テクノ雑学

第188回 プラグイン・ハイブリッドと進化する電気自動車 〜HEVの元祖、レンジエクステンダー〜

ハイブリッド自動車のセールスが好調です。特に昨年の後半には、トヨタ自動車の「アクア」や本田技研工業の「フィット・シャトル・ハイブリッド」「フリード・ハイブリッド」など、手ごろな価格帯のコンパクトクラスにハイブリッド自動車の投入が重なったこともあってか、すでに乗用車市場の10%程度をハイブリッド自動車が占めている、という見解もあります。

 そんなハイブリッド自動車にとって、今後の重要な課題の一つとなっているのが、プラグイン・ハイブリッド(以下、Plug-in Hybrid Electric Vehicle=PHEVと略)化と、エクステンデッド・レンジEV(以下、Extended Range Electric Vehicle=EREVと略)化への展望です。今回は、このふたつの新しいハイブリッド自動車について取り上げてみましょう。

いろいろなEVとその課題

PHEVは、簡単に言うと従来のハイブリッド自動車より走行用バッテリの容量を増やし、さらに一般的なコンセントから走行用バッテリへの充電を可能にすることで、純粋な電気自動車(Battery Electric Vehicle=BEV)と従来型HEVの「いいとこどり」を目指したものです。BEVは、さまざまなエネルギーソースから作り出せる電気を使って走行でき、排気ガスなどの有害物質も出さないという、素晴らしい利点を持っています。ただし、走行用バッテリに蓄えておける電力には限りがあり、それを使い切ってしまうと自走できなくなってしまうのが最大の難点です。

 「エネルギー源」を使い果たすと自走できなくなるのは通常のエンジン自動車でも同じですが、エンジン自動車用のエネルギー補給施設、つまり、ガソリンスタンドは広く普及しており、また燃料を満タンまで補給するのに要する時間もせいぜい10分程度で済みます。対してBEVの場合、コンセントそのものはいたるところにあるものの、屋外でEVに充電するための設備はまだまだ普及しているとは言えません。また、充電には長い時間がかかります。走行用バッテリの容量にもよりますが、通常は「電欠」寸前の状態から満充電までに6〜8時間程度、急速充電器を使っても1時間程度かかってしまいます。さらに言うと、急速充電器はあくまで非常用のものと考えるべきであって、常に急速充電器で充電していると、バッテリの寿命に大きな影響を与えかねません。
 

■ 自家用車にはもってこいのBEV

 BEVはもともと、深夜帯などの余剰電力を有効活用することを前提に普及の構想が練られてきたもので、「昼間、せいぜい60km程度の距離を走行し、夜から朝にかけて駐車場で充電する」という使用サイクルを想定しています。具体的には、通勤や限定された地域内への配送業務、といった用途です。一回の充電あたりの航続距離は、搭載するバッテリの容量を増やせばいくらでも伸ばせますが、追加したバッテリ自体の重さによって「電費」がどんどん悪化するというジレンマがあるため、現在、実用化されているBEVでは、実走行でおおむね80〜100km程度を走れる分のバッテリを搭載するに留めています。

 このような使われ方に限るなら、BEVはまさに「最適」なクルマと言えるのですが、問題は「自家用車」として使われる場合です。一家に一台のクルマがBEVだった場合、週末にレジャーに出かけるにしても、出先は航続距離の範囲に限られることになってしまいますし、「この先に面白そうな施設があるようだから、ちょっと立ち寄ってみよう」といった行動も取りにくくなってしまいます。お盆や年末年始の帰省も、距離によっては現実的に不可能になるでしょう。せっかくの自家用車で、そのような行動の制限が課せられてしまっては面白くありませんよね。

 

■ 器用なPHEVとHEVの元祖であるLEEV


 PHEVは、そのようなBEVのジレンマを解消するための技術です。普段は「ゲタ代わり」として、せいぜい一日あたり50km程度しか走行しないが、たまに長距離も走る、といった用途には最適な形態かもしれません。「普段はEVとして使え、いざとなったら一般的なHEVに変身するクルマ」と考えてもいいでしょう。

 トヨタ自動車が、2012年1月31日から一般向けに販売を開始したPHEV「プリウスPHV」は、通常のプリウスに80kg分のリチウムイオンバッテリを増設し、走行用バッテリ容量を通常型プリウスの3.3倍となる4.4kW/hにまで増やしました。これによって、EV走行可能距離を公称26.4kmにまで伸ばしています。実走行では6〜7割程度にまで悪化するとしても、普段の一日あたり走行距離が15km程度なら電気だけで走行できる計算になりますし、それより長い距離を走るとしても、消費するガソリンの量は確実に減らせます。バッテリの技術が進化してより高密度化と低コスト化が進めば、より販売台数の多いクラスへの転用が期待でき、そうなれば、社会全体で消費するガソリンの量を飛躍的に削減できるはずです。


 一方、GMがシボレー・ボルトを発売したことで話題となったのがLEEVで、「エンジンとモータの両方を搭載しているが、駆動はモータだけで行う」タイプのHEVを指します。従来は「シリーズHEV」と呼ばれていましたが、最近はより実態に即しているという見地からLEEVと呼ばれるケースが増えてきました。

 なぜ、エンジンの力を駆動に使わないのかというと、LEEVは「BEVの航続距離を伸ばすための仕組み」として考案されたからです。一般的な自動車用エンジンは、停止から発進、急加速、高速走行といった、さまざまな走行シーンに対応する必要があり、そのために多彩な技術が投入されています。しかし、実はこのような「さまざまな状態への対応」は、エンジンにとって最も過酷な条件で、そのために燃費が悪化していると言っても過言ではありません。エンジンの効率が最も高まるのは、一定の回転数を保ったままで運転する「定常状態」で、高速道路を一定速度で走ると燃費が良くなるのはそのせいです。

 前述のとおり、LEEVはもともとが「BEV」であって、最大の弱点である航続距離を伸ばすために「発電機としてのエンジン」を搭載したものです。ガソリンなどの液体燃料は、電気やガスなど他のエネルギーソースに比べて、体積もしくは重量あたりで発生できるエネルギーの量がケタ違いに大きく、また現状でもインフラ整備が十分に進められていることから、BEVの航続距離延長に有効な手段として考案されました。定常運転が前提なら、エンジンの排気量は通常よりもずっと小さくて済みますし、複雑なメカニズムや制御も不要なので、コスト面でも大幅な低減が可能になります。

 余談ですが、実はLEEVはいわゆるHEVの元祖でもあります。1901年、オーストリア・ハンガリー帝国のローナー宮廷馬車製造工場が発売した「Semper Vivus」という電気自動車は、航続距離を伸ばすために発電用エンジンを搭載していました。そしてこのクルマを設計したのが、若き日のフェルディナント・ポルシェ博士であることは有名な史実です。

 自動車の燃費は、これから先もどんどん改善されていきます。そのためのキーデバイスとして、モータとバッテリの重要性は高まる一方です。HEVに関しては、新しいアプローチの技術もいくつか開発中で、特に小さなクルマに対しては現状のシステムよりも向いているのではないかと思われるものがいくつか存在するのですが、それらについては機会を改めての紹介とさせてください。


著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。
現在はMotorFan illustrated誌、日経トレンディネットなどに執筆。
著書/共著書/編集協力書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」「PC自作の鉄則!2005」(日経BP社)
「図解雑学・量子コンピュータ」「最新!自動車エンジン技術がわかる本」(ナツメ社)など

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