じしゃく忍法帳
第23回「方位磁石とナビゲーションシステム」の巻
未来の宇宙旅行には宇宙羅針盤が道案内?
忍者も使った方位磁石 ルーツは中国の指南魚
昔から忍法では、「敵を恐れること、侮(あなど)ること、思案を過ごすこと」を“ 忍者の三病”として、きつく戒めています。思案を過ごすとは、考え過ぎることをい います。ああでもない、こうでもないと、優柔不断に迷っていては、命がいくつあっ ても足りなくなるからです。
山中で分かれ道に出会い、本道を見失いそうになったときの忍法というのがありま す。これは何でもよいから歌の文句や言葉を思い浮かべ、その音数が偶数だったら右 、奇数だったら左へ進めというものです。たとえば、そのときたまたまホトトギスが 鳴いたとしたら、ホトトギスの音数は5で奇数だから、左へ行こうというふうに活用 します。
子供たちが、「どちらにしようかな神様の言うとおり…」というような文句を唱え て選択するのといっしょで、科学的な根拠はありません。当然ながら進路を間違える こともあります。しかし、間違ったときは、元の分岐点まで戻ればよいと忍法書は教 えています。あれこれ思案を過ごして危機を招くより、どちらかに即決したほうが得 策という合理的な考え方によるものです。
忍者はキシャク(耆著)と呼ばれる方位磁石を製造していたことが伝えられていま す。これはおもちゃの舟のような形をした鋼製の磁石です。もっとも、水に浮かべて 方位を読み取るので、緊急の場合は役に立たなかったようです。
忍者のキシャクのルーツは古代中国の指南魚(しなんぎょ)と呼ばれた方位磁石で す。指南魚はもともと天然磁石を木片に組み込んで、水に浮かべて使用するものでし た。その後、熱した鋼を急冷すると、地磁気によって磁化されて磁石となることが発 見され、天然磁石にかわって磁針が利用されるようになりました。11世紀ごろのいく つかの中国文献に、こうして製造された磁針の話が出てきます。
初期のカーナビでは地磁気センサが道案内
12世紀になるとヨーロッパでも、磁針が航海に利用されるようになりました。当初 はコルクなどに磁針を刺して水に浮かべる方式(湿式)でしたが、やがてピボット方 式(乾式)のものが考案され、精巧な羅針盤へと発達を遂げました。
地球上のどの地点も地磁気に包まれているので、磁力線の向きによって、磁北ある いは磁南を知ることができます。これが羅針盤の原理です。かつては小学生が遠足に 携帯する水筒のフタにも、道に迷ったときのためのナビゲーション・ツールとして、 小さな方位磁石が組み込まれていたものですが、最近ではあまり見かけなくなりました。
さて、クルマ社会の現代の方向オンチ、地図オンチに人気なのは、カーナビゲーシ ョンシステムです。
カーナビゲーションシステムは、GPS(全地球測位システム)による宇宙からの 測位情報と、自動車に搭載された電子地図情報をマッチングさせながら、現在位置を 画面に表示するシステムです。音声でコースを教えてくれる便利なシステムもあります。
GPSのナブスター衛星は、1988年から合計24個打ち上げられました。カ ーナビゲーションシステムのコンピュータは、複数の衛星(最低3個)から届く電波のわずかな時間差などから、現在地の緯度・経度・高度を計算します。2000年春からは、従来の民間利用に対する規制も撤廃され、GPSによる測位精度は10数mにまで向上。地上の測量をもとにした電子地図とも照合させることにより、きわめて詳細な情報を運転しながら得られるようになりました。
GPSが実用化される以前の初期のカーナビゲーションシステムでは、地磁気セン サが重要な役割を果たしていました。見ず知らずの土地を走る自動車は、陸地も見え ない大洋を航行する船舶と同じで、方位を知るには羅針盤のような地磁気センサが不 可欠だったのです。
なぜパソコンCRTに地磁気補正が必要か?
ナビゲーション以外にも、地磁気センサは身近なところで活躍するようになってい ます。その代表例は、テレビやパソコンなどのカラーCRTディスプレイ(ブラウン 管)への応用です。しかし、移動体でもないテレビやパソコンに、なぜ地磁気センサ が必要になるのでしょうか?
CRTの電子銃から飛び出した電子ビームは、ヨーク(ネック部のフェライトコア )から発生する交流磁界によって進路を決められ、R(赤)・G(緑)・B(青)の蛍光体に 衝突してカラー画像を結びます。ところが、電子ビームに外部からよけいな磁界が加 わると、進行方向がそれて画像の悪化をもたらします。これはテレビ画面に磁石を近 づけると、画像が乱れることからも、簡単に実験できます。
地磁気は0.5ガウスほどの強さしかありませんが(通常の永久磁石のおよそ数千〜1 万分の1)、CRTではその影響は無視できません。そこで、この問題を解決するた めに、以前からCRTを軟鉄板で覆う磁気シールドがほどこされてきました。
しかし、磁気シールドはCRTの管軸の垂直方向(左右・上下方向)には有効でも 、管軸方向については無防備です。このため、電子銃を飛び出した電子ビームは、蛍 光面に到達するまでに、地磁気によって微妙な影響を受けてしまうのです。テレビで は電子ビームの到達距離が長い大画面テレビほど、またパソコンでは高精細なCRT ほど、地磁気の影響は大きくなります。
しかも、地磁気の強さは緯度によって変化するばかりか、太陽に面して北半球と南 半球では地磁気の方向は正反対となります。また、同じ地域でも使用環境によって、 かなり異なります。CRTに与える地磁気の影響というのは、地球規模で考えると、 なかなか複雑でやっかいな問題なのです。
未来の宇宙旅行には宇宙羅針盤が登場?
地磁気によるCRTの画像悪化の問題を解決するため、TDKが開発したのは、直 交フラックスゲート型と呼ばれる地磁気センサを使用した地磁気補正システムです。
この地磁気センサは、前頁の下図のように、2つの検出コイルを互いに直交するよ うに配置したものです。これをパソコンなどのCRTに組み込むことで、管軸方向の 地磁気の強さを検知し、画面周囲のキャンセルコイルに適正な電流を流します。する と、コイルから磁界が発生して、地磁気をうまく打ち消すことができます。
CRTに応用されている地磁気センサは、水平方向(管軸方向)の地磁気成分の検 知が主目的ですが、垂直方向の地磁気センサを加えることによって、全方位の地磁気 変化の検知も可能となります。これは高精度の方位コンパスのみならず、自動車や船 舶、飛行機、土木・建設機器、またバーチャル・リアリティ機器などの位置・姿勢の 検知といった応用にも期待がかけられています。
20世紀になって、銀河系の中心は強い磁場をもち、宇宙全体にも微弱な宇宙磁場 が存在することが明らかにされました。地球は宇宙における孤独な星ではありません 。かつての大航海時代のように、いずれ宇宙ナビゲーションのためのチャート(海図 )とともに、宇宙羅針盤といったものも登場するのかもしれません。
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