テクノ雑学

第170回 スマートフォンが無線ルーターに変身!〜テザリング機能〜

スマートフォンの売り上げが好調です。全国の量販店のPOSデータを集計した実売データベース「BCNランキング」によると、2011年6月に販売された携帯電話のうち、スマートフォンの占める割合が52.6%に達し、東京圏に限れば63.2%に至っています。この流れが今後も続くことは想像に難くありません。そこで注目しておきたいのが、「テザリング」と呼ばれる機能です。

 テザリングとは、「スマートフォンをインターネット接続用無線ルーターとして使う」機能です。2011年春モデルまで、携帯電話のキャリアが正式にテザリングを可能としていた機種はごくわずかでしたが、NTTドコモが2011年夏モデルとして発表したスマートフォン7機種に正式採用したことから、今後は標準的な機能になると予想されます。具体的な説明に入る前に、まずは現状のスマートフォンが備える「通信」機能についてまとめてみましょう。
 

スマートフォンが持つさまざまな通信規格


スマートフォンの特徴の一つに、多彩な通信規格に対応していることがあります。まずは当然ながら、携帯電話の基本機能である「移動体データ通信」規格に対応しています。現在、スマートフォンも含めて日本国内で販売されている携帯電話の通信システムは、無線通信と電気通信の国際的な標準化を促進する機関ITU(International Telecommunication Union:国際電気通信連合)によって策定された「IMT-2000(International Mobile Telecommunication 2000)」 規格、通称で3G(3rd Generation:第3世代移動通信システム)と呼ばれる規格に準拠したものです。3G規格の地上通信用システムにはいくつかの種類があり、NTTドコモ、ソフトバンクモバイル、イー・モバイルはその中の「IMT-DS(別名W-CDMA)」、auは「IMT-MU(別名CDMA2000 1x)」を使っています。さらに、海外ではまだ2Gと呼ばれる旧世代の規格が主流の地域もあるため、多くの携帯電話は海外使用時のために「GSM」方式の通信にも対応しています。

 また、ほとんどの機種が「3.5G」などと呼ばれる3Gの高速データ通信規格にも対応しています。NTTドコモが「FOMAハイスピード」、ソフトバンクモバイルが「3Gハイスピード」と呼んでいるのは、IMT-DSの規格に含まれる「HSDPA(High-Speed Downlink Packet Access)」で、ソフトバンクモバイルはより高速な送受信が可能なDC-HSDPA(Dual Cell High Speed Downlink Packet Access)規格による「ULTRA SPEED」サービスも展開しています。auの「WIN HIGH SPEED」は、IMT-MUに含まれる「CDMA2000 1x EV-DO(Evolution Data Only/Optimized Rev.A)」と呼ばれる規格の拡張版です。3.5G高速通信の仕組みについては以前に取り上げているので、詳細はそちらをご参照ください。
 

【 参考リンク 】

■テクの雑学 第83回 「逆転の発想で高速化!−携帯電話3.5G方式『HSDPA』の仕組み−」


 次にあげられるのが「Bluetooth」用の通信機能です。Bluetoothは近くにあるデジタル機器間でワイヤレス接続を行うための短距離無線通信技術で、IEEE(Institute of Electrical and Electronic Engineers:電気電子学会)によって「IEEE 802.15.1」として標準化されています。代表的な用途は、パソコンやスマートフォンにワイヤレスキーボードやヘッドセットなどの周辺機器を接続するケースです。

 ここまでは、従来型の携帯電話でも対応しているものが珍しくありませんでしたが、スマートフォンの場合、ほぼすべての機種がWi-Fi(Wireless Fidelity)にも対応していることが大きな特徴の一つです。Wi-Fiはいわゆる「無線LAN」のことで、コンピュータネットワークのLAN(Local Area Network:構内/狭域通信網)分野を無線通信化する技術ですが、関連機器メーカーなどで組織する業界団体Wi-Fi Allianceが相互接続性の認定に使う「Wi-Fi」という言葉が、関連技術に関する愛称として使われるようになっています。ちなみに、IEEEでは「IEEE 802.11」シリーズとして策定しています。

 Wi-Fiに対応したことで、スマートフォンは広範な場所で使える3G回線によるインターネット接続と平行して、Wi-Fi接続が可能な場所ではブロードバンド回線を利用しての高速通信も可能としているのです。

 また、auが扱っているスマートフォンの一部機種は「モバイルWiMAX(Worldwide interoperability for Microwave Access)」にも対応しています。WiMAXは、LANより広範囲かつ高速での通信を実現するコンピュータネットワーク技術の概念MAN(Metropolitan Area Network:都市規模通信網)を無線通信で実現するための技術で、IEEEでは固定用のものを「IEEE802.16-2004」、移動体通信用を「IEEE 802.16e」として策定しています。WiMAXについては以前に取り上げているので、詳細はそちらをご参照いただければと思います。
 

【 参考リンク 】

■テクの雑学 第78回 「より高速かつ広域な通信網の実現に向けて−WiMAXの可能性−」


 これら多数の無線通信技術を扱えることで、スマートフォンは従来の携帯電話では不可能だった使い方が可能となりました。たとえば、Bluetooth対応キーボードを持ち歩けば、メールや各種SNSサービス、ブログ更新などの入力が素早くスムーズに行えます。また、自宅や仕事場などにWi-Fi対応の高速インターネット接続環境があれば、それを利用して3G回線より大幅に高速なインターネット利用が可能になります。WiMAX対応機種なら、Wi-Fiに頼らない無線高速アクセスも可能となります。

■ スマートフォンがルーター代わり?

 



 テザリングもWi-Fi対応によって実現した機能の一つで、「モバイルルーター機能をスマートフォンに内蔵したもの」と考えてもいいでしょう。たとえば、アップルコンピュータのタブレットPC「iPad」には、3G回線への接続機能を持たず、Wi-Fiでのみ外部と通信できる機種があります。インターネット接続に関しては、自宅などの無線LAN環境を介することを前提としているわけです。外出中のインターネット接続は、「ホットスポット」などの公衆もしくは会員制Wi-Fi接続サービスのアクセスポイントを利用することになります。最近はファストフード店などが提供する無料の公衆Wi-Fi接続サービスも増加中なので、それらをうまく利用できれば、外出時のインターネット利用にも不自由しなくて済みます。

 しかし、いついかなる時でもそのようなサービスを提供している店舗を見つけられるとは限りませんし、電車などでの移動中には利用できません。そのような状況でもインターネット接続したい場合、最も確実性の高い手段が「モバイルルーター」と呼ばれる製品を使うことです。

 ここ数年の間で携帯電話のキャリア各社が扱い始めたモバイルルーターは、Wi-Fi対応のデジタル機器から、移動中でもインターネット接続を可能とすることを目的とした商品です。従来からあった「データ通信専用端末」を、Wi-Fi対応かつ複数機器からのアクセス可能としたもの、と言ってもいいでしょう。LAN側(ノートPCやiPadなどのタブレットPC、または通信機能付きの携帯ゲーム機など)とはWi-Fiで接続し、WAN=インターネット側とは3Gもしくは3.5G回線を使ってデータをやりとりできるようにするための製品です。
 もちろん3G回線の電波が届かない場所では利用できませんし、通信速度は3G回線もしくは3G高速通信規格の上限に制限されてしまいますが、3Gの電波が届く場所ならどこでも、ノートPCや携帯ゲーム機などでインターネット接続が実現できるというのは、非常に利便性の高いサービスと言えるでしょう。

 こうなると、「携帯電話自体にモバイルルーターの機能を統合すればいいじゃないか」という発想が出てくるのは自然な流れです。それを実現させたのが、スマートフォンの持つテザリング機能というわけです。

■ 便利なテザリング機能とその課題


 スマートフォンとノートPCなどの外部機器との間をWi-Fiで接続し、それらの機器からのリクエストに応じてインターネットとの間を3G回線でやりとりする「ルーター兼ハブ兼モデム」機能を搭載すれば、スマートフォンそのものがモバイルルーターとして機能します。もしくは、スマートフォンと外部機器の間をBluetoothで接続する、という手もあります。スマートフォンは、メールのやりとりやWeb閲覧、SNSの利用などについては「簡易PC」的な役割を十分に果たしてくれますが、長文の入力や、少々複雑な作業に関しては、やはりノートPCやタブレットPCの方が作業効率が高まるものです。言い方を変えれば、テザリング機能の実現によって、ノートPCやタブレットPCとスマートフォンの両方を持ち歩く意義が高まったとも言えるでしょう。

 ユーザーにとっては非常に便利なテザリング機能ですが、携帯電話のキャリア側にとっては困ることもあります。その筆頭が、通信データ量の増加です。スマートフォンはインターネット系サービスの機能をほぼPCと同様に扱えるため、通信データ量が従来の携帯電話に比べて大幅に増加し、通信回線の容量を逼迫させてしまいがちです。各キャリアにとって、スマートフォンの普及にともなう回線容量の確保は大きな課題で、アメリカではすでに大手の携帯電話キャリアがパケット定額制をやめて従量課金に切り替えてしまいました。日本でも、遠くないうちにパケット定額制の見直しがあるのではないかとの噂があります。

 対策の一つとして、NTTドコモのように携帯電話キャリア自らが公衆Wi-Fiアクセスポイントを提供する方法があります。データ通信については、なるべくWi-Fi→ISPの経路を使うことで、3G回線容量を確保するわけですが、Wi-Fiのアクセスポイントさえ増えればユーザーにもメリットのあることなので、その方向での展開は歓迎できます。また、auのようにWiMAXを併用可能としたり、NTTドコモの「Xi(クロッシイ)」のようなLTE(Long Term Evolution:4Gとも呼ばれる次世代の通信規格)への対応が進むことも予想されます。

 テザリングによって、スマートフォンは「せっかくノートPCを持ち歩いているのに、インターネットに接続できない……」といった事態を解消するための機器にもなりました。スマートフォンへの乗り換えを迷っている方は、ぜひ家電量販店などに出向いて、テザリングの便利さを一度体験してみてはいかがでしょうか。ただし、同時にかなりの高確率でタブレットPCやモバイル用ノートPCが欲しくなってしまうのが、難点と言えば難点かもしれませんが。



著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。
現在はMotorFan illustrated誌、日経トレンディネットなどに執筆。
著書/共著書/編集協力書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」「PC自作の鉄則!2005」(日経BP社)
「図解雑学・量子コンピュータ」「最新!自動車エンジン技術がわかる本」(ナツメ社)など

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