テクノ雑学

第136回 最先端の機能を支える光化学反応 − クリーンエネルギーをもたらす光触媒作用 −

日中の陽射しがすっかり春めいてきましたが、花粉の影響を受ける体質の方々には、たいへん悩ましい季節の到来だとお察しします。最近は各種の花粉対策グッズによって、ずいぶんと症状が軽減される例も少なくないようですね。毎年、かなり重い症状に苦しめられていた知人も、昨年から外出時に「光触媒」を利用したマスクとゴーグルを着用するようにして、ずいぶん楽になったと喜んでいました。

(注)イラスト出典元:佐藤しんり「光触媒」ナツメ社、2004年。
原子核と電子の間の引力=クーロン力(P.51)、電子のエネルギー準位を示す図(P.99)、固定のバンド構造と光触媒の励起(P.101)、触媒反応が起こる仕組み・超親水性(P.135)
 

光化学反応と酸化チタン

光触媒(Photo catalyst) とは、その名の通り、光を照射すると触媒作用(化学反応の進行速度に影響を与える作用)を起こす物質です。光触媒作用を起こす物質は複数知られていますが、現時点で実用化されているのは「酸化チタン」を利用したものだけです。
 二酸化チタンとも呼ばれるこの物質は、正式名称を「酸化チタン(Ⅳ)」といい、化学式ではTiO2となる金属酸化物です。特に珍しいものではなく、化学製品などを白色に着色する顔料として一般的に用いられています。また、身近なところでは化粧品にも多用されます。光の屈折率が非常に高いことと、物体の表面の微細な凹凸をカバーして被覆する力が強いことから、ファンデーションには不可欠な材料となっていますし、紫外線吸収/散乱効果の高さを利用してUVケア製品にも用いられています。

 そんな酸化チタンは、「光伝導性物質」であり、それがゆえに「光化学反応」を起こす特徴を持っています。酸化チタンに光(紫外線)を当てると、その表面に強力な酸化力を生じて、接触してくる有機物や細菌などの有害物質を除去します。その機能としくみについて、順を追って説明してみましょう。
 

■ 物質の中身とエネルギーの働き

 物質は、固体の状態で電気を通すか否かによって、3種類に分類することができます。電気を通す「導電体」、電気を通さない「絶縁体」、条件しだいで電気を通したり通さなかったりする「半導体」です。
 導電体は、個々の原子に束縛されず、自由に動き回れる「自由電子」を持つ物質です。導電体に電圧をかけると、電位差によって自由電子が一定の方向に動くことで電荷を運びます。これが「電気が流れる」状態です。絶縁体は自由電子を持たないため、電荷を運ぶものがいない物質ということになります。そして半導体は、温度などの条件によって自由電子の有無が変化する物質で、酸化チタンは半導体に属します。

原子核と電子殻の関係。電子殻とは、原子の構造に用いる概念で、いくつかの電子軌道をまとめたもの。原子核に近い方からK殻、L殻、M殻とされる。それぞれの電子殻の上にいる電子は、「クーロン力」によって原子核との間で引き合っている。原子核と電子の距離が近いほど、その間に働くクーロン力が大きくなり、逆に原子核と電子の距離が離れるほど、電子の持つポテンシャルエネルギーが大きくなる。


 ここは大事なところなので、少していねいに説明しましょう。物質の原子核のまわりには電子が存在しますが、安定していられる位置は特定の範囲に限られます。その範囲を示すのが「電子軌道」で、電子はその上に位置しています。
 原子核と電子は、互いに「クーロン力」によって引き合っています。この状態は、物質にはたらく「位置エネルギー」に相当する「ポテンシャルエネルギー」を電子が持っている状態で、原子核から遠い位置にある電子ほど、ポテンシャルエネルギーが大きくなります。


 原子核と電子の距離を表すものが「エネルギー図」です。単体の原子の場合は、電子殻の位置によって決まる特定の高さの線で表されます。この高さはポテンシャルエネルギーの大きさを示し、「エネルギー準位」と呼びます。
 単体ではなく、結晶状態の物質の原子の場合は、同程度のエネルギー準位(電子が持つことのできるエネルギーの大きさ)を持つ原子やイオンが結合し、相互作用している状態なので、エネルギー図は線ではなく、ある程度の幅を持って分布します。これを「エネルギーバンド」と呼びます。また、バンドとバンドの間には電子が入り込めない「バンドギャップ」が存在します。
 

導電体は、一部にしか電子が詰まっていないエネルギーバンド「伝導帯」を持ち、電圧をかけると、ここにいる自由電子が一方向に電荷を運ぶことで通電する。半導体の場合は、空帯だったバンドに励起した電子が入り込むことで伝導帯と同じ状態となる。また、励起した電子がもともといた位置にできる「正孔」も通電に寄与する。


 導電体のエネルギーバンドの構成は、原子核にいちばん近い=エネルギー準位が低いバンドである「充満帯」と、そのすぐ上のバンドとの距離が短く、さらに上のバンドである「伝導帯」には、一部にしか電子が詰まっていません。伝導帯の中の電子は、バンド中の空きスペースを自由に動き回ることで電荷を運ぶ、つまり電気が流れるわけです。

 これに対して、半導体のバンド構成は、充満帯(価電子帯)とすぐ上のバンドとの間のバンドギャップが大きく、さらに上のバンドは電子が入っていない「空帯」になっています。絶縁体では、さらにバンドギャップが大きくなります。
 さて、電子はなんらかの条件によって、よりエネルギー準位の高い状態になることがあります。この状態を「励起」と呼びます。励起によってエネルギー準位の上がった電子は、より上位のエネルギーバンドに入ります。半導体の場合、たとえば熱エネルギーを得て励起した電子が空帯に入り込むことで伝導帯と同じ状態になり、その中を電子が動きまわって電荷を運ぶようになります。つまり通電できるようになるのです。絶縁体の場合は、バンドギャップが非常に大きいため、電子が励起しても空帯に入り込むことができず、電気は流れません。

 酸化チタンの場合は、充満帯にいる電子が光のエネルギー(光子エネルギー)を吸収することで励起し、空帯に入り込むことで伝導帯化します。また、その電子が元々いた場所には「正孔」と呼ばれる穴が開くのですが、この穴はプラスの電荷を持って、電気を伝えることに寄与します。このように、光を当てることで電気を通すようになる物質を「光伝導性物質」と呼びます。ただし、可視光線や赤外線の波長では、電子が空帯に入るだけのエネルギーを与えることができません。そのエネルギーを与えるには、波長380nm程度の光、つまり紫外線が必要なのです。
 

■ 触媒反応の仕組みを利用した身近な機能性商品

 さて、次は触媒反応が起こるしくみです。酸化チタンの電子が励起すると、電子ならびに正孔と空気中の酸素が反応して、活性酸素が生じます。この活性酸素が、周囲の有機物を強力に酸化させて、水や二酸化炭素などの無機物にまで分解していくのです。
 このメカニズムについてはいくつかの説があります。定説化しているのは、酸素分子と励起した電子が反応して「O2-」を作り、それが次に正孔と反応して一つひとつの酸素原子に分かれ、さらに「原子状酸素」などの非常に酸化力の強い物質が生成される、とするものです。他にも「スーパーオキサイドイオン」や「水酸ラジカル」という物質や、さまざまな種類の活性酸素が影響するとしている説もあります。

光触媒の電子に励起が起こると、電子や正孔と空気中の酸素が反応して活性酸素を精製する。活性酸素は強い酸化力を持ち、表面に接している有機物を酸化還元反応によって無機物にまで分解する。また、親水基の発生によって生じる超親水性を利用すれば、建物表面の汚れを洗い流す効果も得られる。

 これらの活性酵素は、接触している空気中のNOx(窒素酸化物)やSOx(硫黄酸化物)、ホルムアルデヒドなどの有害物質や細菌などを除去して浄化したり、また悪臭の元であるアセトアルデヒド、アンモニア、硫化水素などを分解することで消臭効果を発揮します。冒頭で述べた花粉症対策マスクやゴーグルは、光触媒の力で花粉などのSPM(Suspended Particulate Matter:浮遊粒子状物質)を分解し、体内への侵入を防ぐものです。他にも「浄水」「抗菌」といった機能性商品が開発されています。

 また光触媒には、もうひとつ「超親水性」という性質があり、これを利用した「防汚」機能を持つ製品も数多く登場しています。超親水性とは、水を弾きにくくなるということで、酸化チタンを構成している酸素原子と周囲の水分が反応し、親水性の高い親水基(-OH)が生じることで得られる性質です。超親水性を利用した製品には、曇らない浴室鏡やクルマのサイドミラーなどがあり、また、建築物の表面コーティングに用いると、雨水が汚れの下に入り込んで浮き上がらせることによるセルフクリーニング効果などにも利用されています。

 光触媒が持つ環境浄化機能は、今後もさまざまな分野に応用されていくことでしょう。可視光で触媒作用を発揮するタイプの研究も進められ、これは水の分子から水素を取り出す用途にも期待が持たれています。エネルギー問題解決のための目標の一つである、太陽光の直接利用に向けて、今後も光触媒関連技術の進歩を見守りたいところです。


著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。
現在はMotorFan illustrated誌、日経トレンディネットなどに執筆。
著書/共著書/編集協力書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」「PC自作の鉄則!2005」(日経BP社)
「図解雑学・量子コンピュータ」「最新!自動車エンジン技術がわかる本」(ナツメ社)など

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