じしゃく忍法帳
第17回「コピー機と磁石」の巻
ロール磁石と磁性粉の二人三脚
イオウ球を使った初の摩擦起電器
伝統的な和紙の一種に、鳥の子紙(とりのこがみ)があります。ガンピ(雁皮)という低木の樹皮からとれる繊維を原料としたもので、昔は屏風(びょうぶ)や襖(ふすま)を張るのに使われました。鳥の子という変わった名前がついているのは、この和紙は卵黄のような淡黄色であることに由来するといわれます。鳥の卵=鳥の子というわけです。
忍者が使った火薬玉が鳥の子と呼ばれたのも、火薬を包むのに丈夫な鳥の子紙が使われたからでしょう。忍者の火薬玉は今日の花火のようなもので、それほど大きな殺傷力があったとは思われませんが、爆発させて敵をたじろがせるには十分な効果があったようです。
火薬は中国の発明品です。イオウと木炭と硝石(硝酸カリウム)を混合したもので、現在では黒色火薬と呼ばれる種類のものです。この火薬がヨーロッパに知られるようになったのは、13世紀にモンゴル軍がヨーロッパ遠征したとき、ロケット花火のような火器を用いてからのことといわれます。調合を知ってしまえば、火薬の製造はそれほど難しいものではなく、またたくまにヨーロッパでも使われるようになりました。火薬の3つの成分のうち、硝石の入手は少々困難でしたが、木炭はもちろんイオウもごくありふれた物質だったからです。
イオウは人類が最初に手にした単体(化合物ではない純粋な元素)の1つといわれます。古代から中世の錬金術においては、水銀とともにイオウは万物の根源物質とみなされていました。
近代科学における摩擦電気(静電気)の研究にも、まずこのイオウが使われました。17世紀半ば、ドイツのゲーリケが考案した最初の摩擦起電器は、イオウの球を回転させて摩擦電気を起こすという装置でした。
帯電現象と光伝導がゼログラフィの原理
ゼログラフィあるいは静電写真とも呼ばれるコピー機の原理は、1938年にアメリカの弁理士カールソンが考案したものですが、ここにも摩擦によるイオウの帯電現象が利用されました。
文書をいちいちペンで転記するという単調作業を何とか機械化できないかと思ったカールソンは、摩擦電気すなわち静電気がチリを吸い寄せる現象に着目しました。もし写真を乾板に焼き付けるように、文書の文字・画像のパターンを静電気で帯電させられれば、そこに着色粒子を吸いつけることで文書がそっくり転写できると考えたのです。
問題はいかに文字・画像のパターンだけを帯電させるか(つまり静電潜像をつくるか)にありました。そこで彼が閃いたのはゲーリケの摩擦起電器にも使われたイオウを帯電させ、そこに光を当てて電気伝導率を変えるというアイデアでした。
彼はまず溶かしたイオウを塗布した亜鉛板を用意しました。この亜鉛板を摩擦すると電気分極が起きてイオウ層の表面が一様に帯電します。そこに原稿の反射光を当てると、光が当たった部分の帯電はアースされて消失し、文字・画像の静電潜像が残ることが分かったのです。これは帯電した絶縁体に光を当てると、電気伝導率が増加して電荷が移動する光伝導と呼ばれる物理現象です。
静電潜像に着色粒子すなわちトナーが吸いつくのは、プラスとマイナスの電荷間にクーロン力が作用するからです。こうして静電潜像どおりにトナーが吸いついたところに、熱した紙を圧着させて定着させると文字・画像のパターンが転写されます。
トナーを携えたキャリアがマグネトロールに吸着する
カールソンが取得したゼログラフィの特許は、のちにゼロックス社に買い取られ、改良が加えられて1950年に商品化されました。ゼログラフィを原理とするコピー機というのは、製版機と印刷機を兼ね備えたような装置です。その後、イオウにかわり非晶質セレンや酸化亜鉛などが感光ドラムに使われるようになり、帯電方式も摩擦ではなく高電圧によるコロナ放電の利用にかわりました。これによって、小さな文字や細い線、写真の網点なども感光ドラムに精密に製版できるようになりました。
この製版サイドの技術進歩に伴い、印刷サイドに要求されるようになったのは、感光ドラムへのトナー吸着性の向上です。トナーは合成樹脂の粉末インクであり、通常のインクのように粘着力はありません。これは乾式コピーの宿命のようなものです。現在、普通紙対応の乾式コピー機として、さまざまなタイプが開発されていますが、最も一般的なのは2成分方式と呼ばれるものです。トナーが感光ドラムにうまく吸着されないことには、コピーむらが発生してしまいます。そこで、これを避けるために、トナーの運び役としてキャリアと呼ばれる磁性粒子を混ぜて2成分としたものです。2成分方式のコピー機においては、マグネトロールというロール状の磁石が使われます。磁性粒子であるキャリアは、トナーを携えながらマグネトロールに磁気的に吸着するのです。
合成ゴムと一体化したフェライト磁石を多極着磁
キャリアには、いくつもの重要な役割があります。まずトナーをよく分散させることと、現像に十分な電荷をトナーに発生させること。そして、トナーを携えてマグネトロールに磁気的に吸着したあとは、キャリアの最後の大仕事が待っています。
マグネトロール上のキャリアは、感光ドラムに向けたトナーの発射台のような役割をします。トナーを飛び立たせるのは、トナーと感光ドラムとの間の静電力ですから、この間、トナーの帯電はしっかり保持されねばなりません。
鉄粉系の磁性体をキャリアに用いると、磁石であるマグネトロールへの吸着はよくなりますが、導電性が高いのでトナーの帯電をアースしてしまうことになります。そこで鉄粉に樹脂コーティングするなどの対策もとられますが、摩擦によって樹脂コーティングが破損したりするとコピー品質は著しく落ちてしまいます。こうした問題を解決してくれるのがフェライト材を用いたフェライトキャリアです。酸化鉄を主成分とする磁性フェライトは、磁石に吸いつく性質をもちながら電気抵抗が高く、トナーの帯電をアースすることなく保持するからです。つまり帯電したトナー粒子は、いわばフェライトキャリアにおんぶにだっこの状態で大切にマグネトロールまで運ばれ、感光ドラムへと次々と飛び立っていくのです。
このようにマグネトロールは、フェライトキャリアにとっては磁石であり、トナーにとってはインクローラのような役目をしています。感光ドラムと密着回転するロール状のものが必要になるので、マグネトロールにはフェライトラバーマグネットという特殊な磁石が使われます。これは微粒子状のフェライト磁石と合成ゴムを一体化させたもので、N極・S極が交互に並んだ多極構造になっているのは、トナーを携えたフェライトキャリアを、まんべんなく吸着させるためです。
ゼログラフィの原理は静電気を利用したものですが、そのコピー品質の向上に大きく貢献しているのは、マグネトロールとフェライトキャリアの磁気的な二人三脚なのです。
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