じしゃく忍法帳

第19回「感温リードスイッチ」の巻

忍法に陽術と陰術あり

強磁性体に硬軟あり

忍法は戦いに勝ち、危機を生き抜くための技術・処世術であり、忍者は自分の命を粗末にしたりしません。そこがパッと咲いて散るのを美とする武士との違いです。敵に対して逃げも隠れもしないのが武士の誇りとされますが、忍者は敵に見つかったときは、なりふりかまわず身を隠します。これを隠形(いんぎょう)といいます。

隠形の一つにウズラ隠れの術というのがあります。ウズラはじっとしているとき、ずんぐりした丸い形におさまります。色も派手ではないので遠くからは石か何かのように見えます。このウズラを見習い、うつ伏せになって手足を縮め、不動の態勢をとるのがウズラ隠れの術です。ぶかっこうと思っては忍者失格です。

忍法には堂々と敵に立ち向かう陽術と、ひそかに行動したり逃げ隠れしたりする陰術とがあり、忍者はこの両方を臨機応変に使い分けます。忍法が妖術のようにいわれたりするのは敵には陰術が見えないからです。

さて、外部磁界に対して忍法のような不可解な現象を示すのが強磁性体です。強磁性体とは簡単にいうと、磁石に吸いつく物質のことです。金属でいうなら、鉄、コバルト、ニッケルが強磁性体です。強磁性体である鉄の棒にコイルを巻きつけて直流電流を流すと、鉄は電磁石となることはよく知られています。ところが、鉄の種類によっては、電流を切ったあとも磁石としての性質を残すものと、電流を切ると元のただの鉄に戻るものとがあります。前者は硬磁性体、後者は軟磁性体と呼ばれます。

組成が変わらないのに、ある温度で強磁性消失

磁石材料は強磁性体ですが、強磁性体イコール磁石ではなく、強磁性体には磁化されて永久磁石となる硬磁性体と、一時磁石にしかならない軟磁性体があります。これらをはっきり区別しておかないと、磁石の科学の世界で迷子になってしまいます。

たとえば純鉄(単体としての鉄)はもちろん磁石に吸いつきますが、一時磁石にはなっても永久磁石にはなりません。馬蹄形や棒状の金属磁石は炭素鋼(炭素と鉄の合金)です。混じり気のない純鉄が永久磁石にならず、不純物を含む鋼が永久磁石になるのはなぜでしょう? ここが磁石材料のおもしろさです。

しかも、鉄をはじめとするどんな強磁性体も、加熱してある温度を超えると強磁性体としての性質を失ってしまいます。これをキュリー温度(キュリー点)といいます。また、磁石は加熱すると磁力を失ってしまうことは昔から知られていました。磁石に魔力や生命力のようなものがひそむと考えられた時代は、これを磁石の死とも呼んでいましたが、正確には死んだのではありません。保っていた磁力が熱によって消され(これを熱消磁といいます)、硬磁性体としての性質が奪われて軟磁性体になっただけです。冷やせばもちろん磁石に吸いつきます。ただし、軟磁性体となってしまうと、磁化しても永久磁石にはなりません。

加熱によって化学組成に変化があるわけではないのに、磁石に吸いつく強磁性を失ったり、あるいは永久磁石としての作用を失ったりするのはなぜでしょう? これは結晶構造や結晶の微小組織が変化してしまうためです。

特殊なソフトフェライトを、フェライト磁石と一体化

強磁性体と磁石との違いを知るうえで、以前にもご紹介したことのある感温リードスイッチは、まさにうってつけの製品です。

感温リードスイッチは有接点の温度センサの一種です。温度センサとしてはNTCサーミスタが、冷蔵庫やエアコン、電気炊飯器などに多用されています。NTCサーミスタは温度によって電気抵抗が変わるある種のセラミックスの特性を利用したものです。しかし、感温リードスイッチはNTCサーミスタのように微小電流を通電する必要もありません。また、コイルによる電磁誘導を利用した電磁式リレーとも違います。

感温リードスイッチは図に示すように、小さなフェライト磁石と感温フェライト、リードリレーとを組み合わせたものです。フェライト磁石は硬磁性体であるハードフェライトを磁化した永久磁石で、感温フェライトのほうは軟磁性体であるソフトフェライトです。また、リードリレーは鉄を主成分とする軟磁性体の金属片です。

前述したように、強磁性体はキュリー温度を境として強磁性体としての性質を失います。感温フェライトはこのキュリー温度を常温近辺にまで低くしたソフトフェライトで、目的に応じて約−10℃〜+130℃の範囲内で、ある温度を動作温度としたものです。しかし、温度に敏感なだけでは温度センサそして温度スイッチとして利用できません。そこで、この感温フェライトをフェライト磁石と合体させ、リードリレーに近接させたのが感温リードスイッチです。

感温リードスイッチは強磁性体のミニ科学館

設定温度において接点がON・OFFする感温リードスイッチの動作が、まるで手品のように思えるのは、ひとえに磁力線が人間の目には見えないからです。たとえば、磁化される前の磁石材料と、磁化されたあとの永久磁石とを2つ並べてみたとき、見かけはまったく一緒で区別がつきません。しかし、鉄粉をふりかけてみれば両者の違いは一目瞭然です。永久磁石のほうには教科書でおなじみの磁力線のパターンが鉄粉によって描かれるからです。

残念ながら磁力線が見える魔法のメガネのようなものはありませんが、人間には想像力があります。想像力を働かせて、感温リードスイッチの動作原理を考えてみることにしましょう。このとき重要なことは、磁石は好き好んで磁力線を外に漏らしているわけではないということです。できれば磁石は磁極を忍法のように隠してしまいたのです。そのほうがエネルギー的に安定するからです。

たとえば、2本の棒磁石を保管するときは、異極どうしを互い違いに束ねて吸着しておくと長持ちします。これは磁力線が外部に漏らさないための工夫です。いわば磁力線をショートさせるようなものです。ただ、こうして一体化させたときも、内部的にはN極からS極方向への磁力線の還流構造ができています。

感温リードスイッチのOFF状態では、フェライト磁石から出る磁力線は、感温フェライトが一時磁石となることで内部で還流されています。したがって、この状態ではたとえ魔法のメガネがあったとしても外部に磁力線を見つけられません。ところが、動作温度を超えて感温フェライトが強磁性体の性質を失うと、内部を還流していた磁力線ははじき飛ばされて、外部に漏れ出てしまいます。しかし、磁石は磁力線を隠したがりますから、漏れ出た磁力線は強磁性体であるリードリレーに潜り込みます。これによってリードリレーの2つのリードは、異極どうしが向き合った一時磁石となり、互いに吸着し合って接点が閉じることになります。 磁石の異極どうしがなぜ引き合うかといえば、それは漏れ出た磁力線を隠すほうがエネルギー的に安定だからです。



感温リードスイッチ

磁石とは何か? 強磁性体とは何か? 硬磁性体と軟磁性体とはどこが違うか? 小さいながらこれらのすべての問いの答えが凝縮されているのが感温リードスイッチです。いわば感温リードスイッチは磁石および強磁性体のミニ科学館。科学教育においても好適の教材です。

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