テクノ雑学

第144回 過給、直噴に続く、次世代自動車エンジン 〜ノンスロットルエンジン〜

ここ数年の間に登場した新型の自動車用エンジンには、燃費性能を高めることを目的としたさまざまな新技術が投入されています。たとえば、第134回でとりあげた「ガソリン直噴」や、第116回でとりあげた「新発想の過給」などがその代表といっていいでしょう。そしてもうひとつ、今後のキーテクノロジーとなるのが、エンジンの「ノンスロットル化」です。

 「ノンスロットル」エンジンは、その名の通り、「スロットル」を持たないことが特徴です。では、スロットルとは何か? また、なぜ、それをなくすことで燃費性能が向上するのか? まずは基本的なところから説明しましょう。

エンジンの高出力化って?

 一般的なエンジンは、空気と燃料を混ぜて霧状にした「混合気」を内部に吸い込み、それを圧縮してから点火して燃焼させ、温度上昇による膨張圧力を運動エネルギーとして取り出す装置です。つまり、エンジン性能の指標のひとつである「出力」の大きさは、一度の燃焼で生じる膨張圧力の大きさに比例します。そして、燃費性能と高出力化は相反するものではありません。

 以前の「高出力エンジン」は、エンジン回転数が6,000rpmといった領域で大きな出力を発生するように設定されていました。しかし、そのような回転域は現実の路上ではほとんど使いません。高速道路で本線に合流する場合や追い越しなどの場合を除けば、ほとんどすべての時間、エンジン回転数が3,000rpm以下の領域で走行しているはずです。そして、高回転高出力型のエンジンは、日常的に多用する3,000rpm以下で有効な出力を発生させにくくなります。逆に、3,000rpm以下で必要十分な出力を発生させられるエンジンは、不必要なアクセル操作をしなくてすむといった利点から、結果的に燃費性能も向上します。ですから、本稿で「高出力化」という場合は、「日常的に常用するエンジン回転域で高い出力を発生すること」と考えてください。
 

■ 吸い込む空気の調整役、スロットルバルブ

 さて、膨張圧力を高めるためのアプローチは大別すると二つあり、1)一度の燃焼で燃やす燃料の量を増やす、2)吸い込んだ混合気をより強く圧縮する、ということになります。しかし、2)には限界があります。気体を圧縮すると温度が上昇することが原因です。混合気は燃料を含んでいるため、圧縮によって上昇した温度が燃料の着火点を超えてしまうと、点火プラグで火を着けなくても自然に燃焼が始まる「自着火」現象が起こります。自着火は異常燃焼を招きやすく、最悪の場合は火炎の伝播速度が音速を超えてしまい、衝撃波でエンジンが破損してしまうような事態に至るのです。
 ちなみに、第134回でとりあげた「ガソリン直噴」の意義は、圧縮を高めることでした。最初に圧縮するのは空気だけなので、温度が高まっても自着火は起こりません。そこに燃料を直接噴射し、燃料の蒸発潜熱によって混合気の温度を低下させれば、高圧縮状態でも異常燃焼が起きにくくなります。こうすることで、高圧縮化=高出力化=高効率化=燃費性能向上を図っているのです。

 ということで、残るのは1)のアプローチです。その実現のために最も手っ取り早い方法は、シリンダーの容積(エンジンの排気量)を大きくして、より多くの空気を吸い込むことです。ある体積の空気に混合できる燃料の量には上限がありますから、1回あたりの燃焼でより多くの燃料を燃やすには、エンジン内により多くの空気を吸い込む以外に手はありません。これをより積極的に行うための機構が、第116回でとりあげた「過給」です。

 つまり、「エンジンの出力は、吸い込む空気の量によって増減する」ということができます。そして自動車用エンジンには、停車状態から高速走行、急加速など、走行状況ごとに必要な出力を、適切に発生する「出力調整」が求められます。
 この出力調整を行うため、エンジンは吸気経路の途中に「スロットルバルブ」と呼ばれる連続可動式の弁を備えています。この弁を連続的に開閉することで空気の流路を増減させて、エンジンに吸い込まれる空気の量=そこに混合される燃料の量を調整し、出力を増減させているのです。


 さて、エンジンの出力を左右する要素は、実はもう一つあります。それは各種の「損失」で、これも二つに大別できます。まず、「熱損失」と呼ばれるものです。燃料が持っている化学エネルギーの大部分は、燃焼という化学変化を通じて熱エネルギーや音エネルギーに変換されるので、その分、運動エネルギーとして取り出せる量が目減りしてしまいます。

 もう一つは「機械損失」です。エンジンは多数の部品が内部で稼働しているわけですが、まずはそれらを動かすためにエネルギーを使わなければなりません。また、すべての稼働部分には摩擦が生じ、それによって運動エネルギーが熱エネルギーに変換されてしまいますから、ここでも損失が生じます。さらに、エンジン自体を正常に運用するためには潤滑や冷却が不可欠ですが、そのために備えている機構の駆動にもエンジンの出力が割り振られます。

 エンジンの出力(=効率)は、一定量の燃料から取り出せるエネルギーの大きさによって決まります。つまり燃焼による膨張力が同じなら、各種の損失が少ないほうがより多くの出力を取り出せますから、効率が高いことになるわけです。

■ 発熱ロス低減とエンジンの出力調整の両立は困難



 さて、機械損失の中でも、地味ながらやっかいなのが「ポンプ損失」と呼ばれるものです。エンジンは内部に密閉されたシリンダーを持っていて、その内部ではピストンが上下しています。空気は、ピストンが下降する際に生じる負圧によってエンジンの内部に吸い込まれます。この過程は注射器をイメージすると理解しやすいでしょう。注射器の針を挿し込む「口」の部分が開放されている状態でピストンを引っ張ると、注射器のシリンダー内部に空気が吸い込まれます。そして任意の場所でピストンを引っ張ることをやめると、ピストンはその位置に留まったままになります。何を当たり前のことを……と思うかもしれませんが、まずはこの状態をしっかりイメージしてください。

 次に、「口」の部分を指などで半分だけふさいだ状態でピストンを引っ張ってみましょう。口が開放されている時より、ピストンを引くのに必要な力が大きくなるはずです。そして、次は「口」を全部塞いだ状態でピストンを引っ張ってみます。すると、引っ張るのにさらに大きな力が必要になりますが、全開状態と半開状態ではシリンダー内部が大気圧状態になっているのに対し、この状態では負圧になっていますから、ピストンを離すと、勝手に元の位置まで戻ります。

 ピストンを引っ張って、元あった位置から動かすために必要な力を「仕事」という言葉に置き換えてみます。物理学で言う「仕事量」は、力×時間で示されるエネルギーの大きさですが、ここでは便宜上、時間については考えないことにしておきます。

 さて、「口」が全開の時に必要な仕事は小さくて済みますが、「口」半開の時に必要な仕事はそれより大きくなります。そして、「口」全閉の時にはさらに大きな力が必要になりますが、その仕事は負圧によって相殺されるので、ピストンを離せば元の位置に戻ります。つまり、仕事全体の量は最も小さいことになります。さて、ここからが本論です。

 エンジンが吸気行程で空気を吸い込んでいく時、吸気経路上にあるスロットルバルブの存在そのものが大きな吸入抵抗を生み、機械損失を増やします。注射器の例でいうと、指で「口」を半開にしている状態に該当すると考えてください。また、ここで生じる損失を「ポンピングロス」と呼びます。エンジンの効率を高めるためには、このポンピングロスを低減することが大きな課題となります。できればスロットルバルブをなくしてしまいたいのですが、そうするとエンジンの出力を調整するために別の機構が必要になります。しかし、スロットルバルブと同等以上に簡便で信頼性の高い機構が実用化されなかったため、エンジン技術者は仕方なしにスロットルバルブを使い続けてきたわけです。

■ 大手自動車メーカーも続々と市場へ投入する、ノンスロットル

 そこに一石を投じたのが、BMWが2001年に発表した「バルブトロニック」という機構です。これはエンジンの出力調整、すなわち吸入空気量を調整するため、吸気バルブの開閉するタイミング(開角)と、そのリフト量を連続可変化し、エンジンをノンスロットル化した機構です。シリンダー内のピストン下降時、バルブが開いている時間が長く、リフト量が大きいほど、多くの空気を吸い込むことができます。このことを利用し、バルブトロニックはスロットルバルブに頼ることなく、エンジンの出力を適切に調整することに成功したのです。

主カムは、通常はその動きを直接ロッカーアームに伝えることでバルブを駆動する。この場合、バルブの開角とリフトは、カムの形状によって1パターンのみに制限される。そこで主カムとロッカーアームの間に揺動カムを設け、これを電動モータなどで連続的に制御することで、主カムからロッカーアームへ伝わる力のタイミングと大きさを連続的に変化させる。これによってシリンダー内への空気流入量を調整し、スロットルバルブを不要としてポンピングロス低減を図ることが、ノンスロットルエンジンの意義である。

 バルブの開角とリフト量を連続可変化するため、バルブトロニックが採用したのが「ロストモーション機構」と呼ばれるものです。構造そのものはそう複雑ではなく、バルブを駆動するための主カムとバルブ駆動機構(ロッカーアームなど)の間に、「揺動カム」などの機構を介在させたものです。揺動カムは電動モータなどで制御され、カム角が特定の範囲にある状態では、主カムの動きのうち特定の割合がバルブ駆動機構に伝わらない状態になります。つまり、主カムの動き(モーション)が失われる(ロストする)ことから「ロストモーション機構」と呼ばれるわけです。動きがロストした分、バルブ開角やリフト量が小さくなることで吸入空気量が制限され、連続可変動作することで、滑らかな出力調整が可能になるわけです。

 BMWの発表によると、初代バルブトロニックの採用によって、燃費は5〜10%程度の向上を実現できたとしています。また、2007年からは機構をさらに改良した第2世代のバルブトロニックが市場投入され、こちらは第一世代に比べてさらに数%程度の燃費向上を達成したとされています。

 現在はトヨタ、日産、アルファロメオなども、それぞれ独自の機構によるノンスロットルエンジンを市場に投入し、燃費性能の向上を実現しています。なお、現時点で市販されている「ノンスロットル」エンジンの多くは、万一の場合の安全性確保のためにスロットルバルブを備えているので、厳密にはノンスロットルとは言えないのですが、通常は抵抗が最小の状態で固定され、出力調整には寄与しません。

 余談ですが、ノンスロットルエンジンの先駆者であるBMWは、2009年から直噴、過給、ノンスロットルのすべてを盛り込んだエンジンを市場に投入しています。このエンジンを搭載したクルマに試乗したことがありますが、わずか3リッターの排気量で車両重量2トンもの巨体を軽々と加速させてしまうだけでなく、レスポンスもフィーリングも上々、そして肝心の燃費も都内の渋滞路を含めて燃料1リットルあたり8km程度、高速道路の巡航だけなら1リットルあたり12km以上も走ってしまうという、素晴らしい性能を発揮していました。
 今後、世界各地で燃費規制がますます厳しくなります。それをクリアした上で、なおかつ「走る歓び」を実感させてくれる高性能エンジンの開発が望まれます。そんなエンジンを実現するため、ノンスロットル化は重要なカギとなる技術です。これから市場に投入されるエンジンで、各メーカーがどんな工夫をこらしてくるのか、楽しみにしていきたいと思っています。


著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。
現在はMotorFan illustrated誌、日経トレンディネットなどに執筆。
著書/共著書/編集協力書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」「PC自作の鉄則!2005」(日経BP社)
「図解雑学・量子コンピュータ」「最新!自動車エンジン技術がわかる本」(ナツメ社)など

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