じしゃく忍法帳

第4回「カメラのシャッタ」の巻

永久磁石 + 電磁石 = ?

使い勝手の追求は思わぬトラブルも生む

忍法の“忍”の字は“心”の上に“刃”を置きます。不測の極限状況において、人の心はともすればパニックに陥ってしまいますが、そんなときも慌てず騒がず、自らの心に刃物を突き付けるがごとく、平静心を失わないようにするのが“忍”というもの。忍者が過酷な習練を積むのもそのためです。

しかし、単に我慢強いだけでは忍者にはなれません。忍法には陽術と陰術があり、これらを臨機応変に組み合わせるのが忍法の極意といわれます。たとえば、屋根裏や床下などで息を殺して隠れひそむのは陰術ですが、相手に味方と思い込ませて堂々と振る舞う陽術もときには必要。双方を使いこなせなければ、一人前の忍者とはいえないそうです。

忍法とマジックとは似たところがあります。マジシャンは手や体の動きなどの巧みな陽術で観客の目を釘づけにしておき、見えないところでこっそり陰術であるタネやしかけを使います。

タネやしかけがあるからマジックであり、それがなければ妖術です。しかし、私たちの身の回りのさまざまな電子機器などは、昔の人が見たら腰を抜かしかねないほどの妖術と思うことでしょう。現代人といえど、電子機器の仕組みを分かりやすくタネ明かしできる人は、そう多くはありません。

電子機器の内部がますますブラックボックス化しつつあるというのに、私たちはあまり不思議さを感じないのはなぜでしょう? これには理由があります。電子機器にははっきりとした目的があり、そのための機能と操作性がとくに追求されているからです。確かに使い勝手をよくするには、複雑なタネやしかけなどは分からないほうが、よいのかもしれません。

しかし、電子機器のブラックボックス化は、思わぬトラブルも生み出します。たとえば、買って日も浅いのに、カメラのシャッターが下りなくなったという苦情が、しばしばメーカーに寄せられます。何のことはないバッテリ切れが原因なのですが、シャッターは指の力で切っているという固定観念があると、カメラの故障と思い込んでしまいます。

プランジャの動きは電子機械の筋肉運動

カメラは今や精密機械というより電子機器。AE(自動露出)やAF(オートフォーカス)、フィルム自動巻き上げなどの機能搭載により、シャッターチャンスさえ逃さなければ、だれでも失敗なしに傑作写真を撮ることができるようになりました。

マニュアルの高級一眼レフを持つことがステータスだったのは過去の話。現在ではポケットにコンパクトカメラをしのばせて、いつでもどこでもさりげなく撮るのがトレンディになっています。

  軽く触れただけのフェザータッチでシャッターが切れるのも、シャッターボタンは電 気信号を送るスイッチとなっていて、間接的にメカニカルな機構を作動させているか らです。しかし、そのためには電気エネルギーを機械エネルギーに変える仕組みが必 要です。モータドライブやAF機構には小型モータも使われますが、押したり引いた りするような運動には、モータとは違った電気的な可動部品が求められます。その役 割を果たしているのが、磁石と電磁石を組み合わせた小型精密部品「プランジャ」で す。

あるエネルギーから往復運動をつくりだす部品をプランジャといいます。油圧ポンプではプランジャの往復運動で、油を送りこんで力を伝達します。昔なつかしい井戸の手押しポンプも一種のプランジャです。

しかし、電子部品のプランジャといえば、ふつうは電流から磁力をつくり、磁力によってメカニカルな機構を作動させるものをいいます。ちなみに、回転運動をつくるモータと区別するために、こうした可動部品のことを広くアクチュエータといいます(正確さを期するために、磁石を利用したアクチュエータを、「マグネチュエータ」と呼ぶこともあります)。

代表的なアクチュエータは、回路の接点の開閉を電磁気の力で行う継電器(リレー)です。リンリンと鳴るベル(電鈴)も、電磁石を利用した一種のアクチュエータです。電磁石によって引き寄せられたハンマーがベルを叩くと、回路の接点が離れて電磁石の作用を失い、ハンマーが元に戻ると再び接点がつながります。このプロセスが繰り返されることでベルは鳴り続けます。

永久磁石の磁束を電磁石で打ち消す

さて、カメラなどに使われるプランジャは、回路をつなぐリレーやベルのアクチュエータとはちょっと異なります。プランジャにはさまざまなタイプがありますが、ここではカメラのプランジャを例に、その仕組みをご紹介しましょう。

磁石は鉄を引きつけるので、電磁石のON/OFFで、鉄の可動片の往復運動をつくることは簡単です。しかし、スイッチONで電磁石に磁束が発生しても、引きつけられる鉄片のほうはドッコイショとゆっくり重い腰を上げるばかりです。この方式では応答性が悪く、とてもカメラのような高速機構などに利用できるものではありません。そこで、カメラではバネの力とプランジャとを組み合わせることで、この問題を解決しています。

カメラで使われるプランジャは、小さな永久磁石を抱いた電磁石です。シャッターなどのメカニカルな機構と連動した鉄の可動片は、この永久磁石の磁気によって吸着・固定しています。一方、この可動片はバネによって反対方向にたえず引っ張られているので、永久磁石の磁気がなくなると、とたんに可動片は磁気の拘束から解放され、バネの力で素早く引き戻されてしまいます。高速の電子シャッターも、この動きを利用したものです。

しかし、可動片を永久磁石で引き寄せてから、いきなり突き放すという仕組みは、いったいどうやってつくるのでしょう? そこがプランジャの仕組みの最大のミソなのです。

永久磁石と可動片の仲を引き裂く役目をするのは電磁石です。永久磁石を抱いたヨークにはコイルが巻かれていて、電流が流れると電磁石として作用します。ところが、この電磁石は永久磁石の磁束と逆方向に磁束を発生するので、永久磁石と電磁石の磁束は互いに打ち消しあいます。このため、電流が流れると永久磁石の吸着力はいっきに弱まり、可動片はあたかも後ろ髪を引かれるように、バネの力によってヨークから離れていくことになるのです。

強力な希土類磁石が小型プランジャを実現

カメラに利用される磁石といえば、ふつうはモータぐらいしか思い当たりません。しかし、実際は電子シャッターを切ったり、絞りを自動制御したり、一眼レフのミラー引き上げ用フックを外したりと、複数のプランジャの磁石と電磁石が、目まぐるしいほどの大活躍をしています。

カメラに搭載されるプランジャは爪の先ほど小さなものです。小型で高性能なプランジャの開発を可能にしたのは、コイル巻線技術や透磁率にすぐれたヨーク材料(パーマロイなど)も忘れてはいけませんが、やはり何よりも強力な磁気エネルギーをもつ希土類磁石(RECマグネット)の採用によるものです。

カメラばかりではありません。ヘッドホンステレオのオートリバース機構、フェザータッチで作動する各種のスイッチ類など、今ではプランジャはメカトロニクス製品に不可欠の電子部品となっています。

磁石の応用というと、ふつう鉄を吸い寄せる磁石の性質を直接何かに使おうと考えます。自動車を丸ごと持ち上げるような強力な電磁石は、その最たる例です。しかし、プランジャの面白さは、永久磁石の磁束を電磁石でキャンセルしてしまうところにあります。

「柔よく剛を制す」という言葉があります。プランジャの仕組みは、いきなり身をかわし、重力の作用で相手を倒す合気道の技とも似ています。磁石の使い方はアイデアしだい。発想を転換してあっと驚くような磁石の応用を考えてみませんか。

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