じしゃく忍法帳

第9回「テレビのブラウン管」の巻

電子の発見をもたらした磁石

ブラウン管の中のオーロラ現象

相手方の動向をひそかに探るスパイ合戦は、戦時ともなればいちだんと活発になるのは、いつの世も同じこと。天下分け目の関ヶ原の合戦にも、多数のスパイが暗躍したといわれます。軍中に忍び込むスパイは、古くは游偵(ゆうてい)や間諜、あるいは忍びと呼ばれました。わが国で忍びすなわち忍者が登場する最古の文献は『日本書紀』です。

『日本書紀』によれば、推古10(602)年に、百済僧・観勒によって、忍法書の古典といわれる『遁甲方術書』がもたらされたとあります。聖徳太子はこの忍術書を愛読していたようで、のちに太子が妖術を操って姿をくらましたという伝説が生まれることにもなりました。実際、飛鳥から斑鳩(いかるが)の地に移り住んだ聖徳太子は、伊賀の志能便(しのび)を使って、飛鳥の動向を探ったと伝えられています。

ところで、このとき忍術書とともに暦本、天文地理書ももたらされたため、日本では7世紀のころから本格的な天文観測も行われ始めたようです。『日本書紀』に推古28(620)年「天に赤き気あり」とあるのは、オーロラの出現に関する記述といわれています。

オーロラは極光とも呼ばれ、多彩なカーテン状のものが有名ですが、中緯度地方でも薄ぼんやりとした赤い色で現れることがあります。1859年にはハワイでも観測されたぐらいですから、飛鳥地方で観測されても少しも不思議ではありません。

オーロラは太陽からやってくる荷電粒子が、地球の磁気圏にとらえられて加速し、大気上層の窒素原子や酸素原子と衝突することにより、それらをエネルギー的に励起させて発光させる現象です。面白いことに、このオーロラと似た現象が、テレビのブラウン管の中で起きています。

テレビの要素技術は19世紀に確立された

ブラウン管は陰極線管の1種で、その名は1897年、ドイツのブラウンによって発明されたことにちなむものです。このブラウン管の発明に貢献したのは真空技術です。ガラス管内部の空気を追い出して、真空に近い状態をつくるすぐれたポンプは、19世紀前半にドイツで発明されました。このガラス管の内部に電極を設けることを発案したのは、同じドイツの物理学者プリュッカーで、やがて彼は陰極と陽極の間に高電圧をかけると、電極周辺のガラス管が発光するのを発見しました。これは今日、真空放電と総称される現象です。

ところで、このプリュッカーはもう1つの重大な発見をしています。陰極から未知の放射線が出ているのではないかと考えた彼は、試しにガラス管に磁石を近づけたところ発光部分が移動することに気づいたのです。これは陰極から発する電子の軌道が、磁界によって曲げられたためですが、当時は陰極線とは電子の流れであることはもちろん、電子の存在さえ知られていませんでした。

この不可解な真空放電を熱心に研究したのはイギリスのクルックスです。彼は1887年に有名な実験を行って、この真空放電の謎をなかば明らかにしました。陰極と陽極の間に十字型の金属板を置いたところ、陽極の後ろに十字型の影がはっきりと映ったからです。陰極から放射線のようなものが直進していることは、十字型の影が拡大していることから分かります。いわば影絵のようなものをつくるこの放射線を、クルックスは陰極線と名づけました。

電子ビームの軌道をコイルの磁界が変える

クルックスの実験から10年を経た1897年、イギリスのJ・J・トムソンは、陰極線が磁界ばかりでなく電界の影響も受けることを確認し、さらに詳しく実験を繰り返した結果、この未知の放射線は負の電荷をもった粒子であることを突き止めました。これが粒子としての電子の発見のいきさつです。ブラウン管が考案されたのもちょうど同じ1897年でした。

テレビの受像管として用いられるブラウン管は、周知のようにじょうご型をした真空管で、細いネック部にある電子銃から、電子の流れである電子ビームが放射されます。しかし、電子ビームはそれだけでは直進するだけですから画像をつくれません。そこで、放射された電子ビームの軌道を変える役割を担うのが、ネック部に設けられた偏向コイルです。

偏向コイルは円錐型のヨークコアに巻かれたコイルの集まりです。電子ビームは電流と同じものですから、信号に応じてコイルから発生した磁界は、フレミングの左手の法則に従って、電子ビームの向きを変えることができます。テレビのブラウン管においては、垂直・水平の偏向コイルにより、それぞれ水平走査・垂直走査を行って画像を得ているのです。

電子ビームが磁界の影響を受けることは、テレビと磁石を使った簡単な実験で証明できます。馬蹄形磁石、棒磁石など、手近に磁石があれば、それをテレビ画面に近づけてみてください。磁極周辺の画像に色ムラが生じるのが観察されるはずです。これは電子ビームの軌道が磁石の磁界によって曲げられることによるものです。

消磁回路に利用されるPTCサーミスタ

ところで、地上の物体はすべて地磁気にさらされているため、テレビ画像もまた地磁気の影響を受けます。ブラウン管の蛍光面の背後に設けられているのはシャドーマスクと呼ばれる細かな穴が多数あいた金属板です。このシャドーマスクは電子ビームを蛍光面に正確に導くための出口になりますが、金属製なので地磁気によって着磁すると、電子ビームの軌道がずれて色ムラなどの原因となります。そこで、いつもクリアで美しい画像を得るため、テレビのブラウン管には消磁回路と呼ばれるものが組み込まれています。この消磁回路における重要部品がPTCサーミスタです。

PTCサーミスタは、温度上昇とともに、電気抵抗が大きくなるという特性をもつ半導体セラミックスです。ブラウン管の周囲に巻かれた消磁コイルに、このPTCサーミスタを直列に接続し、テレビのスイッチをオンするとき、消磁コイルにも交流100Vが加わるようにしておくと、瞬間的に大電流が流れて、シャドーマスクの着磁をきれいに消し去ります。電流が流れっぱなしでは困りますが、うまい具合に電流が流れるとPTCサーミスタの温度が上がって電気抵抗が増すため、わずか1秒間ほどの間に電流が徐々に減衰し、ゼロになります。

あまり一般的には知られていませんが、スイッチオンのたびにチョイ役で活躍するこのPTCサーミスタのおかげで、いつも鮮明で美しいテレビ画像が楽しめるのです。電子ビームの軌道を自在に変えるのは磁界の作用、また地磁気による画像への影響を、きれいに消去するのも磁界の作用です

電子が知られなかった時代は、オーロラも真空放電も不可解な現象とされてきました。現在でもなおオーロラの出現機構に関しては未解明の謎が残されています。このところ液晶テレビなどのフラットディスプレイに人気が集中していますが、テレビのブラウン管は、もともとオーロラと同じ真空放電の研究から生まれこともときどきは思い出してください。

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