じしゃく忍法帳

第24回「牛の胃を守る磁石(カウマグ)」の巻

磁石のおかげでモー安心

忍者が苦手なのは臭いに敏感な犬

忍者の里として知られる伊賀・甲賀(三重県上野市、滋賀県甲賀町)は、薬の産地と しても知られます。昔諸国を渡り歩いても怪しまれないのは、行商人や旅芸人、ある いは行脚(あんぎゃ)僧ぐらいでした。黒い忍者服では、すぐに忍者とばれてしまい ます。そこで伊賀・甲賀の忍者は越中富山の薬売りのような行商人になりすまし、各 地に分散して情報収集に努めていたといわれます。

ところで、どんなに修行を積んだ忍者でも苦手な相手がいました。それは犬です。人 の目を盗んであたりを探ったり、屋敷に侵入したりしても、嗅覚の発達した犬にたや すく発見されてしまうからです。

犬をいかに手なづけるかというのも忍法です。事前にエサなどを与えて親しくなって おいたり、あるいは毒入りのエサを与えて殺したりもしたようです。この毒には馬銭 (まちん)と呼ばれる植物毒が使われました。馬銭は熱帯地方の常緑樹ホミカの種子 で、有毒成分はストリキニーネです。ストリキニーネは少量でも強い筋肉けいれんを 起こす猛毒で、呼吸筋をマヒさせて短時間で死に至らしめます。

昔はよく食あたりを起こしたので、胃腸薬は忍者の必携薬でした。忍法書にもさまざ まな薬の処方が記されています。変わったところでは、水渇丸(すいかつがん)とい うものもあります。これは梅肉(梅干しの肉)に砂糖を混ぜて固めたもので、しゃぶ ると酸っぱいので唾液が出て、のどの渇きが抑えられます。床下や屋根裏などに長時 間潜伏するときに使用したようです。

追っ手の目をあざむく忍法“牛遁の術”とは?

ありとあらゆるものを利用して逃げ隠れるというのが忍法の基本です。木・火・土・ 金・水を利用する五遁(ごとん)の術はよく知られるところですが、近くに動物など がいればそれも利用します。その一つとして、“牛遁の術”とでもいうべき忍法があ ります。

牛は馬と違って、草むらに寝そべっていることが多いものです。そこで、敵に追い詰 められたときなど、牛の腹を刀で裂いて、その中に隠れるという忍法です。牛の腹は だぶついているので、少々ふくらんでも不自然ではありません。牛がじっと動かなく ても昼寝をしているのだとみなされます。殺される牛はかわいそうですが、忍法に残 酷や卑怯という言葉はありません。

ところで、菜食主義の人間は太ることはないのに、草しか食べない牛が、なぜあのよ うなタンパク質の巨体をつくれるのでしょうか? これは消化管の中の微生物の違い によるものです。

植物繊維の主成分はセルロースですが、人間のみならず牛もまた消化液だけでセルロ ースは分解できません。しかし、牛の胃にはセルロースを分解して栄養とする微生物 が、牛と共生関係を結んでいます。牛は微生物に生息環境と植物体を提供するかわり に、微生物の分解物を利用してタンパク質をつくるのです。

牛の胃が4つに分かれた複胃をもつことはよく知られます。牛はいったん飲み込んだ 草を口に戻して唾液と混ぜ、再び飲み込むということを繰り返します。これを反すう といいます。第1胃から第4胃までの胃のうち、最も容量が大きいのは第1胃(ルー メン)です。第1胃は成牛で100〜150リットルもあります。いわば巨大なサイロ(貯 蔵・発酵タンク)を内部に抱えているようなものです。ところが、牛飲馬食という言 葉があるように、牛は毎日、大量の草を食べるので、クギや針金などの鉄屑もいっし ょに飲み込んでしまうことがしばしばあります。小さなものなら自然に排泄されます が、胃の中に停留すると、胃が収縮運動するたびに、鉄屑が胃の粘膜を傷つけます。 手塩にかけて育てた乳牛・肉牛が、炎症を起こして病気になったりしては一大事です。

原理は簡単で効果抜群牛の胃を守るカウマグ

長らく育牛農家の悩みの種であった牛の胃の中の鉄屑問題は、20〜30年ほど前から磁 石の利用によって解決されることになりました。原理はいたって簡単なもので、大人 の指ほどの大きさの磁石(通常は強力なアルニコ磁石)を牛の胃の中に投入しておい て、磁力で危険な鉄屑を吸着させてしまうというものです。

カウマグなどとも呼ばれるこの磁石は、第3胃に投入されます。第3胃は口から最も 近いことと、胃の内容物が反すうを終えて流動状態になっているので、鉄屑を吸着し やすいからです。カウマグは牛の習癖や胃の構造を知らなくては生まれなかったグッ ドアイデアです。鉄を吸着するという磁石の当たり前の作用も、ひらめきしだいでま だまだ応用の道が残されていそうです。

ところが、身の回りにたくさんの磁石がありながら、磁石のしくみについては、牛の 胃ほどにも知られていません。これは磁石は割っても割っても磁石で、中からタネや シカケが現れるわけではないからでしょう。しかし、100倍程度の顕微鏡でも観察で きるメゾスコピック(ミクロとマクロの中間スケール)の世界では、磁石は驚くべき 内部構造をもっています。実は磁石というのは磁区と呼ばれるミニ磁石の集合体なのです。

磁区の存在が理論的に予測されたのも、それが実際に発見されたのも、ともに20世紀 になってからのことです。磁区の発見は紀元前の天然磁石の発見に匹敵するほどの大 発見なのですが、学校教科書などにはあまり登場しません。このため、現在もなお、 磁石のしくみはブラックボックスのように思われています。しかし、一般に磁石の謎 とされるところの多くは、磁区の存在とその挙動を知ることで解くことができます。

 

鉄の磁区構造と磁石を近づけたときの磁区の変化

磁石はなぜ鉄を吸うか?謎解きの鍵は磁区にある

磁石に吸着する鉄のような物質を強磁性体といいます。鉄の内部の磁区構造を簡単な モデルで示すと、前頁の図のようになります。複数の棒磁石を磁極を互い違いに重ね ると、みかけの磁極はなくなってしまいます。それと同様に、鉄を構成するミニ磁石 は、寄せ木細工のような多磁区構造になっていて、互いに磁力を打ち消して外部に磁 極を現しません。ところが、この鉄に外部から磁石を近づけると、ある磁区が肥え太 り、別の磁区がやせ細って、全体が1つの磁石のようになります。

磁石はなぜ鉄を吸いつけるのでしょうか? これは子供たちがよく発する質問です。 難解な理論は省いて、ごく大ざっぱに回答すれば、磁石が近づくことによって、鉄は 自ら磁石になるからです。つまり、磁石が鉄を吸うのは、磁石どうしの吸着と同じこ となのです。

いわば鉄というのは忍者のような隠れ磁石なのであり、外部磁界によって磁石として の性質を現すのです。ただ、鉄にも種類があります。軟鉄は磁石を離すと元の鉄に戻 りますが、鋼はいったん磁石としての性質に目覚めると磁気を帯びます。また、シャ キッと目覚めたままガンコに磁化を保つようなタイプは、すぐれた永久磁石材料とな ります。

では、磁石のN極とS極はなぜ吸いつきあうのでしょうか? これも子供たちがよく 発する質問です。

磁気に両極があることは宇宙の成り立ちにも関わる問題で、現代科学をしても説明は できません。

子供たちが納得してくれるかどうか分かりませんが、こればかりはM(男性)とF( 女性)が寄り添うような自然の摂理とでも答えるしかありません。

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