テクノ雑学

第189回 水の力で電気を貯める、揚水発電の仕組み

今年の夏もほとんどの原子力発電所が停止している中、各地では夏場の電力不足に備えて、節電が呼びかけられています。電気を多く使う時間帯に合わせて、電気の供給量を増やすためのキーワードとしてよく聞かれるのが、「揚水発電」という言葉です。今月の「テクの雑学」では、揚水発電がなぜ、夏場の電力不足に効くのかを解説します。

電力消費量は時間帯によって大きく違う

一日の電力消費量は、人間の活動サイクルに合わせて変動しています。主に一般家庭で使われる家庭用電力と、工場などで使われる産業用電力では、利用量のピークは異なっていますが、全体的に見れば、昼間の電力消費量が多く、夜間は少なくなっています。


 さて、この夏、大部分の原子力発電所の稼働停止により「電気が足りない」という報道がされています。政府は、関西電力・九州電力管内の10%を筆頭に、電力会社別に節電の数値目標を定めています。また、東京電力管内と東北電力管内については、数値目標は定めていないものの、自主節電を求めています。

 ところで、最初に説明したとおり、1日の電力消費量は時間帯によって大きく変動します。政府が節電を求めているのは、「電気が足りなくなる」すなわち、発電量が電力消費量に追いつかなくなる可能性があるからです。電力消費量が発電量を一定以上上回ると、電圧が低下して「ブラックアウト」、すなわち大停電が引き起こされます。しかし、今の各電力会社で供給可能な発電量でも、1日のほとんどの時間帯では電気が足りなくなることはありません。しかし、気温が高い平日の昼間などの条件が重なると、特に電力消費量が高くなる数時間の間、電力消費量が発電量を超えてしまう可能性があるのです。


 そうはいっても、夜中から明け方には発電能力よりも電力需要が少ないのだから、この時に余分に発電して昼間使えばいいと思われるかもしれません。しかし、発電した電気は、蓄電池のような仕組みを使わなければ貯めておくことができないのです。そのため従来の電力供給は、原則として常に発電量と電力消費量を一致させる「同時同量」で行われる仕組みとなっていました。

■ 揚水発電は大きな蓄電池

 この問題を解決するのが、揚水発電です。揚水発電とは、水を高いところに持ち上げて落とすことで、水力発電を行う仕組みです。水力発電は、高低差のあるところで水を上から下に落とす時の位置エネルギーの差を使って水車を回転させ、発電機を回して発電します。揚水発電も同じ仕組みですが、その特徴は「低いところから高いところに水を移動させるために揚水ポンプを使用する」という点です。

 揚水ポンプを動かすためには電力が必要です。この電力を、夜間は余っている発電能力で作り出すところがミソです。夜の間に余っている電気で、揚水ポンプを動かして水を高いところに運び、昼間電気をたくさん使う時にその水を低いところに落として発電するのです。

先に、電気は蓄電池のような仕組みがなければ貯めておけない、と書きましたが、揚水発電では、夜間に発電した電気を、水を汲み上げるのに使います。すなわち、夜間に発電した電気を、水の位置エネルギーとして蓄え、昼間放出する、巨大な蓄電池のような仕組みであるともいえるでしょう。



 揚水発電では、「発電」といいつつ、発電能力の総量は増えません。したがって、電力統計などの統計上では総発電量は増えたことになりません。しかし、夜間の電力で蓄えた位置エネルギーを昼間に放出することで、ピーク時に使える電力を上積みすることができるのです。

 世界で最初の発電所は、1892年、スイスのチューリッヒに、水力発電所の併設施設として建設されました。日本で最初の揚水発電所は、1934年4月に完成した長野県の野尻湖のほとりにある、池尻川発電所です。現在は、日本中で50カ所近い揚水発電所が稼働しています。

 また、沖縄では、下池の代りに海を利用し、海水を汲み上げて発電する海水揚水発電の実験が行われています。沖縄の場合は川がないので通常の水力発電設備がほとんどなく、また離島なので、本州ではあたりまえに行われている電力会社間の「融通」も不可能です。昼夜間の電力消費量のギャップを埋める調整用設備として期待されています。

■ 揚水発電は原子力発電所とセットなの?

 ところで、最近よく聞くのが、「揚水発電は昼間と夜間の電力需要のギャップを埋めるためのものであり、きめ細かい出力調整が難しい原子力発電所を活用するために建設された」「原子力発電と揚水発電はセットなので、原発が止まっている時は、揚水発電は利用できない」というものです。しかし、結論から言うと、これは正しくありません。

 このような誤解が生じたのは、「きめ細かな出力調整が苦手」という原子力発電の特徴が理由です。発電所にはそのエネルギー源によって、火力発電所、水力発電所、原子力発電所などがありますが、そのうち原子力発電所はその性質上、1日の中で出力を細かく調整するような運転は苦手です。一方、火力発電所や水力発電所は、燃やす燃料の量や流す水の量を調整することで、原子力発電所に比べると1日の電力需要に合わせて出力を上下しやすいという特徴があります。原子力発電所が動いていた時は、電力会社の発電設備は「原子力発電の出力はずっと一定のままにして、火力発電や水力発電などの発電量を調整することで“同時同量”を実現する」という考え方で運用されていました。

 それでも、昼間の電力が足りるように発電所の設備を調整すると、夜間の消費電力が少ない時には電気が「余る」状態になります。そこで、余っている夜間の電力を消費し、電気が不足気味な昼間に電力を補える、一石二鳥の設備として、揚水発電は有用でした。そういう意味では、「原子力発電を有効に活用するために利用されている」といっても間違いではありません。

 しかし、歴史的に見るとわかる通り、原子力発電が実用化されるよりもずっと前から揚水発電は世界でも日本でも運用されています。また、現在原子力発電所が一つもない沖縄でも揚水発電所は作られています。つまり、「揚水発電所は原子力発電所のための設備」と考えるのは誤りなのです。

 電源が何であっても、電気の需給調整に重要なのは、電力需要のピークを乗り切るための施策です。揚水発電はそのために重要な役割を果たしているのです。


著者プロフィール:板垣朝子(イタガキアサコ)
1966年大阪府出身。京都大学理学部卒業。独立系SIベンダーに6年間勤務の後、フリーランス。インターネットを中心としたIT系を専門分野として、執筆・Webプロデュース・コンサルティングなどを手がける
著書/共著書
「WindowsとMacintoshを一緒に使う本」 「HTMLレイアウトスタイル辞典」(ともに秀和システム)
「誰でも成功するインターネット導入法—今から始める企業のためのITソリューション20事例 」(リックテレコム)など

 

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