じしゃく忍法帳

第20回「転倒傾斜センサ」の巻

不動の球形磁石が転がるとき…

どんでん返しと「強盗提灯」の関係

「忍者の里」として知られる三重県上野市に保存されている忍者屋敷には、昔の忍者が使用した武器や道具とともに、攻め込む敵をあざむくための屋敷のカラクリが公開されています。

屋根裏へ上がる隠し梯子(はしご)があったり、秘密の格納庫が床下にあったり、床の間の掛け軸の裏が逃げ道になっていたりと、忍法大好きの子供たちが驚喜しそうなカラクリがあちこちに仕組まれています。

壁の一部を押すと、クルッと回転して、隠れ部屋に逃げ込めるという「ドンデン返し」は、芝居の舞台で大道具を瞬時に取り替えるカラクリとしてもおなじみのもの。床に倒しておいた大道具を垂直に立てるドンデン返しは、場面転換には最も簡便な手法です。

ドンデン返しは強盗(ガンドウ)返しとも呼ばれます。懐中電灯などなかった昔、闇夜にまぎれて屋敷に忍び込む強盗(あるいは忍者)は、ガンドウちょうちん(強盗提灯)という特殊な照明具を用いました。

これは釣り鐘状の金属製傘(ランプシェード)の中に、ロウソクを立てたものです。カンテラ(携帯用燭台。もともとオランダ語)とも違うのは、重りをつけたロウソク立てが吊り構造になっていて、どの方向に向けてもロウソクが垂直を維持して火が消えない工夫が凝らされているからです。つまり、おもちゃのダルマが「七転び八起き」するのと同じです。ドンデン返しの別名であるガンドウ返しは、このガンドウちょうちんに由来するといわれます。

円筒形の小空間に鎮座する球形磁石

ユラユラしながらも垂直を維持してロウソクの火を消さないのがガンドウ返しですが、地震のユラユラにはすぐに消さなければならないのが、ガスや石油の火、そして電気です。かつて石油ストーブは自動消火装置がなくて、しばしば転倒による火災が発生しました。

耐震構造の採用で、近年建築された住宅やビルは、まず倒壊の心配はないといわれます。しかし、自動販売機のような重量のある機器や装置は、わずかな傾斜でも転倒につながり、人身事故を引き起こす危険性もあります。

そこで、火災や転倒事故を防ぐため、こうした機器・装置には、転倒傾斜センサと呼ばれるセンサが要求されるようになりました。温度センサ、赤外線センサ、煙センサなどと並ぶ一種の防災センサです。

機器・装置の転倒傾斜をキャッチするだけならいろんな方式が考えられます。しかし、暖房機、温水機、温浴機などでは地震のような揺れを感じたらすぐに自動的に火をとめ電気を切るスイッチ機能が必要です。一方、振動にあまりに敏感すぎて、そのつど機器・装置がストップしてしまうのもやっかいです。

そこで考案されたのが、磁石とホール素子を利用した転倒傾斜センサ(磁気応用変位型転倒スイッチ)。その仕組みは忍者屋敷のカラクリに通じるシンプルでアイデアフルな面白さがあります。

この転倒傾斜センサの形状は、直径・高さとも20mm内外の円筒形です。図に示すように、円筒形内部は小空間になっていて、図に示すように球形フェライト磁石がその床面中央に鎮座しています。球形磁石がコロコロと転がらないのは、円筒形の小空間の床にも小さな磁石が埋められて、磁力で引き合っているからです。このため、微細な傾斜に対しては球形磁石はビクともせず、ある角度を超えると、磁力よりも重力の作用のほうが上回ってゴロリと転がります。

地震のような振動が加わったときも同様です。微震程度のわずかな揺れは、人が接触したり周囲に自動車が通過するだけでも発生します。球形磁石はそのようなわずかな揺れには動ぜず、ある程度の揺れ以上になると、中心位置から外れて転がることになります。

しかし、これだけではスイッチ機能をもちません。この転倒傾斜センサのカラクリのミソは、球形磁石上部すなわち円筒形の小空間の天井にホール素子を組み込んでいるところにあります。

磁界中の運動電子にはローレンツ力が作用

電流の流れている金属や半導体の板に垂直な方向へ磁界を加えると、その電流の方向と磁界の方向の双方に対し、垂直方向に電圧が発生します。これは1879年、アメリカの物理学者ホールによって発見された物理現象でホール効果と呼ばれます。

磁界、電流、電圧の方向が互いに直交するというのは、親指・人差し指・中指を直交させて暗記するフレミングの法則を思い出させます。

このフレミングの法則はローレンツ力によって原理的に説明されます。磁界の中を運動する電子には、磁界方向および運動方向に垂直な力が加わります。ブラウン管の電子銃から放射された電子が、ブラウン管の蛍光面の決められた位置に衝突するのは、ブラウン管の首部分のコイルが発生する磁界によって、電子にローレンツ力が作用し、その運動方向が曲げられるからです。

ホール効果においても、金属や半導体の中を電流として運動する自由電子に、ローレンツ力が作用しますが、空間を運動する電子のように自由に曲がることはできません。ただ、ローレンツ力によって電子の分布の偏りが発生するので、電圧が生じることになります。このホール効果をわずかな磁場の変化も検知することができる素子として利用したのがホール素子です。

転倒傾斜センサは現代の「強盗返し」

話を転倒傾斜センサに戻せば、球形磁石が円筒形の小部屋の床面中央に鎮座しているときは、天井のホール素子は球形磁石の磁界が安定供給されている状態にあります。ホール素子には微小電流が流されているので、ホール効果によって一定電圧が発生しています。

さて、ここに傾斜や振動が加わり、球形磁石の位置が少しでもずれると、ホール素子に供給される磁界の強さに変わり、電圧にも変化が生じます。この電圧の変化を増幅して機器・装置に信号として送り、危険を知らせるのが転倒傾斜センサの役割です。

シンプル・イズ・ベストという言葉がありますが、360度全方位の転倒や傾斜が、敏感にキャッチできるというのも、球形磁石と別の小さな磁石の牽引力を利用した単純な構造をもつからです。多少の傾斜や転倒なら自動復帰するというのも磁石ならではの作用を利用したものです。

しかし、この転倒傾斜センサの最大の長所は、スイッチ機能をもちながら無接点方式なので、きわめて信頼性が高いということです。しかも、小型ながら増幅回路を内蔵しているので、どんな機器・装置にも簡単に取り付けて利用することが可能です。

一般にあまり知られていませんが、このタイプの転倒傾斜センサは、公衆電話やゲーム機などにも広く利用されています。これは火災や地震対策ではなく盗難防止用です。こっそり持ち運ぼうとすると、球形磁石がゴロリと傾き、ホール素子がそれを感知して、異常信号を送るというしかけです。つまり、転倒傾斜センサは、盗っ人を寄せつけないという意味で、文字通り現代の頼もしい「強盗(ガンドウ)返し」でもあるわけです。

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