じしゃく忍法帳

第1回「電動ハブラシ」の巻

「電動ハブラシ」の巻

ようこそマグネチックワールドへ

発見発明の大鉱脈
磁石の世界は奥深い


だれしも子供のころ磁石遊びをした思い出があるはずです。磁気は人間の目には見えません。しかし、自分の手で感知しコントロールできる“遠隔作用”がこの世に存在することに、子供たちは新鮮な驚きと感動を覚えます。

しかし、身の回りでさまざまに応用されているにもかかわらず、磁石はあまり注目されることがありません。子供たちも大きくなるにつれ、磁石に対して抱いた好奇心を忘れてしまいます。

本シリーズはふだん忍者のように姿を見せぬまま、八面六臂の活躍をしている磁石にスポットを当て、あっと驚くようなその“忍法”の数々をご紹介しようというもの。

かつて西洋で磁石になみなみならぬ関心を寄せたのは、錬金術師や魔術師たちでした。科学史が明らかにしているように、彼らこそ近代科学の始祖といいます。わが国でも猛烈な勉強家であった聖徳太子は、経典ばかりでなく、忍術書のルーツともいわれる『遁甲方術書』(とんこうほうじゅつしょ)を熱心に研究したふしがあります。

磁石に少しでも興味を示す人間は、子供であれ大人であれ、みな不思議なマグネチック・ワールドの扉を開く鍵をもっています。地球が巨大な磁石であることを発見したギルバートも、電磁誘導の法則を発見したファラデーも、磁石を利用した数々の発明を残したエジソンも、みな素朴な好奇心から出発したのです。

おしゃれな清潔グッズ
電動歯ブラシが急成長


さて、シリーズ第一弾として取り上げるのは、愛用者にとってはこれなしで1日が始まらないという「電動歯ブラシ」。あふれる家電製品の中では目立たない存在ですが、カラクリが単純明快なので身近な磁石の応用を見直すには好適です。

電動歯ブラシが日本の市場に出回り始めたのは、およそ20年ほど前のこと。そのときはブームにはなりませんでしたが、5〜6年ほど前に充電式の小型軽量の電動歯ブラシが折からの健康志向・清潔志向とが相まって、一躍ヒット商品に躍り出ました。普及率30%以上という欧米にはかないませんが、現在、日本の普及率も10%近くにまで達しているそうです。音や振動が虫歯治療を思い出させて不愉快という人もいますが、電動歯ブラシは短時間できれいに歯垢が取り除けるし、歯ぐきへのマッサージ効果もあり、確かに手磨きよりも効果があることは、歯科医も認めるところです。

かつては1万円以上もした価格も半分以下という手頃な値段になり、家族それぞれが専用のものをもつことも、ぜいたくなことではなくなっています。なかには乾電池式で500円程度のものもあります。安かろう悪かろうというのは昔の話で、乾電池式といっても使い捨てではなく、ブラシ部分はスペアが用意されています。また、単3乾電池1個で約1か月使用できるので、電池交換もさほどわずらわしくなく、旅行やアウトドアでの利用にも便利。サイズも通常の歯ブラシより、柄の部分が若干太いだけなので、みかけだけでは電動歯ブラシとは気がつかないほど。

ところで、歯垢がよく落ちるのは、電動歯ブラシの振動数が毎分3000〜7000回にも及ぶからです。手磨きでは大人でも毎分80回ぐらいが限度ですが、電動歯ブラシではその数10倍の速さで磨くことができ、しかも手が疲れるということがありません。子供ばかりでなく、手の不自由な人や、お年寄りにもすこぶる好評なのです。

小刻みな振動の発生源はモータ回転軸の偏心重り

では、毎分3000〜7000回にも及ぶ小刻みな高速振動をどうやって作り出しているのでしょう?

電動歯ブラシには、細い柄に収まるような小型で低価格のモータが不可欠ですが、それに大きく貢献してきたのは、強力で安定な磁力をもつフェライト磁石です。コイルに電流を流すと磁界が発生します。そこで、このコイルを回転軸に巻き(ロータ=回転子という)、固定した永久磁石(ステータ=固定子という)のN極とS極の間にはさんでやると、同極どうしの反発力と異極どうしの吸引力により、コイルが巻かれたロータはクルクルと回転を始めます。これが学校でも習うおなじみの直流モータの原理です。

交流を用いたり、永久磁石でなく電磁石を使ったり、超音波を利用したものなど、モータにはたくさんの種類があります。それはいずれご紹介するとして、ここで想像力をはたらかせていただきたいのは、電動歯ブラシにおいて、モータの回転運動をいかにして高速の振動運動に変換しているのかということです。

通常の自動車エンジンでは、ピストン運動をクランクで回転運動に変えて車輪に伝えています。このクランクで振動を起こすことも原理的には可能ですが、電動歯ブラシで採用しているのは、驚くほど単純なメカニズムです。電動歯ブラシにはピストンもクランクもありません。ただモータの回転軸に、中心をはずした(偏心という)金属製の重りがつけられているだけなのです。

たとえば、電気洗濯機の脱水槽に、洗い物を片寄せて脱水すると、洗濯機はガタガタと振動し始めます。モータの回転をスムーズに物体に伝えるには、モータの回転軸の方向と物体の重心を一致させる必要があります。モータを利用した機械や装置の設計では、いかにしてこの振動を除去するかにエンジニアは苦慮しますが、電動歯ブラシはこの現象を逆手にとり、あえて偏心重りをつけて小刻みな振動を発生させているのです。

家電の“すきま”商品がヒット商品になった理由

かつて家電業界では電動歯ブラシは“ズボラな商品”の代名詞のように言われていました。というのも、そのメカニズムがあまりにも単純だからです。しかし、フェライト磁石を使った小型で安価なモータの大量生産も可能になり、軽量・多機能・低価格、便利でおしゃれな電動歯ブラシが誕生しました。

えてして単純なものは奥深いものです。フェライト磁石は半世紀以上前に、磁石は金属という固定観念の“すきま”に誕生した画期的な発明です。フェライトとは鉄やニッケル、コバルト、マンガンなどの酸化物。ありふれた原料を焼成して得られる一種の焼き物ですが、この焼き物は20世紀の忍法により、今やエレクトロニクス社会に不可欠な電子材料として成長を遂げました。電動歯ブラシもまた、決してズボラな商品ではなく、単純なアイデアが実を結んだ“すきま商品”だったのです。

ところで、すきまといえば、歯と歯のすきまにはさまる食べ物のカスまでは、いかに電動歯ブラシでも除去してはくれません。また、研磨剤入りの歯磨きペーストを使うと、電動歯ブラシの高速振動で、歯のエナメル層が削られてしまうおそれもあるといいます。便利だからといって過信は禁物。正しい使い方をするようにと歯科医は注意を促しています。

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