じしゃく忍法帳

第27回「VCM(ボイスコイルモータ)」の巻

知ってほしいヨーク(継鉄)の役割

「継続は力なり」忍者の筋力トレーニング

忍法の修行の1つに、麻(アサ)の種を地面にまき、毎日、そこを通るたびに、飛び越えるというものがあります。マジナイなどではなく、理にかなった筋力トレーニングです。麻は芽が出たあとの成長が速いので、日に日に大きくなります。毎日、少しずつ筋力を鍛えていけば、いつしか背たけ以上に伸びた麻も、なんなく飛び越えられるようになるというものです。今日、麻を勝手に栽培することは、大麻取締法によって禁止されていますが、麻にかぎらず、大きく成長する植物なら何でもかまいません。庭のヒマワリか何かで、試してみてはいかがでしょう?

筋肉運動のエネルギーとなるのは、体内で生合成されるATP(アデノシン三リン酸)が分解するときに放出される化学エネルギーです。100m全力疾走などのときは、スタートからゴールまでほとんど呼吸を止めています。これは体内で無酸素的に生合成されたATPを利用したものです。これを無酸素運動といいます。一方、中距離走〜長距離走では、呼吸によって酸素を取り入れ、ATPを持続的に生合成しながらの有酸素運動となります。

「火事場のバカ力」というように、瞬発的になら誰でも意外と大きな力を出せるものです。しかし、無酸素運動はATPがすぐに枯渇してしまうため長続きしないうえ、疲労物質である乳酸が副産物として生成します。運動不足の人が、たまにスポーツなどをすると、筋肉痛が起きたり、疲れがたまったりするのは、このためです。したがって、筋力トレーニングというのは、単に筋肉をモリモリと増強することではなく、疲労物質である乳酸の生成をできるだけ少なくし、持久的な有酸素運動をフルに稼働できる体質をつくりあげることにあります。

エアロビクスは、この考えに基づく科学的トレーニング法ですが、成長する麻を毎日飛び続けるという忍者の修行もまた、瞬発力と持久力の双方をきたえるうえで効果的だったわけです。筋力は短期間では養成できません。格言にあるように、まさに「継続は力なり」です。

磁気ヘッドの位置決めに使われるリニアモータ

さて、パソコンのHDD(ハードディスクドライブ)では、磁気ヘッドがスピーディな移動をめまぐるしく繰り返すため、その駆動機構には瞬発力と持久力の双方が要求されます。

HDDの磁気ヘッドの位置決めに使われるのは、VCM(ボイスコイルモータ)と呼ばれる特殊なモータです。モータというと、日本では一般に電気エネルギーから回転エネルギーを得る電動機のことを指しますが、もともとは内燃機関やガスタービンなども含めた広い意味での原動機のことです。人工衛星に搭載される軌道修正や姿勢制御のためのガス噴射装置もモータと呼ばれます。また、超電導磁石を利用したリニアモータカーの推進機構にも、回転モータは使われません。VCMは磁気ヘッドを直進運動させる一種のリニアモータです(リニアアクチュエータとも呼ばれます)。

VCMはスピーカ(一般的なダイナミックスピーカ)の原理を発展的に応用したものです。スピーカは永久磁石とコイル、およびコイルに接続したコーン紙からなります。永久磁石の磁界中のコイルに電流を流すと、フレミングの左手の法則により、磁界と電流の双方に垂直方向に力が発生します。この力がコイルと接続されたコーン紙を振動させて音声を再生します。

スピーカのコイルは、音声を再生するという意味からボイスコイルと呼ばれます。VCMにおいてもその名称が流用されていますが、VCMは音声再生とは直接関係なく、あくまで電気エネルギーから直進運動をつくるリニアモータです。

図1 VCMの原理

VCMの小型化には希土類磁石が貢献

VCMの原理は前頁の図1に示すように、いたって簡単なもので、永久磁石の磁界中に置かれたボイスコイルが、電流の変化に応じてスライドするようになっています。コイルに電流を送るためのリード線が必要なため、ストロークの長さはかぎられてしまいますが、無接点で機械的な直進運動をつくれることと、立ち上がりの速い機敏さがVCMの特長です。

ボイスコイルに加わる力は、磁界の大きさに比例します。したがって、磁気エネルギーが大きな磁石を利用すれば、コイルも装置全体も小型化することが可能です。そこで、VCMにうってつけの磁石として使われるのが希土類磁石(サマリウム・コバルト磁石、ネオジム・鉄・ボロン磁石)です。

HDDにおけるVCMの役目は、ディスクの半径方向に、磁気ヘッドを高速・正確に位置決めすることです。図2に示すのは、スイング式と呼ばれるVCMです。時計の針のようなアームの一端にコイルを置くことで、コイルの円弧運動に応じて、他の一端の磁気ヘッドもまた円弧を描きます。簡単な工夫ですが、装置の小型化に大いに役立っています。

磁石と接合されたE字型の継鉄(ヨーク)にも注目してください。粉末原料を成形・焼結してくる希土類磁石やフェライト磁石は、円板状、リング状など、ある程度自由な形状のものがつくれます。しかし、磁極から出る磁界を有効に利用するためには、磁石に特殊な形状の鉄片を接合します。この鉄片のことを、ヨーク(継鉄)といいます。

図2 HDDのスイング式VCMの構造

"ヨーク"考えてみよう ヨーク(継鉄)の役目

VCMのE字型のヨークの3本歯は、N・S・N(あるいはS・N・S)の磁極となっています。つまり、ヨークなしでは空中に漏れ出てしまう磁力線を、ヨークを用いて真ん中に集めているわけです。

磁石にヨークを組み合わせることは、技術者にとっては当たり前のことですが、一般には磁石の応用におけるヨークの重要な役割が、あまり知られていないようです。

たとえば、冷蔵庫の扉などに吸い付けるマグネット画鋲には、円板状のフェライト磁石をただ接着剤でとめたものが多いようです。吸着力を高めようというなら、大きな磁石を用いるのが通常の発想です。しかし、図3のように、簡単な鉄製ヨークの中に、磁石を収めるだけで、大きな吸着力が発揮するようになります。これは吸着面と反対側の磁極から出る磁力線が、ヨークの縁に集まるからです。つまり、磁石とヨークを組み合わせることで、実質的に磁石に自由な形状をもたせることができるわけです。

このように裸の磁石をそのまま使うより、上手にヨークをつけたほうが、磁石のパワーを最大限に利用できるようになります。これは磁気学の父・ギルバートが、実験によって確かめ、その名著『磁石論』(1600年刊)においてもすでに論述していることです。しかし、残念なことに、ヨークの効用については、学校の理科実験でもあまり触れられないようです。 もし、磁力線が目に見えるようになる忍法があるとしたら、世の中の磁石の使い方には、ずいぶんムダが多いことが分かるはずです。ヨークの設計しだいで、磁石の可能性はぐんと広がります。磁石の応用にあたっては、そこのところを"ヨーク"考えてみてください。

図3 マグネット画鋲の構造

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