じしゃく忍法帳

第15回「人体を磁石で診る」の巻

コンピュータと強力磁石の共演

コンピュータあってこそ可能なCTスキャン

「1人忍びによきことなし」と忍術書が説いているように、忍者は2〜3人がいっしょに行動することが多かったようです。2人ならば高い塀でも、肩グルマで簡単に乗り越えられますし、3人いれば1人が任務を遂行している間、他の1人が敵の気をそらし、もう1人が逃げ道を確保するといったこともできます。また、忍者は同じ服装をしているので、分身の術でも使ったかのように、相手方を錯覚させることも容易です。

俗に「お化けエントツ」と呼ばれるものも単純な錯覚によるものです。お化けエントツとは、遠くに見えるエントツの数が、なぜか増えたり減ったりするエントツのことです。といっても怪奇現象のたぐいではなく、たとえば4本のエントツが、平行四辺形の4つの頂点に位置するように立てられたとき、見る角度によって重なりあって、2本に見えたり3本に見えたりするだけの話です。しかし、それと知らずに、いつもと違う場所から眺めたとき、エントツが急に出没したように見えてギクリとするわけです。

人体の断層像を得るX線CTという装置があります。交通事故などにあったとき、外傷はなくても、「念のためCTスキャンしてみましょう」といわれるのは、このX線CTのことです。人体を輪切りにするわけでもないのに、断層像が得られるのはなぜでしょう? X線CTの原理は、ごく簡単にいえばお化けエントツと似たものです。

人体をぐるりと一周するようにX線を照射すると、内臓や骨の位置によって、透過するX線は濃淡のパターンとなって現れます。この情報をコンピュータで処理して、再構成すると断層画像が得られるのです。お化けエントツの平面配列を頭の中で推理するように、コンピュータは得意の情報処理によって、断層像を画像化するのです。

磁気共鳴を利用した安全な診断装置MRI

CTとはコンピュータ・トモグラフィ(コンピュータ断層撮影法)の略語です。X線CTは1970年代初めに開発されて以来、生体に傷をつけない無侵入の生体検索方法として広く利用されるようになりました。

しかし、生体を傷つけないとはいっても、X線を使用するので放射線障害の危険性はあります。とくに妊婦に対して、細心の注意が必要なのは、通常のX線検査と同様です。

このX線CTの開発からほどなく、放射線障害の心配のない新たな断層撮影装置として登場したのが「MRI(磁気共鳴断層撮影装置)」です。当初はNMR−CT(核磁気共鳴映像法)と呼ばれましたが、核磁気共鳴の「核」という言葉が、核反応や核燃料を連想させるので、近年はMRIと呼ばれるようになりました。もちろん、ウランやプルトニウムなどの放射性物質の核分裂反応とは無関係の安全な診断装置です。

MRIもコンピュータ・トモグラフィの一種ですが、X線CTとはちょっと原理が異なります。

あらゆる原子は原子核とその周囲を回る電子から構成されます。 太陽系でたとえるなら、太陽にあたるのが原子核、惑星にあたるのが電子です。この原子核は陽子と中性子からなりますが、陽子と中性子は原子核内で自転しているので、ある原子においては、ちょうど原子核は小さな磁石としての性質をもつようになります。これは核磁気モーメントと呼ばれます。

核磁気モーメントをもつ原子に外部から強い磁場をかけると、核磁気モーメントのエネルギー状態はいくつかに分かれます。この状態において、ある周波数の電磁波(あるいは振動磁場)を加えると、そのエネルギーが吸収されて、低いほうのエネルギー状態が高いほうへと励起します。これが核磁気共鳴と呼ばれる現象です。

核磁気モーメントを回転するコマにたとえると、外部からのエネルギーを得て、シャキッと起き上がるような状態となるのが核磁気共鳴です。しかし、この状態は長く続かず、やがてエネルギーを放出して元の状態に戻ります。このときエネルギーは微弱な電磁波として放出されますが、元に戻るまでの時間(緩和時間)は組織やその状態によって異なるので、その情報をコンピュータによって画像化するのがMRIです。

MRI原理図

MRIは人体深部のガンの発見にも活躍

MRIが主なターゲットとするのは、陽子1個からなる水素原子(H)の原子核です。これは人体の大半は水(H2O)によって占められるからです。興味深いことに、ある種のガンの病巣などは、周囲の健全な組織よりもジュクジュクと水っぽくなっています。そこで、MRIによって人体の水分子のようすを調べることにより、検査が難しい内臓ガンの発見にも有効といわれます。

また、X線撮影では骨がじゃまになりますが、磁力線のほうはおかまいなしに骨を透過するので、MRIのほうが、人体深部のようすまで探ることができます。複雑な骨に覆われていて、これまでのぞくことのできなかった脳幹のようすも、MRIによってかなり詳しく把握できるようになりました。

MRIの特徴は人体の横断面ばかりでなく、縦断面の画像も得られることです。これは静磁場のほかに傾斜磁場(あるいは勾配磁場)という非一様な磁場をかけ、信号が人体のどの位置から出たかが分かるように工夫しているからです。

ところで、原子核に磁気共鳴を起こさせるには、きわめて強力な磁場が必要です。このため、MRIが開発された当初は、もっぱら超電導磁石が利用されました。

ある種の物質を絶対零度(−273℃)近くにまで冷却すると、電気抵抗を突如として失って、電流がエネルギー損失なしに永久に流れるようになります。これが超電導と呼ばれる現象です。コイルに電流を流すとアンペールの法則に従って電磁石となりますが、この超電導現象を利用すると、エネルギー損失がないため、きわめて強力な磁場が得られます。

ネオジム磁石により冷却装置も不要に

しかし、超電導磁石の泣きどころは、コイルを絶対零度近くまでの極低温に保つため、液体ヘリウムを使った特殊な冷却装置が必要となることです。このため、高価なうえに保守・管理も容易でなく、初期のMRIはごくかぎられた病院や研究機関にしか導入されませんでした。

しかし、近年は移動検診車にも乗せられるようなコンパクトなMRIも登場しています。これは1980年代になって、強力なネオジム磁石(ネオジム・鉄・ボロン磁石=NEOREC磁石)が開発され、液体ヘリウムによる冷却装置が必要なくなったためです。

永久磁石の示す強磁性は、ミクロの原子磁石の磁性(主に電子のスピン磁気モーメント)が、その打ち消し合いをまぬがれて、マクロ領域にまで出現したものです。したがって、すぐれた永久磁石をつくるには、結晶構造上の原子の配置が問題になってきます。

初の希土類磁石が登場したころ、希土類元素ネオジムと強磁性元素である鉄の組み合わせは、原子間距離が小さすぎるので磁石にはならないといわれていました。しかし、原子半径の小さなボロンを添加することにより、絶妙の原子間距離をもたせられることが分かり、世界最強のネオジム・鉄・ボロン磁石が誕生したのです。

ネオジム・鉄・ボロン磁石をまさる強力磁石は、しばらくは実現しないだろうといわれています。ザックのパッキングの上手下手で登山経験が分かるそうですが、ネオジム・鉄・ボロン磁石の結晶構造というのは、考えるかぎりの原子の最適パッキングとなっているからです。

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