じしゃく忍法帳

第14回「希土類磁石の不思議」の巻

20世紀後半の磁石革命

中国古代文明とともに忍法は創始された

忍法は大陸伝来のもので、中国においては古代伝説中の五帝のうち、最初の聖君として知られる黄帝(こうてい)が創始したといわれています。黄帝は姓は公孫、名を軒轅といいました。日本において忍者が軒轅(のきざる)と呼ばれたりしたのは、これに由来します。

黄帝は4000年以上も前にさかのぼる中国古代文明の始祖ともいわれる帝王です。「黄河を治める者は天下を治める」という言葉があります。ひんぱんに氾濫を繰り返す黄河が肥沃な土壌を運ぶからこそ、黄河流域に農業が発達して文明が生まれました。中国古代の忍法とは、天地自然の理を洞察して、その調和と応用を工夫する当時の自然科学であり、農業土木のようなテクノロジーでもあったのでしょう。おそらく黄帝は、旧約聖書のモーゼのごとく、人民のために超人的な働きぶりを示したにちがいありません。これは日本の弘法大師(空海)がすぐれた土木技術者でもあったことに通じるものです。

しかし、中国における忍法は、時代が下るにつれ実用面から離れて、さまざまな方向に枝分かれしていきました。陰陽思想を中心に天文気象や人事を論ずる暦家や占家、それを戦術に応用した兵家、医療に応用した本草家(医家)などです。一方、インド経由のヨーガや占星術、錬金術なども取り入れ、修行とテクノロジーで永遠の命を得ようとする神仙術も、前3世紀ごろの戦国時代に流行してきました。

中国の錬金術は練丹術といいます。丹とは水銀のことです。水銀は金や銀と融合してアマルガムとなり、このアマルガムを火に投じると、水銀が蒸発して、金や銀が出現します。水銀には他の金属にはみられない特殊な性質があり、洋の東西を問わず、神秘的な力が秘められていると人々から信じられてきました。多くの神仙術の方士たちが、羽化登仙(うかとうせん)を目指し、水銀から不老長寿の妙薬をつくろうと実験にいそしんだことが史書にも記されています。

磁石の科学のルーツは錬金術や忍法にあり

日本の忍法にも中国の神仙術の影響がみられます。しかし、その時代の哲学思想や科学技術をオールラウンドに習得して、それをあくまで実践に応用するために工夫するのが本来の忍法です。忍法が机上の空論、オカルト科学と一線を画すのは、現在でいう応用科学・応用技術であったからです。

その意味で、磁石の科学技術もまた、磁性という不思議な物性と取り組み、その応用を工夫してきた忍法といえないこともありません。そして、人類の“じしゃく忍法帳”に特筆すべき一大成果は、20世紀後半になって開発されたREC磁石(希土類コバルト磁石)とNEOREC磁石(ネオジム・鉄・ボロン磁石)です。

古代の人類はたった9種の元素しか知りませんでした。炭素、硫黄、鉄、スズ、鉛、銅、水銀、金、銀です。17世紀になってもなお、これらの元素に、ヒ素、アンチモン、ビスマス、亜鉛が加えられただけです。しかし、18世紀から19世紀にかけて、それまで未知であった元素が、次々と発見されるようになりました。これは工業技術や実験装置の発達によるものです。

18世紀の末、スウェーデン産の鉱物中から、ようやく分離に成功したのが希土類元素です。希土類元素というのは、原子番号57番のランタンから71番のルテチウムまでの15元素(これをランタノイドという)に、原子番号21番と39番のスカンジウムとイットリウムを加えた17元素の総称です。

希土類という名は、これらの元素が、まれにしか産しない鉱物中の金属酸化物として存在することに由来します。英語ではレアアース(rare earth)といいますが、地球上で必ずしも希少な元素というわけではありません。これは希土類元素の融点が高く、酸化物の状態から還元して金属単体に分離するのが難しかったからです。17種の希土類元素をすべて確認するために、実に150年もの歳月を要しました。

周期表における希土類元素

希土類磁石の製造工程

希土類元素による20世紀の磁石革命

これまで、あまりなじみのなかった希土類という言葉が、20年ほど前から、しだいに一般に知られるようになったのは、希土類磁石が身近なさまざまな製品にも使われるようになったからです。現代ハイテクが生んだ希土類磁石と、日常的に最もなじみが深いのはお年寄りかもしれません。絆創膏で貼り付けるタイプの磁気治療器が登場したのも、小粒でも強力な磁気エネルギーをもつ希土類磁石あればこそです。

従来、磁石のような強磁性に関わるのは、鉄、コバルト、ニッケルという鉄族の元素というのが常識でした。しかし、1960年ころから、磁性の上では未知の領域であった希土類元素の磁性についての研究が始められるようになりました。

希土類元素サマリウムとコバルトの金属間化合物による初の希土類磁石は、1967年、アメリカにおいて発明され、ほどなくこの磁石は、それまでの合金磁石やフェライト磁石を上回る磁気特性をもつことも確認されました。このサマリウム・コバルト磁石の特性向上において貢献したのは日本の技術者で、1975年には、2-17系(サマリウムとコバルトの比が2対17であることによる)と呼ばれる強力なサマリウム・コバルト磁石が開発されました。

しかし、登場したときは世界最強、究極の磁石といわれたサマリウム・コバルト磁石も、1980年代になると、その王座を新たな希土類磁石に明け渡すことになります。というのも、希土類ネオジムを成分とするネオジム・鉄・ボロン磁石が、日本とアメリカでほぼ同時期に開発され、磁石の記録がまたまた大きく塗り替えられてしまったからです。

適材適所こそ磁石応用の極意

各種磁石の磁気特性    


現在、実用される磁石は、合金磁石であるアルニコ磁石、フェライト磁石、サマリウム・コバルト磁石、ネオジム・鉄・ボロン磁石の4種類に大別されます。図に示したのはそれらの磁石の磁気特性です。横軸である保磁力と、縦軸である残留磁束密度の双方ともに大きいことが、すぐれた永久磁石の条件です。希土類磁石がいかに画期的な磁石であるかが、この図からも理解できます。

希土類磁石は、同じ体積の合金磁石やフェライト磁石と比べて、その磁気エネルギーははるかに大きいのが特徴です。つまり、小さくても同じ磁気エネルギーを発揮できるので、いわゆる“軽薄短小”の時代の波に乗って、さまざまなエレクトロニクス機器の小型・軽量化を推進することにもなりました。

エレクトロニクス社会の根底を支える製品の1つが磁石です。しかし、磁気特性だけで実用面での磁石のよしあしが決まるわけではありません。原料供給の安定性、製造コストも考慮に入れなければならないからです。たとえば、サマリウム・コバルト磁石は、希少金属であるコバルトを必要とするのが短所ですが、ネオジム・鉄・ボロン磁石と比べて、酸化されにくいという長所をもっています。磁気エネルギーにおいては希土類磁石にかなわなくても、原料供給の安定性やコスト面から断然有利なフェライト磁石は、使用量において世界の主流の座を保ち続けています。

適材適所の使い分けこそ、磁石の応用という忍法の極意です。

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