(1)へ戻ろうとする有 害な電波は、(3)方向に誘導され、抵抗体を流れて熱として消滅させられてしまうので す。いわば一方通行の交通規則を守らないクルマが、取り締まりにあって捕捉される ようなものです。
また、(1)(2)(3)の3つの端子をいずれも電波の進入路とすると、(1)>>(2)、(2)>>(3)、(3)>>(1)という右回りの一方通行の信号の流れがつくれます。ちょうど駅のロータリーのようなも のです。このように利用すると、アイソレータは信号を循環させるサーキュレータと いう部品となります(磁界の方向を逆にすれば左回りの流れをつくれます)。
フェライトを用いたアイソレータが考案されたのは1950年代です。当初、その応用は 特殊な無線機や計測器などにかぎられていました。しかし、その後、通信周波数が高 周波のほうにシフトし、さらに携帯電話・PHSなどの通信市場が成長するにつれ、 アイソレータの需要は急激に拡大しました。
都市道路に交通信号が欠かせないように、過密化する電波世界にも、電波の交通整理 が次第に必要となっています。この過密化はますます小型軽量化する通信機器内部で も進行しています。アイソレータは通信機器内部で、電波の一方通行と異常な反射電 波の排除を同時に達成してくれる重要部品。そこでは小さな磁石が、縁の下の力持ち 的な隠れた活躍をしています。
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