じしゃく忍法帳

第22回「マグネットキーのしくみ」の巻

忍法におとらず奥深い「鍵」「錠」の世界

石川五右衛門は忍者くずれの大泥棒

「石川や浜の真砂(まさご)は尽くるとも世に盗人の種は尽きまじ」。これは、1594 年、京都三条河原で、前代未聞の釜煎(かまいり)の刑に処せられた石川五右衛門の辞世の歌です。

石川五右衛門は安土桃山時代に暗躍した大泥棒ですが、もともとは忍者であったとい われます。忍者にも階級があって、攻略家である忍将の下に、上忍・中忍・下忍とい うピラミッド組織をつくっていました。

石川五右衛門は情報収集などにあたる下っ端の下忍だったと思われます。敵の屋敷に 忍びこみ、密書などを盗み出しているうちに、上からの命令に従うだけの忍者よりも 、気楽な泥棒稼業のほうが、自分の性格に向いていることに気づいたのかもしれません。

江戸時代の大泥棒・鼠小僧次郎吉(ねずみこぞうじろきち)も、実在の人物です。武 家屋敷などに100回以上も忍び込み、合計3000両を盗み出したといわれますが、10年 間の盗賊生活の末、とうとうお縄となり、獄門(ごくもん)となって果てました。

タンスや貯金箱などには、現在でも“「”型の鍵が使われます。あまりお薦めできま せんが、クギのようなものがあれば、意外と簡単に開けられるものです。U字型の鉄 棒をバネで固定する南京錠は、江戸時代後期に外国から渡来したものですが、これま た、その道のプロは、たちどころに開けてしまいます。

ところで、石川五右衛門と鼠小僧とでは、どちらが蔵やぶりの達人だったでしょうか ?おそらく軍配は鼠小僧に上がるにちがいありません。というのも、江戸時代以前の 日本では、まだ鍵というものがあまり発達せず、閂(かんぬき)や簡単な固定具ぐら いしかなく、開けるのにそれほど技術は必要なかったからです。そうでなくても、「 俺の物は俺の物、他人(ひと)の物も俺の物」と豪語する石川五右衛門に、鍵をせっ せとこじあける姿など、あまり似つかわしいものではありません。

鍵(キー)と錠(ロック)はセットで機能する

一般に、「鍵が壊れた」とか「鍵が開かない」などと言いますが、鍵は錠とセットで 初めて機能するものです。英語で鍵はキー、錠はロックといいます。壊れたり空かな いのは、鍵ではなく錠のほうです。

錠のことが忘れられがちなのは、最近の錠は内部に隠れているからでしょう。玄関の ドアなどに多用されているのはシリンダー錠ですが、なぜシリンダー錠というかを答 えられる人もあまりいないようです。

シリンダー錠というのは、その構造が、内筒・外筒と呼ばれる二つの円筒(シリンダ ー)からなることからのネーミングです。図1のように内筒と外筒とは、通常はバネ に押された複数の金属製のピンによってロックされています。鍵穴から鍵を差し込む と、鍵のギザギザのパターンに応じて、ピンは押し上げられます。実はピンは連続体 ではなく、途中で2つに分割されています。この分割線のことをシャーラインといい ます。ロック状態のとき、あるいは間違った鍵を差し込んだときは、シャーラインは ガタガタです。しかし、正しい鍵が差し込まれたときは、内筒と外筒との間に、一直 線のシャーラインができます。こうして、ピンのロックが外れ、内筒は鍵といっしょ に回転することになります。南京錠と違って、シリンダー錠をこじあけるのが困難な のは、複数のピンのチームワークで、開錠を阻止しているからです。

しかし、手先の器用な空き巣狙いは、粘土やチューインガムなどを鍵穴に入れてギザ ギザのパターンを写しとり、ヤスリでパターン通りに削った合鍵で忍びこみます。し たがって、鍵を2つ取り付けるのは、泥棒よけにとても効果的です。なぜなら、作業 は倍の時間を要するからです。忍びこみやすい家から入るというのは、泥棒の鉄則な のです。

電子錠、電子キーとは磁石を利用したもの

精巧とはいえシリンダー錠も万全ではありません。しかも、コピーにコピーを重ねて 、合鍵をつくっていくと、ギザギザのパターンが、オリジナルのものからズレ始め、 錠の開閉に支障が出るようにもなります。

こうしたシリンダー錠の弱点をなくしたのが、電子錠とも電子キーとも呼ばれるマグ ネットキーです。

図2のように、マグネットキーには通常の鍵に特有のギザギザが見られません。この スマートさも人気のようですが、よく見ると鍵の側面には、黒い斑点のようなものが 、横並びについているのが分かります。

この黒い斑点は、鍵に埋め込まれた小さなフェライト磁石です。ごく細い針金をこの 黒い斑点に近づけると、吸引されることからも、磁石であることが分かります。

ところが、実は黒い斑点のすべてが磁石になっているとはかぎりません。これは針金を吸引しない斑点があることで確認できます。つまり、磁石となっているものと、ただのダミーとなっているものがあるのです。図2のようなマグネットキーでは、側面に7個の磁石あるいはダミーが埋め込まれています。 したがって単純に計算して、これだけで2の7乗=128通りの組み合わせの鍵がつくれることになります。実際には、N極が露出しているか、S極が露出しているかも関係 し、また凹凸による機械的な方式も併用されているので、組み合わせの数はさらに多 くなります。調べる気になれば調べられますが、詳しい仕組みは防犯上、あまり公表 されていません。

磁石を利用すると合鍵もつくりにくい

さて、マグネットキーのおよその構造が分かったところで、錠のほうに話を移しまし ょう。マグネットキーを利用する錠も、シリンダー錠の一種です。ただ、ギザギザの パターンで機械的にピンを押し上げるかわりに、磁石の反発力を利用しているところ が大きな違いです。

マグネットキー側面の磁石(あるいはダミー)の位置に応じて、錠の内筒のほうにも 、磁石(あるいはダミー)が埋め込まれています。マグネットキーを差し込むと、キ ーの磁石と内筒の磁石が、同極どうしの場合は、反発力が働いて、ピンを押し上げま す。しかし、その他の場合はピンはビクともしません。マグネットキーの見かけは、 どれもこれも同じですが、正しいマグネットキーを差し込んだときだけ、ピンのシャ ーラインが一直線になり、内筒は鍵といっしょに回転して、ロックが外れることにな るのです。

ところで、マグネットキーを紛失したとき、合鍵をつくるには、どうするのでしょう か?錠前屋さんは特殊な装置をもっていて、鍵穴からセンサーを差し込んで、磁石の 組み合わせを調べます。泥棒が侵入するには、この装置が必要です。また、組み合わ せが分かっても、合鍵をつくるには、これまた特殊な道具や部品が必要ですから、ヤ スリ1本でつくれる一般のシリンダー錠よりは、はるかに安全なのです。

鍵・錠の世界は、忍法と同様に、実に奥深い世界のようです。

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