じしゃく忍法帳

第8回「ステッピングモータ」の巻

位置決め達人の電子歯車

1時間に15°回転
北斗七星は夜空の大時計

武術や芸事などを教え示すことを指南(しなん)というのは、昔の中国で使われた指南車と呼ばれる方向指示装置に由来します。いわば一種のナビゲーションシステムで、歯車を利用した精巧なメカニズムにより、車上に据えられた木像が、常に南を指し示すように工夫されていたそうです。一方、これとは別に、天然磁石を利用した方位コンパスは指南器と呼ばれ、やがて文字盤のついた羅針盤へと発展します。

当初の指南器はスプーンの形をしていて、卓上で回転させて方位を読み取っていたようです。スプーンの形は北斗七星のヒシャクをかたどったものといわれます。磁石の指南性(および指北性)が発見されるずっと以前から、古代中国では北極星を中心とする北斗七星の回転角によって、季節や時刻を定めていたといわれます。北極星を中心として、ヒシャクが地球の自転に伴ってグルリと1回転するわけですから、北の夜空に大きな時計があるようなものです。

日本の忍者も北斗七星の回転運動を時計がわりに活用していたようです。1日で1回転ということは、1時間では15°ということになり、角度を見分ける訓練さえ積めば、かなり正確に経過時間を割り出すことができます。

もっとも、雲がかかっていたときは時刻ばかりか方位まで分からなくなってしまうのが難点。しかし、そんなときのために、忍者はキシャク(耆著)と呼ばれる方位コンパスを携行していたといわれます。これは磁性を帯びた鉄でつくった長さ5cmほどの舟形の容器で、水に浮かべると、船の舳先(へさき)が北を指し示すようになっています。真っ赤に焼いた鉄を冷やすとき、地磁気によって鉄が磁性を帯びることを利用したものです。

近ごろでは、方位コンパスや気圧計・高度計・水深計などのついた高機能ウオッチが若者に人気なのは、アウトドアでちょっとした忍者気分を味わえるからかもしれません。

ステッピングモータはアナログ・クオーツ時計の心臓

時計が高価な精密機械であったのは過去の話で、現在では安価な量産品でも精度は高級品と遜色ありません。ゼンマイと歯車からなるメカニズムが、電子化によって一変してしまったからです。

現在の時計の主流であるアナログ式のクオーツ時計は、もともと電気通信の分野で使われていた水晶発振器を利用したものです。その後、1970年代にIC化が進み、文字盤が液晶デジタル表示になるに及んで、時計はすべて電子部品によって組み立てられるまでになりました。

ところで、アナログ・クオーツ時計にはステッピングモータと呼ばれる小さなモータが組み込まれているのをごぞんじでしょうか。水晶発振器がペースメーカーにあたるとすれば、ステッピングモータこそクオーツ時計の心臓そのものです。

コイルに流れる電流と磁界との相互作用によって回転運動を得るのが一般のモータです。これに対して、ステッピングモータは、与えられたパルス信号によって、あたかもステップを踏むように、段階的に一定角度だけ回転するような仕掛けのモータです。1920年代にイギリスで発明されたのが最初で、コンピュータやその周辺機器が急速に普及する1960年代になって、ステッピングモータは著しい進歩を遂げました。

希土類ボンド磁石による100ピッチもの多極着磁

ステッピングモータは永久磁石を組み込んだPM型と、コイルの発生する磁界を利用したVR型(可変リラクタンス型)に大別されます。

ステッピングモータの基本的な原理をまずPM型で説明しましょう。図AのようにN・S極を交互に着磁させたロータの周囲に、回転角に応じた電磁石を据え、電磁石のコイルに順番に電流を流すと、発生する磁界とロータの永久磁石との吸引・反発によって、ロータは一定方向に回転し始めます。

小刻みな回転すなわち小さなステップ角を得るためには、ロータの永久磁石を細かく交互に着磁する必要があります。開発当時はそれが困難であったため、VR型のステッピングモータが考案されました。

VR型はロータが永久磁石ではなく軟磁鉄でつくられます。軟磁鉄は磁束を通しやすいので、ステータから順番に発生する磁束が張力のようにはたらいてロータを回転させます。その後、ステータの電磁石に細かな歯を刻んで、ステップ角をさらに小さくする工夫も加えられました。

アナログ・クオーツ時計に利用されているのは、PM型とVR型の長所を取り入れたハイブリッド型と呼ばれるステッピングモータです。腕時計に組み込むためにはきわめて小型のものが要求されるため、高い磁気エネルギーをもつ永久磁石が不可欠です。また、高い精度とともに電池の消耗を低減するうえでもハイブリッド型が向いているわけです。

アナログ・クオーツ時計のステッピングモータは、ロータが1秒ごとに半回転する特殊なタイプです。ほかの一般のステッピングモータでは、最近は希土類系ボンド磁石(磁石粉末をプラスチックなどと混合して成型したもの)の採用によって、1周100ピッチを超えるような多極磁化もできるようになっています。さらに、1つのパルス信号によって、4分の1ピッチずつの回転が起きるように工夫されたものもでき、一周400ステップ以上のきめ細かな回転も可能になっています。これはステップ角でいえば1度以下の細かさです。

磁気記録ヘッドの正確な位置決めに不可欠

円周上に配置されたモータのステータの歯を直線上に並べると、ロータを直線運動させるリニアモータとなります。2つのリニアモータを組み合わせてX軸・Y軸方向に動くようにしたものは、図面を自動的に描くXYプロッタや、小型精密機械の製造装置に利用されます。

パソコンやワープロのフロッピーディスクドライブなどで、記録ヘッドの正確な位置決めに利用されているのもハイブリッド型のステッピングモータです。磁気ディスクに蓄積するデータ量を増やすには、記録するトラック幅を狭くすればよいわけですが、そのためには記録ヘッドの正確な位置決めが必要になり、高い分解能をもつステッピングモータは最適なわけです。

パソコンやワープロなどの電子機器において回路を流れる電流は直流です。ステッピングモータもまた直流を利用しますが、直流モータというよりも特殊な交流モータと呼ぶべきものです。初期のステッピングモータではロータリースイッチによって、ステータの磁界を順次発生させて回転を得ていました。

現在のステッピングモータは、パルスシーケンサという回路がスイッチの役割を果たし、パルス信号が入るたびに、電流を流すステータの電磁石の位置を順番に変えていきます。このため、ロータは一定のステップ角だけ回転しては停止するという動作を繰り返します。たとえば10個のパルス信号を与えると、ロータは10個のステップ角だけ正確に回転して停止することになります。

ステッピングモータはモータの名があるように、ある周波数のパルス信号を連続的に加えると、滑らかな回転を続けます。しかし、ステッピングモータがその本領を発揮するのは、パルス信号の数に応じて正確なステップを刻むことにあります。ステッピングモータというのは、磁力を利用したデジタルな電子歯車なのです。

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