テクノ雑学

第145回 ブブゼラの音を消す技術

ワールドカップ南アフリカ大会で一躍有名になった管楽器「ブブゼラ」。南アフリカの人々のサッカー観戦には欠かせない楽器ですが、テレビ中継を見ている各国のサポーターたちからは「耳鳴りのようだ」「頭が痛くなる」など、あまり評判がよくなかったようです。

 フランスの有料放送局では、中継時に、歓声や中継の音声にはほとんど影響を与えないでブブゼラの音だけをカットして放送することに成功したというニュースが話題になりました。今回のテクの雑学では、特定の音だけを「消す」技術について紹介しましょう。

そもそもブブゼラってどんな楽器?

音を消す技術について説明する前に、ブブゼラという楽器がどんな「音」を出しているのかについて説明しましょう。

 ブブゼラとは、まっすぐで先が広がった「ラッパ」のような形の管楽器です。現在使われているものは、ほとんどがプラスチック製です。


 ブブゼラの起源としてよく言われるのが、村の人々を集めるために、クドゥというヤギの一種の角で作った角笛を吹いたのが始まりとする説です。また、南アフリカのあるキリスト教教会の創始者が約100年前にレイヨウの角を使って発明したとする説や、自分がブブゼラの発明者であると主張するサッカーファンもいて、論争が起きています。

 起源はともかく、ブブゼラが南アフリカでサッカーの応援に広く使われるようになったのは1997年頃です。当時はスズ製のものが主流でしたが、2001年に安価なプラスチック製のブブゼラが発売され、爆発的に広まりました。


■ 管楽器の音を決める「基音」と「倍音」

 ブブゼラの管の細い方の吹き口は、金管楽器の「マウスピース」のような形状になっています。マウスピースの中で唇を震わせることで、楽器の管の中の空気を震わせ音を出します。トランペットやホルンなどの金管楽器と同じ原理です。

 管楽器では、管の長さに対応した波長をもつ振動が、共鳴して(強め合って)増幅され、それ以外の波長の振動は打ち消し合うことで、音の高さが決まります。その結果、管の長さに対応した波長の音波が残ります。

 共鳴する波長は、ブブゼラのような構造の管楽器の場合、管の長さの2倍の整数分の1の波長となります。すなわち、管楽器に共鳴する音波のうち、最も長い波長は、管の長さの2倍となり、その2分の1、3分の1の波長の音もまた共鳴します。

 音の高さ、すなわち周波数は、音の伝わる速度を波長で割ったものであり、波長と周波数は一対一に対応します。管楽器の音は、管の長さの2倍の波長に対応した周波数の音と、その整数倍の周波数の音が混じり合っています。最も低い周波数の音を「基音(きおん)」、基音の整数倍の周波数の音を「倍音」といいます。倍音の混じり具合によって、楽器独特の音色が決まるのです。

 では、ブブゼラの音は、どのような周波数から構成されているのでしょうか。


(ウィキペディアより転載・(CC)Pepre)


 このグラフから、ブブゼラの基音にあたる周波数は233Hzであり、その倍音にあたる466Hz、932Hz、1,864Hzのところにも山がある、すなわち倍音が鳴っていることが分かります。

 このようなブブゼラの音を消すことに成功したフランスの放送局が使用した技術について、詳しいことは報道されていませんが、同時に聞こえるさまざまな音の中から特定の音だけを消すには、いくつかの方法があります。
 

■ 特定の周波数をカットする「ノッチフィルタ」

 ブブゼラの音の周波数が分かれば、ピンポイントでその周波数の音だけをカットすることで、その音は聞こえなくなります。ブブゼラの音を消したい場合は、233Hz、466Hz、932Hz、1,864Hz近辺の周波数の信号レベルだけを極端に落とすことで、ほとんど聞こえなくなります。

 

(ウィキペディアより転載・(CC)Pepre)


 特定の周波数の音だけを除去する簡単な方法は、録音時もしくは再生時に、特定の周波数の音波だけを通さない「フィルタ」を使用することです。このような目的には、特定のきわめて狭い幅の周波数の信号を除去する「ノッチフィルタ」を使用します。

 ノッチフィルタは、ハム音(マイクの入力音に、交流電流の周波数と同じ周波数の“ブーン”という音が混ざる現象)を消すためによく用いられています。同じ方法を、ブブゼラの周波数に対して適用するわけです。

 ただし、この方法では、440Hz付近が中心となっている人の話す声もフィルタされてしまい、アナウンサーの声などに若干影響が出ることになります。いかに影響が出ないように、カットする周波数の幅やカットするレベルを調整するかが、技術者の腕の見せどころになります。
 

■ ノイズキャンセラの仕組みを使う

 ノッチフィルタよりも、もっとピンポイントにブブゼラの音だけを消すのに使えるのが、「ノイズキャンセラ」の仕組みです。鳴っている音の中から、ブブゼラの音の信号を取り出して、それを打ち消す(逆位相の)音声信号を混合することで、ブブゼラの音だけを聞こえなくします。



 この技術は、狙った音だけを消し、他の音には影響を与えません。周囲の音を消す消音ヘッドホンや、サラウンドヘッドホン、消音楽器などで使われている技術です。

 同じ方法で、周囲の雑音を消して人の声をクリアに聞きとれるようにするため、補聴器や音声認識システムにも使われています。
 

■ 自分で音を消す工夫

 また、これらの技術と同じ原理を使って、ブブゼラがそのまま聞こえるテレビ放送の音声から、ブブゼラの音だけを小さくすることに挑戦した人たちもいました。

 ノッチフィルタと同様の効果を得るためには、周波数帯ごとに信号の強さを調整するイコライザ機能を使い、該当する周波数帯の出力レベルをピンポイントで下げます。細かい調整ができない場合でも、周波数帯ごとにレベルを調整できるイコライザ機能があるテレビであれば、300Hz帯の音量を下げることで、簡易的に233Hzと466Hzをフィルタすることができるので、ブブゼラの音は聞こえにくくなります。実際にこの方法を試して、成果を公開していたブログもありました。

 また、ブブゼラと逆位相の音を発生することで、ノイズキャンセラ効果が出ると銘打って、ステレオシステム、コンピュータ、携帯電話などで再生するための音声ファイルが販売されていました。ただしこの商品について、専門家は「ノイズキャンセリングのためには聞こえてくる方向をきちんと合わせることが重要なので、ほとんどの場合効果が感じられないだろう」というコメントをしています。

 最後の音声ファイルはともかくとして、こうした技術を使うことで、混じり合って聞こえているさまざまな音の中から、特定の音だけを消すことができるようになります。映像や音声コンテンツのさまざまな楽しみ方を可能にする技術です。


著者プロフィール:板垣朝子(イタガキアサコ)
1966年大阪府出身。京都大学理学部卒業。独立系SIベンダーに6年間勤務の後、フリーランス。インターネットを中心としたIT系を専門分野として、執筆・Webプロデュース・コンサルティングなどを手がける
著書/共著書
「WindowsとMacintoshを一緒に使う本」 「HTMLレイアウトスタイル辞典」(ともに秀和システム)
「誰でも成功するインターネット導入法—今から始める企業のためのITソリューション20事例 」(リックテレコム)など

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