じしゃく忍法帳

第28回「マイクロホンとヘッドホン」の巻

電気と音響を仲介する磁石

地面に耳をあてると忍者は地獄耳となる

話題の人を追いかけるマスコミ記者が、深夜・早朝にその人の自宅にまで押しかけ て取材することを称して、「夜討ち・朝駆け」といいます。もともとは敵陣を攻める ときに使われた兵法の用語で、敵の寝込みを待って襲うのが夜討ち、眠りから覚めた ばかりの明け方に襲うのが朝駆けです。

夜討ちも朝駆けも、敵の不意をつく奇襲戦法ですが、リスクも大きく、必ずしも成 功するとはかぎりません。そこでまず、敵陣のようすを探るために、精鋭の忍者が送 り込まれました。

首尾よく敵陣に潜入できたとしても、忍者は暗闇の中で建物や兵力の配置、侵入路 や逃げ道などの情報を入手しなければなりません。このため、忍者は視覚よりも聴覚 をフルに活用しました。

物音は空気中より、壁や地面のほうがより遠くへ伝わります。そこで、忍者は壁に 耳をあてて話し声を盗聴したり、地面に耳をあてて敵の人数や動向を探ったりしまし た。聴診器が人体内部のようすを知らせてくれるように、物体を伝わる物音の情報と いうのは、驚くほど豊富なのです。

敵陣がひっそり静まり返っているとしても、眠っているとはかぎりません。たとえ 寝息が聞こえてきても警戒が必要です。忍者の潜入を察知して、敵がタヌキ寝入りを することもあるからです。しかし、熟練した忍者は、自然の睡眠とタヌキ寝入りを、 その寝息の違いによって聞き分けたといわれます。実際、オシロスコープで波形を分 析してみると、タヌキ寝入りの場合は、寝息に不自然なリズムや音の高低が微妙に混 じるそうです。

補聴器の考案者は電話の発明者ベル

耳からはいった音声は、鼓膜を振動させ、鼓膜につながった3つの小さな骨(つち 骨、きぬた骨、あぶみ骨)を通じて、内耳に伝えられます。内耳は振動を電気信号に 変化する器官で、電気信号は神経を伝わって脳に送られ、音声として認識されます。

耳が単なるマイクロホンと違うのは、脳というコンピュータとつながって音声情報 が処理されるところにあります。大勢の人のおしゃべりの中から、特定の人の話し声 だけを聞き分けられるのもこのためです。

30歳前から難聴が始まった楽聖ベートーベンは、一時は自殺も考えましたが、その 苦しみを乗り越え、音がまったく聞こえなくなってから、数々の名曲を生み出しまし た。耳というマイクロホンが故障しても、楽音の記憶は脳にしっかり保持され、作曲 活動に重大な支障はありませんでした。

ところで、ベートーベンは難聴時代に、各種の補聴器を試用したことが知られてい ます。もっとも補聴器とはいっても、当時は音を集めるメガホン型とか、耳の骨に振 動を伝える伝音管型など、原始的なものばかりでした。

マイクロホンとイヤホンを組み合わせた補聴器を初めて考案したのは、電話の発明 者であるアメリカのベルです。意外に思われる方も多いかもしれませんが、ベルはろ うあ教育を天職とした音声学の研究家で、電磁気学にはまったくのシロウトでした。

電話は遠隔地を結ぶ画期的な通話手段です。一般の関心はより遠くとの通話に向け られましたが、ベルは聴力障害に悩む人を救えると、電話の発明後すぐに補聴器の開 発に着手しました。まさにろうあ教育者ならではの発想です。

ベルの電話機は受話器と送話器が兼用のものでした。つまり、マイクロホンはイヤ ホンにもなっていたわけです。この一方を受話器専用、もう一方を送話器専用とした のが、ベルの考案した補聴器です。しかし、残念ながらベルの補聴器は、増幅器をも たないため、聞こえる音声はかすかなものにすぎませんでした。

マイクとスピーカの主流は磁石利用のダイナミック型

ベルの電話機はその後、エジソンによって改良が加えられました。エジソンは振動 板の背後に炭素粒を詰め、音声による炭素粒の圧力変化を電気抵抗の変化として取り 出すようにしたのです。これによって電話機の感度は著しく高まりました。これはカ ーボンマイクと呼ばれ、その後、電話機のマイクロホンの主流となりました。

カーボンマイクは感度が高く、故障も少ないという利点がありますが、雑音が多い のが難点です。このため、今日、放送用やオーディオ用マイクロホンとしては、ダイ ナミック(動電型)マイクロホンと呼ばれるタイプが最も多用されています。

ダイナミックマイクロホンは、下の図のように、永久磁石、軟鉄製ヨーク、コイル 、振動板で構成されます。磁界の中に置かれたコイルは、振動板と接続しているので 、音声によって振動板といっしょにコイルも振動します。すると磁界の変化がコイル に交流電流を生み出し、これが音声信号として取り出せます。

ダイナミックマイクロホンの構造が、ダイナミックスピーカに似ているのも当然で す。ともに同じ電磁誘導を原理としているからです。イヤホンや小型軽量のヘッドホ ンの多くは、電界を加えると結晶が歪む圧電効果を利用したものですが、高音質が要 求されるオーディオ用ヘッドホンなどには、やはりダイナミック型が使われます。こ れはダイナミックマイクロホンの原理を逆に応用したものです。

ダイナミックマイクロホンの構造

トランジスタ応用製品の第1号は補聴器だった

ダイナミックスピーカは、1920年代にアメリカで開発されました。この時代はラジ オ放送が世界的に開始された時代で、複数の人が同時に聞けるスピーカが求められる ようになったのです。ところで、このダイナミックスピーカに先立ち、一時期マグネ チックスピーカというスピーカが利用されたことがあります。

その名が表すように、マグネチックスピーカにも、磁石が利用されています。下の図のように音声電流がコイルに流れると、磁石の磁界の中に置かれた振動片が振動 し、それがスピーカのコーンに伝わって音声が再生されるという方式です。やはり電 磁誘導を利用したものですが、この方式では十分に大きな音が出ないので、コイルと コーンとを一体化させたダイナミックスピーカが開発されたのです。マグネチックス ピーカではコイルは動きませんが、ダイナミックスピーカはコイルが動くために、ム ービングコイル型とも呼ばれます。

増幅器をもつ初の補聴器も、ラジオ放送が始まった1920年代に開発されました。マ イクロホン、増幅器、イヤホンからなる今日の補聴器の原型です。とはいえ、この増 幅器つき補聴器は、真空管を使った据え置きタイプで、とても持ち運びできるもので はありませんでした。

携帯用補聴器が登場するのは、トランジスタが発明された第2次世界大戦後のこと です。ちなみに、実用的トランジスタの開発の舞台となったのは、ベル電話会社を前 身とするATTのベル研究所でした。トランジスタの最初の応用製品が補聴器であっ たのも、ろうあ教育に一生を捧げたベルの遺志を汲んだものともいわれます。

マグネチックスピーカ(左)とダイナミックスピーカ(右)の構造

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