じしゃく忍法帳
第10回「磁気センサ」の巻
“高感度”磁気センサへの磁石の貢献度
天然磁石を利用した人類最初の磁気センサ
スズメなどから稲を守るために、秋になると田んぼにカカシ(案山子)が立てられます。カカシは地方によってカガシとも呼ばれるように、もともとは髪の毛やケモノの肉などを燃やし、煙といっしょに出る悪臭を害鳥に「嗅がし(かがし)」て追い払ったことが始まりといわれます。
しかし、それだけでは効果が薄かったのか、のちに弓矢をもたせたワラ人形が立てられたり、ヒラヒラする布きれを結んだ綱、あるいはピカピカ光るテープなどを張る「鳥おどし」も工夫されるようになりました。 嗅覚や視覚のみならず、聴覚からも鳥たちをおどす目的に、綱にカラカラと音を立てる竹筒や板などを結んだ「鳴子(なるこ)」もよく使われます。
鳴子はいわば一種のセンサであり、家屋敷に潜入してくる忍者をとらえるためにも活用されたようです。たくさんの鳴子をつけた綱を縦横に張り巡らし、うっかり忍者が触れようものなら非常ベルのように音を出し、警備陣から「くせ者だ、皆のもの出会え〜」と追いかけられるのは、時代劇などでおなじみのシーンです。
カカシや鳴子ばかりでなく、夜明けを知らせてくれるニワトリ、不審な気配を察知する番犬、ガス漏れを検知するために炭鉱やトンネルの坑内に運ばれたカナリアなども、人間の五感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)の代わりをしてくれる生物利用の古典的なセンサです。
また、人間は磁気を感じることができませんが、方位磁石の発明によって、目印のない大海原や大草原、ジャングルの中でも方位を知ることができるようになりました。中国で指南魚と呼ばれた天然磁石の方位コンパスは、人間が手にした初の磁気センサでした。
19世紀に発見されていたホール効果をセンサに利用
1820年にエルステッドによって電流の磁気作用が発見され、1831年にファラデーによって電磁誘導現象が発見されてからは、人類と磁石との関係は一大エポックを迎え、モータや発電機をはじめ、さまざまな機械・装置に磁気エネルギーが利用されるようになりました。また、電気と磁気とはメダルの表裏の関係にあるので、電気の応用は新たな磁気センサの発明も促しました。
しかし、磁石の吸引反発力やコイルを利用した単純な磁気センサでは、微弱な磁界の変化はキャッチすることができません。そのブレイクスルーとなったのは半導体技術で、今日では、半導体の特殊な物性を利用したホール素子、MR素子といった磁気センサが広く利用されるようになりました。
ある種の半導体に磁場をかけると、磁場と垂直の方向に起電力が発生する現象は、19世紀の末にすでに発見されていました。この「電流磁気効果」は、発見者であるアメリカの物理学者ホールにちなんで「ホール効果」と呼ばれます。
よく知られているように、磁界中を運動する電子には、ローレンツ力と呼ばれる力がはたらきます。電磁気学の初歩として習う「フレミングの左手の法則」において、親指方向に生まれる力は、このローレンツ力によるものです(人さし指が磁界の方向、中指が電流の方向)。
さて、外部磁界を加えた半導体に電流を流すと、やはり内部で移動する電子にはこのローレンツ力が作用するため、半導体には電流と磁場の双方に垂直な方向に電位差が生じます。この電位差(ホール電圧)を信号として取り出して、磁界の強さを知るのが、ホール素子を利用した磁気センサです。
永久磁石のボトムアップでセンサの感度は著しく向上
磁気記録に用いられる磁気ヘッドもまた一種の磁気センサですが、ホール素子は非接触で磁界の変化をキャッチできるのが特長です。磁気センサの用途は、地磁気など磁場の強弱の測定に限られるわけではありません。磁気センサは磁石との組み合わせによって、間接的に物体の運動を検知することもできます。
たとえば、振動・回転する機械などに磁石を取り付けてやれば、磁気センサは非接触で微小な位置変動やモータの回転数の変動などを検出することができます。物は使いようと言いますが、磁気センサはちょっとしたアイデアで、位置センサや回転センサに早変わりするのです。
ホール素子には、半導体に電流を流すための2端子のほかに、電位差を測定するための2端子が必要です。この端子数を減らすとともに、使いやすさと小型化を追求して開発されたのが、MR素子と呼ばれる磁気センサです。
磁界が加えられた半導体中において、電子はローレンツ力によってその運動方向が曲げられることは前述しましたが、これは電子の移動距離が磁界がない場合よりも長くなることを意味し、電気抵抗の増加となって現れます。この電気抵抗の増加率から、外部磁界の変動を知るのがMR素子を利用した磁気センサです。MRとはその原理である「電気抵抗(magnetoresistance)効果」の頭文字をとったものです。
希土類磁石の登場で磁気センサは数・角に ホール素子とMR素子の原理
MR素子は端子数が2つしかなく、電気回路に組み込むにも容易ですが、素子自体の感度はかなり低く、そのままでは実用的な磁気センサとして使えません。そこで、この短所を補うために、永久磁石によってバイアス磁界を加え、磁界の微細な変動から大きな出力信号が得られるような工夫が施されました。感度を上げるために、永久磁石でボトムアップするわけです。
ところが、マイクロエレクトロニクス化の進行とともに、あらゆる部品の小型化が要求されようになると、MR素子に使われる永久磁石にも、より小型のものが求められるようになりました。こうした中でタイミングよく登場したのが、サマリウムコバルト磁石をはじめとする希土類磁石です。同じ磁気エネルギーを得るのに、その体積は小さくてすみ、今やMR素子はわずか数・角のチップ部品にまでなりました。
ところで、近年、話題になっているスキッド(SQUID)もまた、ジョセフソン接合素子を利用した超高感度の磁気センサです。これはジョセフソン接合した超電導体リングに磁界が加わると、リング内の磁界を打ち消すようにリングに電流が生まれる現象を利用したもので、心臓や脳が発生する地磁気の10億分の1程度の微細な磁界の変化も、スキッドによって初めて測定できるようになりました。しかし、スキッドは超電導現象を利用したものですから、リングを液体ヘリウムなどで極低温に冷却する必要があり、一般のエレクトロニクス機器には向きません。
その点、ホール素子やMR素子は、常温で使用できて長寿命、かつ小型で量産が可能です。しかも低磁場から高磁場まで、幅広い磁気レベルをカバーしているので、今や磁気センサの主流として、さまざまな領域で活躍するようになりました。家庭用VTR、オーディオ機器など、各種エレクトロニクス機器の小型・軽量化・高機能化の一翼を担ってきたのも、ホール素子やMR素子です。
銀行のATMや自動販売機などの紙幣読み取り機にも、電磁誘導方式の磁気ヘッドとともに、これらの磁気センサが使われています。精巧な偽札も見逃さない磁気センサは、さしずめハイテク磁石を利用した半導体の「鳴子」です。
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