テクノ雑学

第120回 絶好調! ハイブリッド自動車のテクノロジー —前編—

トヨタ自動車が2009年5月18日に発表・発売したハイブリッド自動車、新型プリウスが好調な売れ行きを見せています。7月3日時点の新聞報道によると、すでに発注は20万台を超え、トヨタも、7月1日以降の注文分が納車されるのは、2010年3月以降になると告知しています。
 トヨタが2008年度(2008年4月〜2009年3月)に世界中で生産したすべてのクルマの合計が約710万台ですから、その3%程度にあたる台数を、わずか一ヶ月半で受注した計算になります。単一車種の生産台数としては、年間40万台レベルのクルマもありますが、プリウスの場合はバッテリやモータなどの生産能力による限界があることや、まだ欧州や北米では本格的な販売が始まっていないことを考えると、文字通りに驚異的な数字というしかありません。

 ホンダが2009年2月6日に発表・発売した新型インサイトの売れ行きも順調です。日本自動車販売協会連合会が発表した2009年4月の新車販売台数(軽自動車除く)では、1万481台で堂々の1位に輝き、5月は1位プリウス(1万915台)に続き、8183台で3位、6月も1位プリウス(2万2292台)に対して3位(8782台)と健闘しています。2009年は、ハイブリッド自動車が本格的な普及の段階に入った年として記憶されることになるでしょう。

 ハイブリッド自動車については、以前にも「第58回 キャパシタ vs バッテリ −ハイブリッド車用蓄電器の本命は?−」や「第18回 クリーンな地球は、いかがですか? −夢のある乗り物=電気自動車−」などで簡単に触れましたが、もっと詳しいことが知りたくなった方も多いのではないでしょうか。そこで今回と次回の2回に渡り、ハイブリッド自動車のしくみと、その将来像についてとりあげたいと思います。
 今回は、ハイブリッド自動車の基本的な構造と種類、そしてプリウスが搭載している「電気式無段変速機」のしくみにフォーカスしてみましょう。

ハイブリッド自動車誕生の背景

 

 

現在「ハイブリッド自動車」という言葉は、ガソリンを燃料として作動するエンジンと、電動モータの両方を搭載したクルマを指して使われています。しかし、本来は「複数の動力源を搭載」し、「それぞれがクルマの走行に貢献する」ことがハイブリッド自動車の定義ですから、将来的には「エンジン+モータ」以外のハイブリッド自動車も登場する可能性があります。

 エンジン+モータ方式がハイブリッド自動車の定義になってしまったのは、元祖ハイブリッド自動車といえるクルマが、電気自動車(EV:Electric Vehicle)の航続距離を伸ばすため、発電機としてのエンジンを搭載したものだったことが影響していると考えられます。 「ミクステ」と名付けられたそのクルマが登場したのは、なんと1896年。設計者はフォルクスワーゲン・ビートルや、世界初のミッドシップ車を開発したことでも有名な、フェルディナント・ポルシェ博士でした。

 この当時はまだ、エンジン車とEVが覇権争いをしていました。エンジン車は現在のようなセルフスターター機構を持たず、始動が難しかったことや、排気ガスの問題などから、敬遠される傾向もあったのです。その後、エンジンの性能が向上したことでEVはすたれ、ハイブリッド車も忘れられた存在になっていきます。

 しかしその後もハイブリッド車の研究は細々と続けられ、特定の地域で限定的に販売された記録も残っています。1970年代になると、資源・環境問題が持ち上がったことで開発が活発化し、1975年の第21回東京モーターショーには、トヨタが「センチュリー・ガスタービン・ハイブリッド」を参考出品しています。
 世界規模で再び大きな注目を浴びるきっかけになったのは、ボルボ社が1992年に各国のモーターショーへ出展したコンセプトカー「ECC(エコロジー・コンセプト・カー)」でしょう。ECCもミクステと同様、エンジンで発電しながら走る電気自動車でしたが、このECCによって、ハイブリッド車への注目が一気に高まることになります。

 EVの最大の弱点は、航続距離と、バッテリが切れてしまったときのリカバリー方法です。航続距離を伸ばそうとしてバッテリの搭載量を増やすと、クルマがどんどん重くなってしまい、走行性能に悪影響をおよぼしますし、搭載量に応じてクルマの値段も高価になってしまいます。また、どれだけ多くのバッテリを搭載しても、航続距離には限度がありますから、いつかは充電しなければなりません。バッテリの搭載量が多ければ多いほど、満充電までに長い時間が必要にもなります。

 しかし、発電用エンジンを積んでいれば、エンジン用の燃料がある限り走り続けることができますし、通常のエンジン車と同様、燃料が残り少なくなったらガソリンスタンドに立ち寄れば、数分程度で満タンまで燃料が補給できます。また、エンジンは重い車体を直接動かすための大きな力を発生させる必要がなく、発電機としてだけ機能すればいいので、排気量も小さくて済みますし、さらに最も作動効率の良い領域でだけ運転できるので、エネルギー効率が高まります。

 言葉を換えると、ミクステやボルボECCは、新たな充電用インフラを整備することなく、通常のエンジン車と同様の使い勝手で運用できるEVなのです。このようなハイブリッド車は、出力の流れが「エンジン→発電機→バッテリ→モータ」と、直列に並ぶことから、シリーズ(Series:直列)・ハイブリッドと呼ばれています。

 しかし、シリーズ・ハイブリッド方式のクルマは、まだ一般向けには市販されていません。プリウスやインサイトが採用しているハイブリッド機構は、充電のためだけではなく、エンジン出力を直接、走行のためにも使うようになっています。また、プリウスとインサイトでも、そのしくみは大きく異なっています。

 

従来のプリウスと改良された新型


 1997年に登場した初代プリウスは、THS(Toyota Hybrid System)と名付けられた、まったく新しい機構を搭載していました。エンジンは発電機として機能するだけではなく、そのものの出力だけで走行することもできます。逆にエンジンを完全に停止させ、モータの力だけで走行することもできます。さらに、エンジンからの出力とモータからの出力を混合して使うこともできます。
 このように、出力の流れが、直列、並列(パラレル)のどちらにもなることから、プリウスのハイブリッド機構は「シリーズ・パラレルハイブリッド」と呼ばれています。

 THSを構成する要素は、1)エンジン 2)走行用モータ(以下「モータ」) 3)発電用モータ(以下「発電機」) 4)遊星歯車を使った動力分割機構です。
※遊星歯車 <第84回 新時代の「オートマ」で快適運転 −AT最新事情その1−>

 エンジンからの出力は、動力分割機構によって、直接、車輪を駆動するための経路と、発電機を駆動するための経路に分割されます。また、モータはこれらから独立して車輪を駆動するための経路につながっています。

停車状態では、エンジンを完全に停止させて燃料の消費をゼロにします。この状態からの発進や低速走行などは、エンジンが苦手とする状態で、エネルギー効率が悪くなります。そこで、この状態ではバッテリに蓄えた電力でモータを駆動し、その力だけで車輪を動かします。つまり電気自動車状態なので、この状態を「EV走行」と呼びます。
 

ある程度車速が上がって通常走行状態になったら、エンジンを始動します。エンジンからの出力は、動力分割によって発電機駆動(バッテリ充電)用と、車輪駆動用に分割されながら使われます。それぞれの比率は、走行状態に応じて最も効率が高まるよう、遊星歯車機構によって配分されます。
 

急加速など大きな力が必要になるシーンでは、バッテリから電力を供給してモータを作動させ、エンジンからの力に合流させながら車輪へ伝えます。モータの力は瞬時に、かつ大きく発生させることができるので、良好な加速が実現できます。
 

減速や制動のためにアクセルを完全に戻すと、車輪は路面から回転させられている状態になります。THSは、その力でモータを回転させることで発電機として機能させ、発電した電力をバッテリに蓄えます。言葉を換えると、運動エネルギーを電気エネルギーに変換しながら回収する、ということになります。この状態を「回生」と呼び、ハイブリッド車が好燃費を記録する大きな理由となっています。
 

クルマが完全に停止したら、再びエンジンを停止させます。ただし、必要なときにいつでも必要なだけの電力を供給できるよう、バッテリをスタンバイさせておく都合から、特定の条件になったら、停車中でもエンジンを始動させて充電を行ないます。

 これらの複雑な作動を、遊星歯車を用いた比較的簡潔な機構と、高度な電子制御によって実現している点が、THSの最大の特徴です。新型プリウスでは、モータへの供給電圧を高めることで、同じ出力を得るのに必要な電流値を下げて、モータを小型化しました。小型化によってモータのトルクは小さくなりましたが、最高回転数を高め、さらに減速機構を介することで、従来同等の出力を確保しながら、システムの小型軽量化とコストダウンを実現しています。

 難しいのは、バッテリのSOC(State of Charge:充電状況)管理です。ハイブリッド車のバッテリは、常に細かく充放電を繰り返しているといってもいい状態ですが、これは寿命の面からすると最悪に近い使用状況なのです。そのため、容量と充電のタイミングの設定が、ハイブリッド車の重要なノウハウになっています。
 新型プリウスでは、この点にも新しい制御を採用し、EV走行の割合を高めながら電池の寿命も確保した、とアナウンスされています。

 従来のプリウスでは、モータの力の貢献度が低下する高速巡航時などに燃費が悪化してしまうことでした。新型では、エンジンの排気量を大きくし、高速巡航時のエンジン回転数を低くすることで、燃費を向上させています。

 これらの技術によって、新型プリウスは10・15モード燃費で38km/L台という非常に良好な燃費をマークしています。実際に公道を走行した場合も、走行条件しだいではそれを上回る好燃費が記録されることもあるようです。

 今後、ますます強化される燃費と排気ガス成分の規制に適合する上で、THSはまさにもってこいの機構といえます。採用車種の拡大もアナウンスされており、自動車販売台数のうちに占めるハイブリッド車の比率がますます高まっていくことは想像に難くありません。

 ただし、ハイブリッド車には、まだ解決しなければならない問題がいくつか残ってもいるのですが、そのあたりの事柄については次回にまとめたいと思います。


著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。
現在はMotorFan illustrated誌、日経トレンディネットなどに執筆。
著書/共著書/編集協力書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」「PC自作の鉄則!2005」(日経BP社)
「図解雑学・量子コンピュータ」(ナツメ社)など

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