テクノ雑学
第125回 世界の見え方をかえる、携帯電話とAR技術
初めて行く場所で、駅までの道が分からなくなった時。目の前にある交差点に、「駅は左」という案内と矢印が浮かび上がってくれば、誰でも間違いなく駅までたどりつくことができます。そんな便利な仕組みが、身近な携帯電話を使ったAR(拡張現実)で既に実用化されつつあるのです。
現実の中に「情報」を置くAR
AR(Augmented Reality)とは、技術によって、現実(Reality)を拡張(Augmented)するものです。その研究の歴史は長く、1960年代にアメリカ・MITのコンピュータ研究者Ivan Sutherlandが発表した「The Ultimate Display」というヘッドマウントディスプレイがそのはじまりだと言われています。
1993年にはコロンビア大学で「KARMA」と呼ばれるARを利用したシステムが開発されました。これは、超音波センサを使ってヘッドマウントディスプレイにレーザープリンタの内部機構を表示し、プリンタの保守作業をサポートするシステムでした。
手元のマニュアルを見る代わりに、作業手順のガイド情報を目の前のディスプレイに表示しながら作業することで、間違いなく作業できます。作業を効率的に学習するためにも、役立つシステムです。
このように古くから研究されてきたARですが、その本質は、利用者の周囲の状況をコンピュータが察知し、「その人にとって、今、ここで必要な情報」を提供する「Context-aware Computing」の技術だといえるでしょう。
街の風景にARを重ねてみると?
さて、私達の生活の中で「今、身の周りの情報が欲しい」場面はたくさんありますが、目に見える映像とコンピュータが提供する情報を重ね合わせる「AR」はまさにそうしたニーズに応える技術です。
近未来を描いた映画やアニメの中では、車の運転中にスイッチを入れると、フロントガラスの風景にナビゲーション情報や渋滞情報が重ねて表示されたり、特殊なメガネをかけると、目の前に見えている風景に様々な「タグ」というラベルのようなものが表示され、指で触るとより詳しい情報が表示されるといったARが、日常生活を便利にする技術として描かれています。
ARで見える風景のイメージ。周囲のお店情報、交通情報などが実際に見える風景に重ね合わされている。実は、こうしたサービスはすでに利用できるようになりつつあります。大きな役割を果たしているのが、携帯電話です。
携帯電話はARに必要な技術の塊だった!
現実に見えているものに情報を重ねて表示するARでは、カメラを通して現実に見えているものと、そこに重ねて表示する情報を関連付ける必要があります。この関連付けにはいくつかの方法がありますが、その中の一つが、「位置情報を手がかりにして蓄積された情報を引き出す」という方法です。
この方法を利用する場合に重要になるのが、利用者が「今どこにいるのか」という位置情報と、「どちらを向いているのか」という向きの情報です。最近の携帯電話には、周囲の映像を取り込むカメラ、位置を特定するGPS、向きを特定するコンパス、情報を表示する液晶など、ARに必要な情報が全て搭載されているのです。また、場所の特定には、GPSだけでなく、携帯電話が通信に利用している基地局の情報(最寄りの位置が分かる)や無線LANスポットの情報なども使われています。
すでに始まっているサービス
日本でも2009年8月からすでに利用できるようになっているのが、オランダ発のサービス「Layer」です。Googleの開発した携帯電話用OS、Androidを搭載したスマートフォンで利用でき、iPhone用のサービスも間もなく開始の予定だそうです。
アプリケーションを起動して周囲に携帯のカメラを向けると、レストラン、コンビニ、地下鉄、銀行のATM、観光スポットなどの情報がカメラ映像の上に重ね合わせて表示され、周囲のどこに何があるかが直感的に分かります。
また、2009年9月24日、頓智ドット株式会社がiPhone用アプリケーション「セカイカメラ」のサービスを開始しています。セカイカメラでは、ユーザーがカメラで見る風景や場所に対して「エアタグ」という情報をつけたり、他のユーザーがつけた「エアタグ」を見ることができます。
アメリカで人気のアプリケーションが、iPhone用アプリケーションの"New York Nearest Subway"(ニューヨーク地下鉄案内)です。携帯電話をかざすだけで、自分の居る場所から最寄りの駅への距離と方向に加えて、その駅を通っている路線の情報が表示されます。東京メトロ版が出ると、便利そうですね。
NTTドコモが現在実証実験を進めているのが、「直感検索・ナビ」です。携帯をかざすと、その方向にあるお店の情報や道順などが表示され、携帯を水平に持つと、画面表示が平面の地図に変わります。
表示情報は画像やオブジェクトでもよいので、例えば歴史的建造物の跡地にかつての建物の様子を表示したり、現在の町並みと昔の町並みを重ねて表示したりということができます。
また、場所の情報だけでなく、その付近にいる人の情報を読み取って表示したり、携帯電話を振るだけでメッセージを送信するような技術も開発されています。位置情報や行動情報などのプライバシー情報をどう保護するかといった課題はありますが、ARと組み合わせることで、直感的に操作できる新しいアプリケーションの実現が期待できる技術です。
著者プロフィール:板垣朝子(イタガキアサコ)
1966年大阪府出身。京都大学理学部卒業。独立系SIベンダーに6年間勤務の後、フリーランス。インターネットを中心としたIT系を専門分野として、執筆・Webプロデュース・コンサルティングなどを手がける
著書/共著書
「WindowsとMacintoshを一緒に使う本」 「HTMLレイアウトスタイル辞典」(ともに秀和システム)
「誰でも成功するインターネット導入法—今から始める企業のためのITソリューション20事例 」(リックテレコム)など
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