じしゃく忍法帳

第11回「電磁ブレーキ」の巻

磁気摩擦は魔術にあらず

磁石による遠隔通信を 構想した17世紀の魔術家

敵に追いつめられた忍者が、術を使って姿を消すとき、両手の指を組み合わせ、特異な形を表現します。このしぐさは「印(いん)を結ぶ」とか「結印(けついん)」と呼ばれます。仏像の手や指の組み方を「印相(いんそう)」というように、忍者が結ぶ印は、もともと仏教に由来するものです。

また、忍者が何やら呪文を唱えながら、指で空中に、縦に四本、横に五本の線を描くしぐさを忍術映画などで見たことがあるかもしれません。この「九字(くじ)を切る」術というのも、真言密教の経典に載っている護身法です。

忍術のルーツは定かではありませんが、中国渡来の神仙(しんせん)思想に、山岳信仰の修験道(しゅげんどう)や真言密教などの秘法がミックスして誕生したといわれます。ところが、護身法としての忍術が、人をたぶらかす目的で使われるようになると、マジモノ(魔術のこと)とか妖術と呼ばれるようになります。

17世紀ドイツのイエズス会士キルヒャーは、魔術や占星術にも多大な関心を寄せた今日でいうオカルト科学者の元祖のような人物でした。幻灯機(スライド映写機)は彼の発明といわれますが、彼はこの魔術まがいの仕掛けで悪魔の姿を映し出して、人々を調伏(ちょうぶく)したといわれます。

キルヒャーはまた、磁石を利用した無線通信のようなものを構想しています。磁石を動かすと、近くに置かれた磁石もそれに応じて動きます。そこで、もっと強力な磁石をつくれば、遠く離れた磁石を動かすこともできるから、通信手段として利用できるだろうと考えたようです。

こんな荒唐無稽なアイデアが生まれたのは、当時、磁石の作用はテレパシーのような遠隔作用とみなされていたからです。19世紀のファラデーは、この遠隔作用の考え方を否定して「場」の概念を打ち立てました。それを継承・発展させて完成されたのが、19世紀電磁気学の金字塔であるマクスウェルの電磁理論です。

非接触の電磁ブレーキは機械の長寿命化にも貢献

回転する永久磁石に、別の永久磁石を近づけると、同極どうしの反発と異極どうしの牽引によって、やがて回転は止まってしまいます。見た目には非接触でも、磁気摩擦というブレーキが働くからです。この原理を応用し、永久磁石のかわりに電磁石を用いたのが電磁ブレーキです。

自動車や自転車に使われる通常の摩擦ブレーキは、運動エネルギーを摩擦面で熱エネルギーに変換させて運動体を制動します。

スピーカは音声の電気信号を振動板の震えに変えて、もとの音声を再生する一種のエネルギー変換器です。その仕組みは電流の流れる導線が、磁界中で力を受けるという有名な「フレミングの左手の法則」によって簡単に説明できます。

電磁ブレーキは非接触だからといって、エネルギーの変換がないわけではありません。たとえば、走行している電車が速度を緩めるとき、摩擦ブレーキによってエネルギーを熱として消費してしまうムダを避けるため、モータを発電機として作動させて電磁ブレーキをかけ、発生した電流はパンタグラフを通して送電所に戻しています。もともと、モータというのは、発電機に誤って電流を流したところ回転を始めたことにヒントを得て発明されたものです。運動エネルギーと電気エネルギーを媒介するのは電磁力であり、原理的にはモータも発電機もまったく同じものです。

電磁ブレーキは電車のみならず、各種機械装置にも利用されています。接触式のブレーキは構造は簡単ですが、摩擦による騒音の発生、接触部の摩耗損傷といった問題が避けられません。非接触の電磁ブレーキでは、この問題を解消できるうえ、機械装置の長寿命化にも貢献します。

透磁率の高い磁性体で磁気摩擦を生み出す

電磁ブレーキの中でも機械装置によく使われるのは、図に示すように励磁コイルによって、内部・外部のヨークに磁束を流すヒステリシスブレーキと呼ばれるタイプのものです。回転リングを非接触ではさむヨークに流れる磁束が、回転リングを貫くことにより、回転リングとヨークとの間に磁気摩擦が生まれ、ブレーキとして作動します。

この回転リングには透磁率の高い磁性体が使われます。透磁率とは磁束密度とそれに対応する磁場の比のことですが、簡単にいうと物質の磁束の通しやすさの尺度のことです。

たとえば、風車は風の向きに羽を向けて、風のエネルギーを回転エネルギーに変換します。これは風と羽との摩擦力をうまく利用したエネルギー変換の例です。それと同様に、磁束を通しやすいほど磁気摩擦の効果が大きいので、回転リングには高透磁率の材料が使われるのです。

透磁率の高い磁性体が磁気摩擦を起こすのは、外部磁界によって一時的に磁石としての性質をもつようになるからです。透磁率が低い銅やアルミニウムなどで回転リングを作っても、磁界に対してはいわば「馬耳東風」で、磁気摩擦を引き起こすことができません。

電磁ブレーキの中でも、とくにヒステリシスブレーキがすぐれているのは、コイルに加える励磁電流によってブレーキ力を容易に調整することができる点にあります。これは磁気摩擦は回転リングの磁性体を貫く磁束に比例するからです。

しかも、ヒステリシスブレーキのブレーキ力は、回転リングの回転速度に関係なく、励磁電流の強さに応じてほぼ一定の力で作動するので、とても扱いやすいという特長があります。

ヒステリシスリング

(回転リング)の内部構想

広い意味での摩擦なくしていかなる運動も伝わらない

使用電力量を自動的に計算する積算電力量計も、磁気摩擦を利用した計測器です。電磁石にはさまれた金属円板が回転するのはモータと同じ原理によるものです。金属円板の回転速度は、使用電力に比例するので、電熱器や電子ジャー、エアコンなどをフル稼働しているときなどは、勢いよく回転しているのがガラス越しに観察できます。

金属円板には、電磁石のほかに永久磁石も、円板をはさむように設置されています。回転する金属円板は永久磁石の磁束を切ることになるので、円板には渦電流が発生して、逆方向の回転力がブレーキのように働きます。このため、正方向と逆方向の回転力が平衡して、使用電力量に応じた一定の回転速度を保つのです。

ところで、渦電流が流れる導体にはジュール熱を発生して、電磁エネルギーの一部が熱損失となります。積算電力計などでは微々たるものですが、高速・大型の回転体を制動する電磁ブレーキなどでは、かなりの発熱を伴うため、冷却装置も必要になります。

電磁ブレーキは非接触のブレーキとはいえ、物質的な媒介なしにエネルギーの伝達が行われているわけではありません。テレパシーや念力が存在するかどうかはともかく、広い意味での摩擦を考えることなしに、遠隔地の物を動かすことなど不可能です。

鉄を引き寄せたり、互いに牽引・反発する磁石の作用は、いくら物理理論で説明されても不思議なものです。しかし、いかに不思議とはいえ、磁石の作用を神秘的な遠隔作用と思い込むと、17世紀のキルヒャーのように、オカルティックな世界に迷い込むことになります。とかく人間の妄想だけは、なかなかブレーキがきかないもののようです。

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