じしゃく忍法帳

第12回「磁石のピストン・RECポンプ」の巻

液体をくみ出す磁石のピストン

中国向けの輸出品として大量生産された日本刀

昔の忍者が背に帯びた忍者刀は、ソリのない短めの直刀でした。長い刀では狭い床下・屋根裏に侵入するのに不便だからです。また、サヤの先端はとがっていて、地面や塀などに突き刺して、足場を確保するのにも利用されました。いわば登山用具のピッケルのような使い方が多かったので、通常の日本刀とちがって、ソリのない真っすぐな刀が使われたようです。

室町時代(14世紀末〜16世紀末)は、日本刀が各地で大量生産された時代といわれます。15世紀の応仁の乱以後、戦国時代に突入したこともありますが、この時代は中国との貿易(対明貿易)がさかんになり、日本刀が主要な輸出品として生産されるようになったからです。製鉄技術においては先輩格の中国も、日本刀の切れ味のよさと美しさは真似できなかったようで、すぐれた工芸品として高値で取引されたのです。

この時代に日本刀が大量生産できるようになった技術的な背景として、「箱フイゴ」と呼ばれる独特のフイゴが使用されるようになったことも見逃せません。フイゴは金属製錬において、燃料に空気を送るために欠かせない装置です。大昔は動物を丸はぎにした革袋に空気をためて送風していたといわれ、ヨーロッパではアコーディオンのような蛇腹式のフイゴも考案されました。ただ、この方式のフイゴでは、連続的に送風することができません。

そこで、中国では弁を用いることによって、ピストンを往復しながら、連続的に送風できるフイゴが発明されました。この弁を用いた連続送風式フイゴが、日本に渡来して独特の改良が加えられたのが箱フイゴです。

液体ポンプの流量制御は現代でもきわめて困難

連続的に空気を送るという箱フイゴは、モータもなかった時代においては画期的な工夫でした。しかし、空気や水などの流体を、微妙に流量調節しながら、連続的に送り続けるということは、モータのある現在でもたやすいことではありません。なるほど、送風や水汲みなどには、力持ちのモータが活躍しています。しかし、微量の試薬や洗浄水などの搬送をひんぱんに繰り返す理化学機器・医療機器などにおいては、すぐれた吐出能力ときめこまかな制御性が要求されるからです。

こうした小型液体ポンプの駆動源として利用されるのは各種アクチュエータです。アクチュエータとは、電気・磁気エネルギーを機械エネルギーに変換する装置のことで、そのうちピストン運動のような直動を行うものをリニアアクチュエータといいます。

液体を搬送する小型ポンプにはリニアアクチュエータが向いていますが、その方式には各種あり、それぞれ一長一短の特徴をもっています。 たとえば、モータとカムを使って、回転運動から直動を起こす方式は、しくみは簡単でも振動が大きく、また電磁石の吸着力とバネを使った電磁ソレノイド方式では、長ストロークや高速の往復運動が苦手という短所があります。

磁石のつくる磁界の中にコイルを置き、コイルに電流を流したとき発生する力で往復運動を起こすコイル可動型のリニアモータは、制御性にすぐれてはいるものの、コイル可動型であるため給電用の電線までいっしょに動かさなければならないという問題が避けられません。

RECポンプ駆動部(RECプランジャ)の基本構造

希土類磁石を利用したシンプルな駆動方式

小型液体ポンプについてのこうした問題を克服するとともに、応答性や制御性にもすぐれた小型液体ポンプとして開発されたのが、TDKの液体用マイクロポンプ「RECポンプ」です。RECというのは、高い磁気エネルギーをもつ希土類(REC)磁石を利用していることからの命名です。

このRECポンプはコイルではなく磁石を動かすという逆転の発想によって生まれた新製品です。RECポンプの可動磁石体の往復動作の原理を簡単にご紹介しましょう。

図のように、同極を向かい合わせにした2つの希土類磁石からは、矢印方向に磁界が発生します。この磁界に対応するように、磁石の回りに3連のコイルを配置し、隣り合うコイルに逆向きの電流を流すと、フレミングの左手の法則によってコイルが力を受け、その反作用として磁石に推力が発生します。このとき、コイルに流す電流を逆にすると、反対方向の推力となりますから、交流電流を流すことにより連続的な往復運動が実現します。

往復運動する可動磁石体を利用した液体ポンプとしてのしくみは次のとおりです。シリンダ室に収められた磁石可動体には、中心にパイプ状の流路が設けられていて、往復運動するたびに内部に流体が通過します。ところが、流路の上には可動体弁、流路の下のシリンダ下部には固定体弁が設けられているので、磁石可動体が下降するときは、液体が流路を通り(可動体弁が開き、固定体弁が閉じる)、磁石可動体が上昇するときは、液体の汲み上げと吐出が同時に行われます(可動体弁が閉じ、固定体弁が開く)。こうして磁石可動体の往復運動に伴って、液体の連続的な汲み上げ・吐出が繰り返されるわけです。

RECプランジャ内蔵のRECポンプのしくみ

リニアアクチュエータの使い勝手がいっきょに向上

磁石可動体がピストンかつ流路を兼ねるというシンプルかつコンパクトな構造は、何といっても高い磁気エネルギーをもつ希土類磁石の威力によるものです。そして、この希土類磁石を同極対向にして、3連のコイルで取り巻くというユニークなアイデアによって、流す電流に比例した応答性にすぐれたストロークをもつ小型液体ポンプが実現されました。 小型ながら自吸能力は約1mもあるので、ポンプの配置など機器設計の自由度の向上にも貢献するとともに、従来方式の液体ポンプの弱点とされていた小型化も、あわせて達成しています。

ところで、RECポンプは、磁石可動体の往復運動を機械エネルギーとして利用するRECプランジャを応用して開発されたものです。RECプランジャはリニアアクチュエータの常識を一変させた製品です。従来、技術者の間ではリニアアクチュエータは使いこなすのが難しいといわれてきましたが、小型・高速・高推力そして汎用性にすぐれたRECプランジャは、その応用の可能性を一挙に広げたからです。医療機器や分析機器のみならず、VTRカメラやスチルカメラのレンズアクチュエータやシャッターロック機構、マイクロロボットの取り出し装置、圧力制御装置、小型バイブレータなど、これまでリニアアクチュエータの利用が困難だった領域にも、RECプランジャの活躍が期待されています。

ここまで読み進んでいただいた工作好きの読者の中には、RECプランジャやRECポンプの面白い用途を早速、思いついた方もおられるでしょう。シンプルでコンパクト、使い勝手にすぐれた特徴を生かして、今後、家庭用品や子供のおもちゃなどにも、さかんに使われるようになるにちがいありません。

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