じしゃく忍法帳

第16回「自動車のABSと磁石」の巻

ABSの原理は空転する歯車と磁石にあり

危険なタイヤロックは急ブレーキが原因

滑りやすい道を歩くとき、あるいは早走りが必要なとき、忍者はワラジの下に滑り止めの鉄の爪を巻きました。アルピニストが氷雪の斜面を登るときアイゼンをつけたり、陸上選手や野球選手がスパイクシューズをはくようなものです。

雪道を走る自動車もタイヤにチェーンを巻きますが、チェーン脱着が苦手というドライバーは多く、以前はゴムタイヤに鋲を打ち込んだスパイクタイヤが重宝がられました。しかし、スパイクタイヤは舗装道路を摩耗させて粉塵を巻き上げ、いわゆるスパイクタイヤ公害を起こすため、法律によって使用が規制されてしまいました。そこでスタッドレスタイヤが使われるようになりましたが、凍結してツルツルとなった路面などでは、いかなるタイヤでも絶対安全とはいえません。

走行する自動車はタイヤと路面との摩擦によって停止します。しかし、急ブレーキによってタイヤの回転が完全に止まり、いわゆるタイヤがロックした状態になると、自動車は横すべりやスピンを起こします。路面とタイヤとの間で適度の摩擦がなければ、自動車は停止することもできなければ、発進することもできないのです。

冬季でなくても危険なのは、雨で路面が濡れているときです。路面とタイヤの間に薄い水の層ができてスリップしやすくなるので、カーブでハンドルを切りすぎると、曲がり切れずに道路から飛び出したり(アンダーステア)、逆にハンドルを切った方向にどんどん切れ込んで自動車がスピンしたりします(オーバーステア)。

とりわけ、高速走行中に急ブレーキを踏むと、こうした事故が起こりやすくなります。これは急ブレーキを踏むとタイヤがロック状態となってハンドルが利かなくなってしまうからです。そこで最近の自動車では、危険なタイヤロックを防ぐABS(アンチロック・ブレーキ・システム)が搭載されるようになりました。

ポンピングブレーキを自動的にこなすので安全

従来の自動車では急ブレーキをかけてタイヤがロック状態になると、ハンドルは右にきろうが左にきろうが、まったくいうことをきかなくなってしまいます。時速100kmで走っている自動車では、急ブレーキをかけてから停止するまでの制動距離は約50mもあります。この間、自動車は人を乗せたまま路面を滑るだけの物体となってしまうのです。

しかし、ABS搭載の自動車では、ロック状態寸前でブレーキが解除されるのでハンドルの自由が保てます。このため、冷静沈着にハンドル操作をすれば、横滑りやスピンなど起こさずに停止することができます。

タイヤロックによる事故を回避するため、車輪の回転を見張っているのはABSのホイールセンサという回転センサです。滑りやすい路面でドライバーが目一杯ブレーキを踏むと、当然ながら車輪の回転数が急激に下がりますが、これをホイールセンサが感知して、自動車のコントロールユニットに内蔵されているコンピュータに電気信号として送ります。コンピュータはその信号を判断して、すぐにブレーキの油圧を下げる指令を出すので、ロック状態寸前のところで車輪が再び回転しはじめるのです。

自動車教習所で運転を習うとき、急ブレーキをかけるときは、いっきに踏み込まず、数度に踏み分けるポンピングブレーキというのを教えてもらいます。簡単にいうとABSとは、スリップが起きそうなときにもタイヤをロックさせず、自動的にポンピングブレーキをこなしてくれる頼もしい電子装置なのです。

ABSのホイールセンサの原理

ホイールセンサを構成するギアパルサーの役割

ABSのホイールセンサは、図のように車輪といっしょに回転するギアパルサー、高透磁率の磁心とコイル、そして永久磁石で構成されています。

コイルに向かって永久磁石を近づけたり離したりすると、磁束の変化によってコイルには電流が流れます。これが有名なファラデーの電磁誘導の法則です。ホイールセンサはこの電磁誘導を利用したものですが、コイルも永久磁石も固定されたままです。コイルも磁石も動かないのに、電流が生まれるのはなぜでしょう? 実はホイールセンサにおいて、車輪の回転数の変化に応じた磁束変化をもたらしているのは、車輪といっしょに回転するギアパルサーの歯車なのです。ただ、通常の歯車は互いにかみ合って動力を伝えますが、ギアパルサーにはかみ合う相手がありません。ギアパルサーは車輪の回転数の変化を、磁界の変化として非接触でコイルに伝えているのです。

その原理を簡単に説明しましょう。ギアパルサーは強磁性材料でつくられているので、ギアパルサーの歯車の山の部分が、コイルの磁心に近づいたときは、永久磁石からの磁力線が通りやすくなり、逆に歯車の谷の部分が磁心に近づいたときは、磁力線が通りにくくなります。したがって、ギアパルサーの回転とともに磁界が変化して、コイルには交流電流が流れることになります。急ブレーキをかけたときなどは、交流電流の周波数は急激に下がるので、これをコンピュータが危険信号と判断して、タイヤがロック状態になるのを瞬間的に避けるのです。

希土類磁石のハイパワーをギアパルサーが引き出す

ところで、ABSのホイールセンサには、小型・軽量化とともに高い信頼性が要求されます。そこで永久磁石には、小さくとも高い磁気エネルギーをもつサマリウム・コバルト磁石などの希土類磁石が使われます。もっとも、強力磁石だけではABSは実現しません。高透磁率の磁心材料、強磁性材料のギアパルサー、そしてコンピュータとの瞬間的な連携プレーあればこそです。

自動車の運転もまた、ドライバーの手足や目、頭脳の連携プレーによって維持されるものです。しかし、どんなに運転に熟達しても、人間は極限状態においてパニックに陥るものです。高速走行時の急ブレーキが危険であることは知っていても、タイヤロック寸前でブレーキの踏みかげんを足でこまめに操作することなどできないことは、プロのドライバーも認めています。ドライバーの命を守るのに、ABSはエアバッグよりもはるかに有効といわれるのもうなづけます。

しかし、CMなどでさかんに宣伝されているわりには、ABSの原理と機能は今ひとつ一般的には理解されていないようです。

誤解してはならないのは、ABSが搭載されているからといって、制動距離が縮まるわけではないということです。また、ABS搭載の自動車で急ブレーキを踏むと、ブレーキペダルにガッガッガッというキックバックが発生します。これはタイヤロック寸前でブレーキ解除が繰り返されるからです。これに、驚いてブレーキペダルから足を外してはABSの意味がありません。キックバックが発生しても、そのままブレーキを踏み続けて、落ち着いてハンドル操作をするというのが、ABSとの正しいつき合い方なのです。しかし、言うまでもありませんが、急ブレーキが必要な状況を自ら生み出さないことこそ安全運転の第一の秘訣です。

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