じしゃく忍法帳

第3回「自転車の発電ランプ」の巻

自転車の発電機の原理と仕組み

自転車のパーツのブラックボックス

人目につかぬように行動するのが鉄則であった忍者は、さまざまなサバイバルグッズを考案したようです。たとえば、「火と水は離さぬものぞ忍びには野山に寝るを役と思いて」と秘伝にあるように、野宿が当然であった忍者は、水と火とは必携品でした。しかし、水はともかく火のほうはマッチもライターもない時代です。火打ち石を使っては音が出て見つかる可能性があるので、「胴の火」というものを懐に入れて持ち歩いていたといわれます。これは和紙などを黒焼きにしたものを銅製の筒に詰め、ゆっくりと燃焼させるカイロに似た道具です。火薬などを使うときの火種にするほか、夜間は寒さしのぎにもしたようです。

昔の人々とちがって、現代人は闇夜対策がおろそかで、ハイキングていどの軽登山でも遭難騒ぎを起こすこともあります。水、食料は持っていても、よく忘れがちなものが懐中電灯やヘッドランプ。山中は日が沈むとたちどころに真っ暗となるので、体力はあっても一歩も前進できなくなることがあります。

都会の夜道は、山中のように真っ暗闇になることはありませんが、無灯のまま自転車に乗って事故を起こすこともよくあります。本人は安全運転のつもりでも、周囲のクルマからは闇に溶け込んでよく見えません。パトロール中の警察官が無灯自転車を見てとがめるのは、べつにイジワルをしているわけではなく、本人の身の安全を考えたうえのことです。

自転車はクルマ全盛の今日でも、多くの人々に愛されている完成度の高い乗り物。クルマとちがって簡単な道具さえあれば、だれでも分解・組み立て・修理が可能なのも特長です。ところで、数ある自転車のパーツの中で、ほとんど唯一のブラックボックスとなっているのは、ダイナモなどとも呼ばれる発電ランプです。タイヤからの回転エネルギーを伝えて発電していることは分かっていても、発電ランプの内部構造まで知っている人はあまりいません。

電磁誘導の発見に苦闘したファラデー

自転車の発電ランプは、電球が切れる以外、故障もほとんどなく、そのため分解しにくいつくりになっています。それをあえてコジアケると、図のような構造になっていることが分かります。自転車のタイヤが回ると、トックリ状の発電機上部の回転軸が回転し、内部の円筒形の磁石を回します。磁石の下、すなわちトックリの底にはコイルが置かれているので、このコイルから電流を取り出していることも想像できます。しかし、円筒形の磁石が回転することで、なぜコイルに電流が発生するのでしょうか?

ここで発電機の歴史を振り返ってみることにしましょう。1820年にエルステッドは、針金に電流を流すと、そばに置かれた方位磁石の針が振れることから、電流は磁気を生み出すことを発見しました。電流が磁気をつくるのなら、逆に磁石を利用して電流をつくりだせるはずだと考えたのはファラデーです。約10年にも及ぶ試行錯誤ののち、ファラデーは1831年、磁石を動かして磁場を変化させたときにコイルに電流が流れるという有名な「電磁誘導の法則」を発見し、その翌年には初歩的な発電機も考案しました。しかし、これは実用には不向きで、同年にピクシーが発明した手回し式の発電機が世界最初の発電機といわれています。U字型の磁石とコイルを巻いた鉄心を向かい合わせに置き、ハンドルで磁石を回転させて磁場を変化させると、コイルに交流電流が発生します。

フェライト磁石を利用したシンプルでみごとな工夫

ピクシーが発明した発電機の仕組みは、自転車の発電機と全く同じものです。しかし、自転車の発電機にはU字形の磁石はなく、ただ円筒形の磁石が回転するだけです。 この円筒形の磁石は、2つの底面がそれぞれN極・S極というような単純な磁石ではありません。図のようにN極・S極を互い違いに配置した複数の磁石の組み合わせとなっています。ピクシーの発電機では磁石の1回転で、N極・S極の交替が2回起こりますが、8極構造の円筒形フェライト磁石では1回転で8回も起こすことができます。つまり少ない回転数でも磁場変化がひんぱんに起こるので、自転車走行においては低速でもランプを点灯できることになるわけです。

しかし、コイルに電流を発生させるには、磁場方向の変化にメリハリが必要です。円筒形の多極磁石をコイルと向かい合わせに回転させるだけでは大きな電流は得られません。そこで、コイルを巻く鉄心には、面白い工夫がこらされています。図に示すように、鉄心は両端を引き伸ばして、円筒形磁石をくるむように設計されています。実はそれだけでなく、磁石の極数に合わせて、両端から枝分かれさせているところがミソなのです(図では片側4本ずつ、合計8本)。このため磁石が回転するたびに、8本の枝にはN極・S極の磁極が交互に通過することになり、鉄心には逆方向の磁束が通過してコイルに電流が流れます。シンプルにして実にみごとなカラクリです。

多彩なパターン着磁もフェライト磁石なら可能

これで自転車の発電機の原理と仕組みが分かりましたが、複数の磁石がモザイク状に組み合わさった磁石は、いったいどのようにしてつくるのでしょうか?

自転車の発電機はフェライト磁石を抜きにして語ることはできません。原料を混合、成型して製造されるフェライト磁石は、さまざまな形状につくれるのが特長で、着磁工程によって多極パターンを形成することもできます。着磁方法は磁石の形状によって異なりますが、自転車の発電機に利用されるような多極磁石は、焼成後に着磁ヨークと呼ばれる鉄製の覆いをかぶせ、着磁用コイルに電流をながすことで着磁されます。

発電機の原理は変わらず、その仕組みもピクシーの発電機と基本的に同じですが、多極着磁の技術がなければ、コンパクトで故障の少ない自転車の発電機は誕生しなかったわけです。発電機を科学実験装置から産業機械へ、そして身近な製品・道具として応用できるようになったのも、フェライト材料の発見、そしてフェライト磁石の開発が大きく貢献しています。

自転車の発電ランプばかりではありません。たとえば、地震や火災などのときの非常持ち出し袋に、懐中電灯は必須アイテムですが、乾電池切れとなってはお手上げです。その点、防災グッズとして売られている手動発電方式の懐中電灯は、握力で内蔵のはずみ車を回転させると、そのエネルギーで発電してランプを灯すというスグレモノ。自転車の発電ランプと同じ原理の小さな発電機が組み込まれています。

環境保護と省エネ目的に、自然エネルギーの利用がさまざまに研究されていますが、サバイバルシーンで最後に頼りとなるのは、やはり人力という自然エネルギーのようです。

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