テクノ雑学

第124回 地産地消の電力ネットワークで省エネ・省資源化 −インターネット応用の発想、スマートグリッド−

気象庁によると、今年(2009年)の夏は、全国規模で記録的な日照不足となったそうです。8月1日から18日までの間の日照時間は、平年に比べると、北陸地方の62%から九州北部地方の74%といった程度に留まりました。農作物への影響なども懸念されていますが、比較的過ごしやすい日が多く、ここ数年、夏場の恒例となっていた「節電のお願い」も、ほとんど耳にしなかった印象があります。

 とはいえ、今後、基本的な電力需要は増えていく一方と考えられます。たとえば、6月には三菱自動車とスバルが電気自動車(EV)を発売し、日産自動車などもそれに続くことを予定していることはご存知でしょう。当面、EVの販売台数は知れたものでしょうが、10年、20年といったスパンで徐々にシェアを伸ばしていく間に、はたして何が起こるのか……。そんな観点から注目されている技術のひとつが、「スマートグリッド」です。

電力を“スマート”にモニタリング


 スマートグリッドは、より効率的な電力の管理・供給を可能とする次世代の送電網を指す概念です。「スマート」は、「洗練された、賢い」といった意味です。グリッドは直訳語としては「格子」ですが、もう少し砕いて「○○網」といったほうがイメージしやすいでしょう。日本語では「次世代高効率送電網」などと訳されます。

 まだまだ発展途上の概念にすぎませんから、ここでは現状で構想されている事柄と、そのベースにある技術体系について説明したいと思います。

 現状で構想されているスマートグリッドは、大きく3つの分野から構成されています。まず、多様な方法でクリーンな電力を生産する「分散型発電」。次に、電力網そのものを管理することでエネルギーの効率を高める「電力網管理」。そして、使用者側の利用効率を向上させる「使用者電力管理」の分野です。

 全体を大づかみに理解するため、ここでは「スマート」の部分と「グリッド」の部分を、それぞれ分けて考えてみたいと思います。


 「スマート」の部分は、おもに「使用者電力管理」に関連します。話をわかりやすくするため、ここでは携帯機器の内蔵バッテリが進化して「スマートバッテリ」と呼ばれるようになった流れを当てはめてみましょう。

 大昔のバッテリ駆動機器は、懐中電灯、携帯ラジオ/テープレコーダ、髭剃りなどといったものでした。これらの機器は、用途や性格からして、「バッテリの蓄電量が残り少なくなってきたら、動作が緩慢になる」という現象が起こっても、特に大きな問題はありませんでした。

 しかし、バッテリ駆動機器が高度化するにつれて、それでは困るようになってきます。たとえばノートパソコンがいきなりシャットダウンしてしまったら、それまでの作業データが消失してしまいますし、ハードディスク等にも悪影響がおよびかねません。
 そこで、そのような性格の機器には

バッテリの残り蓄電量を常に正確にモニタし

あとどのぐらいの時間、駆動できるのかをユーザーに伝え

作動可能時間が残りわずかになったら、自動的に省電力モードに入ったり、動作終了プロセスに入る

といった機能が搭載されます。さらに、
 

バッテリ側に充放電履歴やコンディションを記憶しておけるようにする

ACアダプタをコンセントにつないでも、不要な場合はバッテリに充電せず、劣化を防ぐ

機器側と連携し、使用状況に応じて最小限の電力で駆動する

といった機能も搭載されるようになります。それまでのバッテリが単なる「電力の容器」に過ぎなかったのに対し、それ自体が知的に振舞うデバイスと化したことで、「スマートバッテリ」や「インテリジェントバッテリ」などと呼ばれるようになったわけです。

■ 賢い節電と発電の多様化

 スマートグリッドもこれと同様、電力供給網から家電製品までの各段階にIT技術を投入してインテリジェント化し、相互間でデータ通信を行なうことで、全体の効率化を図ろう、という発想が、まず根底にあります。
 

 たとえば、各家庭に据え付けられている電力計をインテリジェント化し、電力供給会社側の設備と通信できるようになると、何が起こるでしょう? まず、各契約先の使用電力量をリアルタイムで把握できますから、検針のための人手が削減でき、経営の効率化が図れます。次に、電力計と家庭内の家電製品の間でもデータ通信を可能とし、さらにPCなどでモニタできるようにしたり、専用のゲートウェイ(ホームエネルギーマネージャ)などで集中管理できるようにすれば、どの機器がどの程度の電力を消費しているのか? といったことがわかります。

 発電所の運用効率は、発電量が常に一定のときに最大となります。つまり、供給する電力量の変動をなるべく抑えたいわけです。そこで、たとえばその時々の全体の消費電力量に応じて、多いときには電気料金を高く、少ないときには安くしておき、その時々の料金の情報をスマートメータに送信します。一方、家庭などのユーザー側は、ホームエネルギーマネージャに電力の使い方の設定をしておき、スマートメータと通信させます。
 こうすれば、その時々の電力料金に応じて「エアコンは電気料金が○○円以上の時は省エネモードで作動」「乾燥機は電気料金が○○円以下の時だけ作動」といったように協調して作動することで、電力のピークカットと電気料金のセーブが両立でき、全体の高効率化が図れます。

 さて、「分散型発電」と「電力網管理」については、おもに「グリッド」に関する話になります。これらについては、インターネットなどのネットワーク上に参加している多数のコンピュータを、仮想的にひとつのコンピュータシステムとして扱う「グリッドコンピューティング(もしくは、その応用・発展形ともいえる「クラウドコンピューティング」)の概念を頭に置きながら考えてみましょう。

【 参考情報 】

■テクマグ第121回 雲の向こうとつながるインターネット 〜身近なクラウドコンピューティング〜


 まずは「分散型発電」です。電力は、電力会社が運営する大規模発電設備(以下、発電所)で作られ、送電網を経由して各使用者に提供される「集中型発電」が基本になっています。コンピュータネットワークでいえば、サーバが中央集権的にデータを管理し、そこに各ユーザーがアクセスする「クライアント・サーバ型」の構成に該当すると考えていいでしょう。

 しかし、昨今では発電所以外の発電設備も増加しています。たとえば、大規模工場、ごみ焼却場、汚水処理場などでは、生産や処理の過程で生じる副生物や排熱を利用した発電設備を備える例が増えていますし、家庭レベルでも太陽光発電パネルの設置が進んでいます。これらは、エネルギーソースを多様化すると同時に、電力を「地産地消」することで、省エネルギー化に貢献する意義を持っています。

 「分散化」と同時に、発電方法の「多様化」も、重要なキーワードとなります。
 たとえば、砂漠のような日照量の多い地域なら大規模な太陽光発電設備、海沿いでは風力や海流による発電設備といったように、地域ごとの特性に応じて比較的安定した発電量が期待でき、なおかつ環境負荷の少ない設備を採用することで、発電効率の向上と省エネルギー化が図れます。全体の電力使用量に対して発電量に余裕がある状態なら、火力など出力調整可能な発電所の負担を抑えることができます。これが「分散型発電」の意義です。

 分散型発電は、比較的狭い地域内の発電効率を高めることから「マイクログリッド」とも呼ばれています。コンピュータネットワークでいえば、企業内などローカルなネットワークに該当するもの、とイメージしていいでしょう。

 それらを広域ネットワーク化し、相互に電力を融通する仕組みを作れれば、発電所の負荷をさらに低減させ、同時に安定させられます。これが「電力網管理」の基礎概念で、インターネットやグリッドコンピューティングのしくみを電力網に応用したものと考えることができます。
 

■ 次世代ネットワークへ高まる蓄電分野への期待

 発電だけではなく、蓄電の分野でもグリッド化が構想されています。最近、注目されているのは、電気自動車やプラグインハイブリッド車など、大容量のバッテリを搭載したクルマです。

 これらの車載バッテリをスマートグリッドに参加させ、昼間、太陽光で発電した余剰分の電力を溜めておきます。クルマを使わないときには、必要としている地域へ供給することで効率化が図れます。また、車載バッテリにいっぱいまで充電できたら、その後に発電する余剰電力は、他の家のクルマが搭載している車載バッテリへ送って蓄電しておく、といったことも可能になります。発電と蓄電のための設備を広域に分散し、かつ、細かく管理しながら融通しあうことで、電力不足に対するリスクを分散する効能があるわけです。


 日本の場合、基幹送電網そのものは、すでに相当なレベルでスマートグリッド化が進んでいます。また、ブロードバンド通信網の黎明期、早い段階から電力会社の設備が利用されてきたことから理解できるように、各使用者との間にも、情報通信のための経路も整備が進んでいますし、さらに昨今では、PLC*の技術をマイクログリッドに利用する構想も進められています。
*PLC:電力線を通信回線として利用する技術。電気のコンセントに通信用のアダプタを設置してパソコンなどをつなぐことにより、高速なデータ通信が可能となる。

【 参考情報 】

■テクマグ第12回 コンセントからインターネット? − 新たなインフラ=電力線通信の正体 −


 これまで、電力は、その時々の需要に応じてきめ細かく発電量を調整することが難しく、また、作り溜めておくことができない点が最大の難点でした。しかし、スマートグリッドの技術が発展、浸透すれば、大きな省資源・省エネルギー効果が期待できます。とはいえ、それが実現するまでの間は、各家庭や事業所で、こまめな節電のための努力を続けることもお忘れなきよう、お願いします。


著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。
現在はMotorFan illustrated誌、日経トレンディネットなどに執筆。
著書/共著書/編集協力書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」「PC自作の鉄則!2005」(日経BP社)
「図解雑学・量子コンピュータ」(ナツメ社)など

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