じしゃく忍法帳

第18回「知られざる磁力選鉱」の巻

鉄を吸いつけるだけが磁石ではない

知名度ナンバーワンの猿飛佐助は架空の忍者

歴代忍者の人気投票をしたら、おそらくダントツの票を集めるのは甲賀流忍法の達人・猿飛佐助(さるとびさすけ)でしょう。しかし残念ながら、猿飛佐助は実在の忍者ではありません。戦国時代の武将・真田幸村(さなだゆきむら)に仕えた真田十勇士の一人といわれますが、猿飛佐助はじめ十勇士の大半は創作上のの人物です。猿飛佐助という奇妙な名前も、『西遊記』の孫悟空(そんごくう)にあやかったものといわれます。

ただ、真田幸村は単なる戦国武将ではなく、忍法の心得のあったことは確かなようです。天下分け目の関ヶ原の戦いの際には、わずか千名の兵を率いて信濃国・上田城にたてこもり、関ヶ原へ西進しようと徳川秀忠(のちの徳川第2代将軍)の数万の大軍を釘づけしたことで天下にその名を轟かせました。このとき配下の忍者を使って、さまざまなゲリラ戦法を駆使したものと推測されています。

関ヶ原の戦いののち、大阪冬の陣・夏の陣で再び戦史に登場するまで、真田幸村は紀伊国・九度山(くどやま)に幽居していました。この九度山が空海開山の高野山のふもとにあたるところも、真田幸村と忍法とのつながりを匂わせます。中国渡来の忍法、日本古来の山岳信仰、そして秘法的科学技術の歴史的結節点ともいうべき場所が高野山だからです。

空海が高野山にこだわったのも、この地に水銀が産出することと関係があったといわれます。水銀は金と容易にアマルガムをつくって合金となるため、仏像の金メッキなどに不可欠の材料でした。また、水銀から不老不死の妙薬をつくろうとする錬丹術(れんたんじゅつ)は、忍法の一種として空海によって中国から伝えられたといわれます。忍法の日本的展開として、神道と結びついたのが修験道(しゅげんどう)です。猿飛佐助もまた霊山に住む仙人から忍法を学んだように、日本の忍法は山岳と深い因縁をもっています。

忍法は無名の技能集団が伝承してきた科学技術

中世から近世にかけてのヨーロッパにおいて、錬金術師と呼ばれていた化学者たちの研究フィルードとなっていたのも主に山岳地帯でした。山岳から採掘される鉱石に、未知の元素が潜むことを知っていたからです。

鉱石から有用金属を含む部分を分離することを選鉱といいます。昔からよく知られているのは、砂金とりでおなじみの比重選鉱です。金などの鉱物粒子を含む砂、あるいは細かく砕いた鉱石を水とともに流すと、重い鉱物粒子が底のほうに沈むことを利用したものです。

島根県安来市が発祥地といわれる民謡『安来節(やすぎぶし)』では、歌に合わせてユーモラスな「泥鰌(ドジョウ)すくい」が踊られますが、これはもともとは砂鉄とりの「土壌すくい」に由来するともいわれます。安来市を含む出雲地方は古代より砂鉄を原料とするタタラ製鉄のメッカでした。

砂鉄の選別は現在では電磁石を利用した磁力選別で、効率的に行えるようになりました。永久磁石では吸いついた砂鉄を取り去るのに苦労しますが、電磁石なら電流を切ることで、簡単に吸いついた砂鉄を取り除けます。また、廃品の中から鉄材を集めて再利用するときも、クレーンがわりに電磁石が使われたりします。

初めて強力な電磁石を開発したのは19世紀イギリスの電気技師スタージョンです。鉄の棒に導線を巻いて電流を流すと電磁石となることは、スタージョン以前に知られていましたが、当初はコイルの巻数も少なかったため、あまり重いものは持ち上げられませんでした。これは裸の導線が用いられていたからです。

スタージョンは導線を布で被覆絶縁することで、導線を幾重にも巻けることに気づきました。これはまさにコロンブスの卵ともいうべき簡単にして画期的なアイデアでした。こうして、それまでせいぜい数kgの鉄しか持ち上げられなかった電磁石は、スタージョンの工夫によって数100kgも持ち上げられるようになったのです。

比重選鉱と磁力選鉱を組み合わせたアイデア

磁力選鉱に用いられるのは磁選機と呼ばれる装置です。原料となる鉱石を水などの溶液と混合したスラリーとするかしないかで、磁力選鉱は湿式と乾式とに大別されます。湿式の磁力選鉱においては、図のように内部に電磁石を据えたドラムを回転させ、原料のスラリーを送りこむことで、スラリー中の強磁性鉱物粒子をドラム外周に吸いつかせて分離します。原理的にはいたって簡単なものですが、不要物質、中間産物、有用な着磁産物と、幾種類にもうまく分離させるところが磁力選鉱の技術ポイントです。

意外に思われるかもしれませんが、磁力選鉱は磁石に吸いつかない鉱物の選別にも利用できます。

この特殊な磁力選鉱は比重選鉱と組み合わせたものです。伝統的な砂金とりや砂鉄とりでは水が使われますが、水よりも重い液体を利用すれば、その液体との比重差によって、有用な鉱物粒子(あるいは不要な物質)を浮かべたり、あるいは沈めたりして選別することができます。また、さまざまな比重の溶液を利用すれば、幾種類もの有用鉱物粒子を段階的に選別していくこともできます。これは比重選鉱の一種で重液選鉱と呼ばれています。

この重液選鉱の重液に磁性流体を利用することで、磁石に吸いつかない鉱物粒子も効率的に選別できるようになります。磁性流体とは磁石に吸いつくマグネタイト(磁鉄鉱)の微粒子を界面活性剤によって均一かつ安定に分散させたコロイド溶液です。磁石に吸着しようとするのはマグネタイトですが、見かけはコロイド溶液全体が磁石に吸い寄せられて移動します。

移動するのは磁性流体有用鉱物粒子だけが残る

この磁性流体を利用した磁力選鉱の面白いところは、有用鉱物粒子を磁石で吸いつけるのではなく、それを含む重液のほうを吸いつけるところです。これは次のようなプロセスで行われます。まず磁性流体をある比重に設定することで、不要な鉱物粒子を分離します。ここにおいて有用な鉱物粒子は磁性流体の中に混在しています。この磁性流体に磁力を作用させると、磁性流体だけが磁石のほうにゆっくりと移動します。こうして磁石に吸いつかない有用な鉱物粒子だけが置いてきぼりを食って残されるというわけです。

燃えるゴミと燃えないゴミとを分別しないで、いっしょに出してかまわないという地域があります。理由を知らない人は、ずいぶん乱暴なゴミ回収システムと誤解したりしますが、これはゴミ処理場において、重液選鉱と同様の原理による分別が行われているからです。集められたゴミを粉砕してから、適当な比重の重液に混ぜると、その比重差によって金属、プラスチック、紙などを分離できるのです。

安価な磁性流体が開発されるようになれば、資源の有効活用ももっときめ細かく、効率的に行われるようになるでしょう。自然界の物質は消滅することがないのですから、ゴミの山は見方を変えれば宝の山です。そして、固定した物の見方を変えるというのが、忍法の極意でもあるのです。

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