じしゃく忍法帳

第2回「スピーカ」の巻

AVライフを一新させたフェライト磁石

大勢で吊り橋を渡るとき歩調を揃えるのは危険

忍法に手で家を倒す術というのがあります。昔の木造建築には大黒柱と呼ばれる柱がどこかにあるもので、一家の中心人物を大黒柱と呼ぶように、屋根や梁の荷重を支えている建物の大黒柱は、いくら力持ちでも手で押したぐらいではビクともしません。しかし、わずかながらに振動を起こすので、その振動の周期に合わせて、根気よくリズミカルに手で押していくと、振幅はしだいに大きくなり、やがて地震が起きたかのように建物はユサユサと揺れ始め、ついには倒れてしまうというのです。

これはブランコをこぐとき、揺れの周期に合わせて体重を移動させると、だんだん振幅が大きくなるのといっしょです。ですから、集団で吊り橋を渡るときは、決して歩調を揃えてはならないといわれます。吊り橋の固有振動数と、足並みのリズムが一致すると、振動が増幅されて張られたロープが切れてしまう恐れがあるからです。整然と行進する兵隊の通過によって、吊り橋が落ちたという例は過去に少なくありません。

また、1940年のアメリカにおいて、タコマ・ナローズ橋という当時世界第3位の長さを誇った吊り橋が、完成4カ月後に、風速20mも満たない風によって、あえなく落橋するという事故が起こりました。どうやら風の息吹のリズムが吊り橋の固有振動数と合致してしまったようです。

共振を上手に利用して腹に響く重低音を再生

ある物体が、外部エネルギーによって固有の振動を始めることを共振(あるいは共鳴)といいます。建物の耐震設計においては、地震の周期と建物の固有振動数が一致しないようにするのが重要な課題となっています。

逆に共振を積極的に利用して、微弱な電波を内部に取り込むのが、ラジオや通信機器の同調回路です。また、オーディオのスピーカキャビネットの前面に、よくトンネルのような穴が設けられているのを見かけます。これはバスレフ型と呼ばれるスピーカシステムで、スピーカから表に出る音と、キャビネット裏面で反射して穴から出てくる音の位相が揃うように設計されていて、主として低音部を増強するためのものです。穴のかわりにスピーカと同サイズの振動板(ドロンコーンと呼ばれます)を取り付けることもあります。最近のステレオでは、机上タイプのミニコンポでも迫力ある低音が出せます。これは、共振をうまく利用した設計がなされているからです。

スピーカは音声の電気信号を振動板の震えに変えて、もとの音声を再生する一種のエネルギー変換器です。その仕組みは電流の流れる導線が、磁界中で力を受けるという有名な「フレミングの左手の法則」によって簡単に説明できます。

一般的なダイナミックスピーカでは、永久磁石の磁界に対して垂直に可動型のコイル(ボイスコイル)が配置され、そのコイルに特殊な紙などでできた振動板(コーン紙)が取り付けられています。コイルに電気信号が流れると、フレミングの左手の法則により、コイルは前後方向にピストン運動を起こし、その振動がコーン紙から空気に伝わり、音声として再生されます。

コバルトショックによってアルニコ磁石は王座を降りる

現在、永久磁石の最大の用途の一つとなっているのはスピーカです。専用のラジカセをもつ小学生も珍しくありませんし、大型テレビやワイドテレビの登場によって、テレビにもオーディオシステムに迫る高級スピーカシステムが内蔵されるようになっています。また今や走るリスニングルームと化している最近の乗用車には、多いもので10個近くのスピーカが搭載されています。

これは一昔前には考えられなかったほどのぜいたくです。というのも以前のスピーカにはアルニコ磁石と呼ばれる合金磁石が用いられていて、主成分がコバルトという高価な希少金属だからです。しかも、1977〜78年にはコバルトの主生産地であるザイールにおいて内乱が発生し、コバルトの価格がいっきに約5倍にも高騰するという事態が起きました。オイルショックほど一般には知られていませんが、これはコバルトショックと呼ばれています。

さて、エレクトロニクス業界を混乱させたこのコバルトショックをきっかけに、永久磁石の主役に躍り出たのはフェライト磁石です。フェライトとは磁気応答性をもったいわゆるセラミックスの一種で、その主成分はありふれた鉄酸化物。資源も豊富で何より安価であるため、長らく使われてきたアルニコ磁石を駆逐して、今やほとんどのスピーカにフェライト磁石が利用されるようになりました。

また、フェライト磁石は陶磁器同様に材料を成型・焼成して製造されるので、リング状の磁石も可能となり、従来の内磁型にかわって外磁型と呼ばれるタイプのスピーカも登場するようになりました。円筒形磁石をボイスコイルが取り巻く内磁型に対して、外磁型ではボイスコイルを取り巻くようにリング状の磁石が配置されます。フェライト磁石の外磁型スピーカのメリットは、内磁型よりも奥行きを小さくできること。AVスピーカが、かつてのズングリした箱型から、スリムでデザイン性にすぐれたものに変身できたのもフェライト磁石あればこそだったのです。

防磁スピーカの登場で現代の怪談も一件落着

ところが、この画期的な外磁型スピーカにも、やっかいな問題が発生するようになりました。オーディオのような高品質のサウンドをテレビでも楽しもうと、AVスピーカをテレビの両サイドに置いたら、画面に不自然な色ムラが出るといった現象が起きたからです。ブラウン管の電子銃からは、光の三原色に対応したR(赤)・G(緑)・B(青)の電子ビームが放射されています。ところが、磁石がコイルを取り巻く外磁型スピーカでは、磁気漏れが大きいため、電子ビームの流れを変えて、色ムラを発生させてしまうのです。電子ビームというのは電流と同じことですから、磁界の影響によって電子に外力が加わり、その進路が変わります。これもフレミングの左手の法則で説明できることです。

磁気の影響は距離によって急速に減少するので、テレビとスピーカをある程度離して置けば解決する問題ですが、美人アナウンサーの顔が四谷怪談のお岩さんのようになってしまうのは、原因が分からないうちは興ざめどころかちょっと不気味です。10年ぐらい前まではこの種の怪談まがいの苦情が多発しましたが、その後、磁石を支える底部ヨークにもう1つ磁石を取り付けて漏れ磁束を打ち消したり、ヨーク自体の形状を変えて漏れ磁束をシールドしたりする対策が施されました。最近のAVスピーカは、よほどの安物でないかぎりまず心配はありません。

とはいえ、重低音が自慢のスピーカには強力な磁石が使われています。磁気は完全にはシールドできないので、不用意に財布などをスピーカの近くには置かないこと。キャッシュカードなどの磁気カードが使用不能になる場合があります。

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