じしゃく忍法帳

第7回「温度に敏感なリードスイッチ」の巻

変わり身の早さを磁石に伝える

現代都市は不夜城不眠症は文明病

いわゆる「草木も眠る丑三つ時(うしみつどき)」とは、現在の午前2時〜2時半ごろにあたります。敵地の城や屋敷に潜入するのは、忍者にとって最も危険な任務の一つです。

忍法の秘伝書には、潜入に成功する確率の高い時間帯というのも記されています。それによれば、人はたいてい午後9〜10時ごろに床につき、午前1〜2時には熟睡し、午前5〜6時に目覚めるものであるとあります。しかし、丑三つ時が必ずしも潜入に適しているわけではないようです。寝つかれず寝床で悶々としている者もいるかもしれないし、寝入っても一定時間ごとに目を覚ます者もいます。人の睡眠には浅い深いがあるので注意深い観察が必要。とくに40歳をすぎると人は眠りが浅くなるものだから気をつけるようにと説かれています。

昔は「人間五十年」ともいわれ、40歳をすぎれば年寄り扱いされました。現代では青年と中年の間ぐらいの年齢ですが、やはり肉体的な衰えは避けられず、この年齢あたりから不眠症の人が増えてきます。

不眠症は現代文明病の一つといわれます。日本では5人に1人、イギリスでは4人に1人、アメリカでは実に3人に1人が睡眠障害を訴えて、そのうち約半数が不眠症に苦しんでいるそうです。

年をとって眠りが浅くなるというのは、身体の内部の自然環境変化と関係があるといわれます。

人生の節目節目に起きる身体変化に対応しきれなかったとき、さまざまな病気が起こるようです。いわゆる厄年(数え年で、男性は25・42・60歳、女性は19・33歳)というのも、単なる迷信としてすまされないものがあります。季節変化にはその前兆があるように、身体変化にも内部から信号のようなものが出ているはずです。それに気づかなかったりなおざりにしたりすると、「年寄りの冷や水」という言葉があるように、無理が高じて病気に陥ってしまいます。

バイメタルにかわる感温リードスイッチ

人間の感覚では判別できないようなわずかな環境変化も、最新のセンサは繊細にキャッチします。温度計というのは一種のセンサですが、目で読み取るというプロセスが必要であり、自動機器に組み込むのは何かと不都合です。

そこで、温度センサにON/OFFのスイッチング機能をもたせたものとして、古くからバイメタルが利用されました。

バイメタルとは熱膨張係数の異なる2種の金属板を貼り合わせたものです。片面の金属のほうが伸び縮みが大きいので、温度変化に伴ってバイメタルは屈伸運動をして、接点を開閉します。

温度変化に応じたバイメタルのスイッチング機能は、温度調節装置や自動点滅装置などに応用されました。蛍光灯のグロースタータ(グローランプ、点灯管)に使われているのはこのバイメタルです。スイッチを入れるとグロー放電によって電流が流れるとともに、直列につながれている蛍光管のフィラメントも予熱します。ほどなく放電による熱によってバイメタルが屈曲して接点が閉じますが、その瞬間、安定器のコイルに発生する高電圧によって、蛍光管内部に電子の流れが生じて、蛍光管を点灯させます。

バイメタルは初期の電気コタツや電気ポットなどの温度調節装置としても使われました。しかし、バイメタルはON/OFFの切り替えがスピーディに対応できないこと、また動作温度もかなりアバウトなところがあります。このため、微妙な温度制御と安定性が必要な各種機器には、「感温リードスイッチ」という部品が活躍するようになりました。

キュリー温度を境に結晶構造が急変する

感温リードスイッチは、感温フェライト(サーモフェライト)、フェライト永久磁石、および接点となる2枚のリードからなります。

温度変化によってON/OFFのスイッチング動作を繰り返すのは、バイメタルと同じですが、感温リードスイッチは熱膨張を利用したものではありません。温度を感じて変化するのは、その名が表すように感温フェライトと呼ばれる特殊なフェライト材料です。 あらゆる永久磁石は温度上昇とともに磁石としての性質を失い、鉄を吸着する作用を失ってしまいます。この温度のことをキュリー温度(キュリー点)といいます。温度上昇によって結晶構造がガラリと変化するためで物質の相転移現象の一つです。

感温フェライトというのは、キュリー温度を境に、磁性体としての性質を急変させる材料です。少し専門的な表現をすると、相転移によって透磁率(磁束の通りやすさ)が変わり、強磁性体となったり常磁性体になったりするのです。たとえていえば、スイスイ流れていた高速道路が、天候急変で濃霧が発生すると、いきなり渋滞してしまうようなものです。

一方、永久磁石のキュリー温度は、感温フェライトのキュリー温度よりもはるかに高いので、感温フェライトの性質が変わっても、永久磁石の性質は保持されます。感温リードスイッチは、この2つのキュリー温度の差を利用したものです。

感温リードスイッチには大きく2つのタイプがあります。温度上昇とともにリードの接点が閉じるタイプと開くタイプです。

前者の閉じるタイプで話を進めましょう。感温リードスイッチにおいて、感温フェライトは永久磁石と合体した構造になっています。動作温度より低い温度では、永久磁石から出る磁束は感温フェライトの中を貫き、リードの接点は開いたままの状態を維持します(OFF状態)。ところが、温度が上昇して、キュリー温度を超えると、感温フェライトの透磁率は著しく低下して、永久磁石の磁束は強磁性体であるリードの中を通るようになります。すると、リードは磁石としての性質を帯びて、2つのリードが吸着して接点が閉じることになります(ON動作)。いわばリードは磁束のバイパス道路の役割を担います。

材料組成の設計しだいで動作温度も自由に設定

感温リードスイッチは、磁石の吸着力でON/OFF動作を実現しますが、より正確にいえば、これは感温フェライトの相転移をたくみに利用したものです。

金属の熱膨張を利用したバイメタルでは、動作温度のバラツキは避けられません。しかし、感温フェライトのキュリー温度のバラツキは±1℃ほどしかないので、きわめて温度精度にすぐれた感温リードスイッチがつくれます。また、フェライトは金属酸化物の多結晶体なので、経年変化もほとんどなく、リードスイッチの接点寿命もバイメタルにくらべて格段にすぐれています。

しかも、感温フェライトの材料組成比を変えることによって、−1O℃〜130℃の範囲で動作温度を自由に設計できるというのも大きな特長です。高温領域では電気ポットや電子ジャー、炊飯ジャーなどのきめ細かな温度制御に、また低温領域では自動販売機や湯沸かし器などの凍結防止などに利用されます。もちろん室温領域でも、エアコンの温度制御回路はじめ、各種電気機器の結露防止や温度保障回路など電気設備・機器、システムに不可欠のものとなっています。

電源もなくコイルもないのに、ただ温度変化によってスイッチング動作を繰り返す感温リードスイッチ。

この忍術にも似た芸当は、感温フェライトとフェライト永久磁石というフェライト材料コンビなくしてとうてい実現できません。

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