テクノ雑学
第187回 BSデジタル新チャンネルと高速モバイル通信の困った関係
2012年3月、BSデジタルテレビ放送の新チャンネル(BS21、BS23)が開局しました。ところが、試験放送を開始した2月下旬に、通信事業者から「BSデジタル新チャンネルの試験放送が原因で、自社で提供している高速モバイル通信サービスの一部に影響が出ている」という報道発表がありました。
その原因となっているのは、BSデジタル放送受信設備の工事不良でした。そこで、今回のテクの雑学では、なぜこのようなことが起ったのか、原因となる電波を出さないための対策について解説します。
なぜ周波数が違うのに干渉するの?
BSデジタル放送が使用している周波数は「Kuバンド」と呼ばれる周波数帯域のうち、12GHz近辺の周波数です。具体的には、BS21は12.09758GHz〜12.12458GHz、BS23は12.13594GHz〜12.16294GHzとなっています。
一方、今回影響を受けた高速モバイル通信サービスが使用している周波数帯は「1.5GHz帯」と呼ばれる帯域の一部で、上りが1427.9MHz〜1437.9MHz、下りが1475.9MHz〜1485.9MHzとなっています。
BSデジタル新チャンネルで使用している電波の周波数と、影響が出ている通信サービスの周波数は全く違います。にもかかわらず、干渉が発生したのは、BSデジタル放送の受信機の仕組みに理由があります。
BSに限らず、テレビ放送の受信機は、テレビ放送の電波信号をアンテナで受信し、その信号を「同軸ケーブル」というケーブルを使って受信機まで伝送しています。しかし、同軸ケーブルの性質上、高い周波数の電波は減衰しやすく信号が伝わらないという性質があります。そのため、BS放送など高い周波数を使う放送では、アンテナで受信した信号をいったんLNB(Low Noise Block)という機器で受け、低い周波数に変換する「ダウンコンバート」という処理を行い、周波数を下げて同軸ケーブルで伝送します。
LNBからダウンコンバートで出力される周波数は、受信した周波数から「局発周波数」という特定の周波数を引いた周波数となります。局発周波数は国や放送方式によって固定されており、変更できません。LNBは、受信周波数から局発周波数を引いた周波数に変換した信号を、同軸ケーブルに出力します。この出力をIF出力といいます。
日本のBS放送の場合は、局発周波数が10.678GHzとなっています。この数字を使って問題となっているBS新チャンネルのIF出力周波数を計算すると、BS21チャンネルのIF出力はBSデジタル21チャンネルでは1419.58MHz〜1446.58MHz、23チャンネルでは1457.94MHz〜1484.94MHzとなり、モバイル通信サービスが利用している帯域と重なります。
ちなみに、この1.5GHz帯は、国内の主な携帯通信事業者が、高速モバイル通信のサービスを行うために割当てられた帯域であり、今回影響を受けた事業者以外でも今年の秋以降にサービスを開始する予定が決まっています。その際には、同様の理由で、影響を受ける可能性があるのです。
■ 2008年にも発生していた問題
実は、1.5GHz帯の携帯電話とBSデジタル21チャンネル・23チャンネルの干渉問題の発生は、今回が初めてではありません。2008年にBSデジタル放送の試験放送を実施した際に、1.5GHz帯の電波を使用していた携帯電話サービスに影響が出たため、試験放送を直ちに中止したという経緯があります。
その後、総務省と関係事業者は原因を調査し、BSデジタル放送受信機から、IF出力が漏れていることが原因であることをつきとめました。同軸ケーブルは、ケーブルの外に信号を漏らさない構造になっているので、正しく工事されていれば干渉が起きることはありません。しかし、古いタイプのケーブルを直接接続する分配器や増幅器などの受信機器や、ケーブルの接続に接栓(接続用の金具)を使わない「手びねり接続」では、そこから電波が漏れて干渉の原因となっていたのです。
総務省と関係事業者は、2008年12月に「BS放送受信システムから携帯電話への干渉を防止するために」という文書を発表して、BS放送受信システムの施工事業者に工事の際の留意点を周知しました。その内容は、ブースターの利得(出力)を強くしすぎず適正に調整する、ケーブルの接続にはコネクタを使用するといったものでした。
また、同時に、干渉が発生しているエリアを実際に調査したところ、387エリア1,445世帯で電波漏れが発生していることを確認しました。発生原因の9割は古いタイプの増幅器と分配器によるもので、電波が漏洩しやすい直付け端子に起因するものでした。これらの世帯に対してでは、順次対策工事を実施し、2010年3月には対策終了を確認していました。
この間に、携帯電話側にも大きな変化がありました。2008年に1.5GHz帯の携帯電話で利用されていた「PDC方式」は、現在主流の方式よりも一世代前の方式でした。この方式は電波の利用効率が良くないことから、契約者は順次新しいサービスに移行してPDC方式のサービスは終了し、1.5GHz帯の電波はあらためてLTEやDC-HSDPAなど、新方式の高速な通信方式に割当てることが決まっていたのです。2010年3月末には、1.5GHz帯のPDC方式のサービスはすべて停止し、この帯域での携帯電話の電波は一旦止まりました。
その後、通信事業者各社は、1.5GHz帯で提供する高速通信サービスの準備を進めており、最初の事業者が2011年秋からサービスを開始していました。この周波数帯域は、現在爆発的に増加しつつあるスマートフォンやデータ通信用端末向けの高速通信用に新たに利用される予定になっており、既存の周波数帯域では電波が足りず、通信速度の低下などの問題を抱えている通信事業者にとっては、頼みの綱とも言える周波数帯です。この周波数帯で障害が発生して、データ通信が利用できなくなるのは、通信事業者にとって、またひいてはスマートフォンやデータ通信を利用する私たちにとっても、大きな問題なのです。
■ あなたの受信機は大丈夫?電波障害の原因にならないために
アンテナの接続工事は、引っ越しやテレビの買い換えなどのたびに発生します。2010年から2011年にかけては、地上波アナログ放送停止に合わせてテレビを買い換えた世帯も多いので、2010年3月までに対策工事を行った後、新たに行われた工事で、工事不良が発生した可能性があります。
とはいえ、最近の分配器や増幅器などの機器は、電波が漏洩しないような接続方式が採用されているので、専門知識を持った電気工事事業者が正しく接続していれば、電波が漏れることはありません。しかし、引っ越しなどで古い機器を利用者が自分で接続したようなケースや、古い家屋でアンテナからの同軸ケーブル自体が古くなっているようなケースでは、電波が漏れてしまう可能性もあります。
現在、総務省が点検実施事業者と協力して調査を行なっていおり、原因となっている世帯が特定できた場合は、協力を依頼して、対策工事を実施しています。利用者が自分で簡単にできる点検と対策もありますので、以下のような点について、調べてみましょう。
1)不要なL字型コネクタが壁のアンテナ端子に取り付けられている場合は、電波漏洩の原因となるので、撤去します。
2)室外のアンテナ線や、室内の壁のアンテナ端子から受信機までの間のケーブルを確認し、古くなっていたり、適切なものが使用されていない場合は交換します。なお、ケーブルには番号があるので、BS放送受信用に適切なケーブルかどうかを確認します。
また、交換時には、ケーブルの端にコネクタが付いたタイプを使用します。
3)ブースターや分配器などの機器に「デジタルハイビジョン受信マーク」がついているかを確認します。
一定以上の基準を満たす機器には、JEITA(社団法人電子情報技術産業協会)が認定した印の「DHマーク」がついています。使用している機器にDHマークがついているか確認し、ついていない場合はついているものに交換します。
これらの点検と対策を行う時に注意する必要があるのは、ケーブルの先端についたコネクタを壁や機器の差し込み口に指す程度のことは自分でやってもいいですが、それ以上のことは「無理に自分でやろうとしない」ことです。目安としては、「工具が必要になるような工事は電気店に依頼する」と考えればよいでしょう。
総務省と協力事業者からの設備点検依頼が来た時は協力しましょう。なお、点検のための費用が請求されることはありません。総務省では、万一請求された場合は支払わず総務省に連絡するように呼びかけています。
【 参考情報 】
■BS受信設備の点検へのご協力のお願い(出所:総務省)
一度は対策が終ったはずの干渉問題が再発してしまった理由は、BSデジタル放送受信機の工事不良だけではなく、携帯電話の通信方式や基地局の配置が変わったことも原因となっている可能性があります。いずれにせよ、関係者が協力して、一つずつ地道に原因を取り除いていくしかありません。電波の有効利用のために、利用者も、できる範囲で協力することが必要です。
著者プロフィール:板垣朝子(イタガキアサコ)
1966年大阪府出身。京都大学理学部卒業。独立系SIベンダーに6年間勤務の後、フリーランス。インターネットを中心としたIT系を専門分野として、執筆・Webプロデュース・コンサルティングなどを手がける
著書/共著書
「WindowsとMacintoshを一緒に使う本」 「HTMLレイアウトスタイル辞典」(ともに秀和システム)
「誰でも成功するインターネット導入法—今から始める企業のためのITソリューション20事例 」(リックテレコム)など
TDKは磁性技術で世界をリードする総合電子部品メーカーです