テクノ雑学

第106回 ハードディスクの最新動向2 -劇的な進化とこれから-

前回(第104回 ハードディスクの最新動向1 −パターンドメディア−)は、ハードディスクドライブ(以下HDDと略)関連の最新技術のうち、ディスク関連の技術として、「ディスクリート・トラック構造」と「パターンドメディア」について紹介しました。今回は、ディスク以外の技術についてまとめてみたいと思います。

HDDの劇的な大容量化

HDD関連の技術については、ディスク記録密度の向上を中心に語られる傾向があります。コンピュータの性能が高まり、より高速な処理が可能になると、その上で扱われるデータも複雑化し、ファイルの容量が大きくなることが常です。

 その要求に応えるべく、HDDが約40年に渡る歴史の中で、記録密度をなんと1億倍以上にまで高めて来たのは、前回にも記したところです。HDDの容量が大きくて困ることはありませんから、大容量化への要求に終着点はないのかもしれません。

 たとえば1992年に登場したWindows3.1の配布用メディアは、14枚程度のフロッピーディスクでした。つまり、容量はたったの14メガバイト。インストール先であるHDDの容量も、当時は40メガバイト程度が一般的でした。ちなみに当時のCPUのクロック周波数は最速クラスで66MHz、メインメモリもせいぜい2メガバイト程度といった時代です。

 そして現在、OSの配布用メディアはCD-ROMを経てDVD-ROMとなり、激安パソコンであってもHDD容量は80ギガバイト以上が当然となっているのは、みなさんもご存じのところです。
 

■ データ読み書きの高速化要求

 さて、コンピュータ関連機器に用いられる「記憶装置」の中にあって、HDDや光学メディアなど物理的な動作をともなうデバイスは、いわゆるメモリ系の記憶素子に比べると、読み書き速度が非常に低速なものです。その分、わずかな高速化でも、システム全体の動作速度向上に貢献できる割合が高いことから、大容量化とともに、高速化の要求も常にあります。

 HDDはその構造上、ディスクの回転数が同じなら、大容量化のためにディスクの記録密度が高まるほど、データ読み書きに要する時間も短くなります。ただし、記録密度が高まれば“自然に”読み書き速度が速くなるわけではありません。正確に記すなら、データ読み書きに関する時間は「短くなる」のではなく、「短くしなければならない」のです。

 そのためにまず重要になるのが、ディスクにデータを読み書きするためのヘッドに関する技術です。ディスクの記録密度が高まるということは、同じ面積の中により多くの情報が記録されているということです。しかし、ディスクの回転数が同じなら、その上をヘッドが通過する時間も同じですから、同じ量のデータを、より短時間で読み書きしなければなりません。そのため、ヘッドを小型化し、同時に読み取り/書き込みに対する感度を高める必要があります。
 

■ HDD用ヘッド:CPP-GMR方式の登場

 現在、多くのHDD用ヘッドで使われているのは、自由磁性層、固定磁性層の2枚の強磁性膜の間に「絶縁障壁層」を設けた構造を持つ「TMR(Tunneling Magneto-Resistive:トンネル磁気抵抗)」方式と呼ばれるものです。

 ヘッドに電圧をかけると、トンネル効果(電子が、一定の確率で他のエネルギー壁を突き抜ける現象)によって、絶縁障壁層に電流が流れます。この時、強磁性膜の磁石の向きによって、絶縁障壁層に流れるトンネル電流の電気抵抗が変わる性質を利用して、信号の1と0を検出しています。

 しかしTMR方式の場合、ヘッドを小型化すると絶縁障壁層の電気抵抗が大きくなって、信号中にノイズが増えがちになるのが難点です。ディスクの記録密度が1平方インチあたり500ギガビットを超えると、TMR方式では信頼性の確保が難しくなるといわれていました。


 そこで考案されたのが、「CPP-GMR(Current Perpendicular to Plane:垂直面流れ Giant Magneto-Resistive:巨大磁気抵抗)」方式と呼ばれるものです。

 TMRヘッドが登場する以前に主流だったGMR方式のヘッドでは、記録/再生用素子を形成する薄膜層に対して、水平に電流を流すCIP(Current in Plane:平面流れ)方式となっていました。CPP-GMR方式では、その名の通り、薄膜層に対して垂直に電流を流します。

 基本構造は、自由磁性層、固定磁性層の2枚の強磁性膜の間に「低抵抗金属層」を設けることで、絶縁障壁層を使わずに磁気抵抗効果を得ています。また、電流を垂直方向に流すことで素子の抵抗を低め、低ノイズ化と高周波応答性を実現しています。

 CPP-GMR方式のヘッドは、現在、各社が実用化に向けて鋭意開発を進めており、順調に行けば、2011年ごろには市販HDDに採用される見込みとなっています。

■ ハイブリッドHDD

 HDDのディスクへの読み書きは、このような手順で高速化を進めています。しかし、残念ながら、それでも各種の半導体メモリに比べると、読み書きが低速であることに変わりはありません。そこで考案されたのが、HDD内部にフラッシュメモリを搭載した「ハイブリッドHDD」です。

 HDDには、もともとデータキャッシュ用として、SRAMなどのメモリ素子が搭載されています。SRAMは読み書きが高速ですが、容量あたり単価が高価なこと、また、電源を落とすと内容が揮発してしまうことなどから、1テラバイトクラスの大容量HDDでも、せいぜい16メガバイト程度しか搭載されていません。

 ここで注目されたのが、ここ数年で一気に安価になってきたフラッシュメモリです。読み書き速度ではSRAMにかないませんが、HDDの最大の弱点であるデータのシーク(検索)は、物理的な機構を持たない分、HDDよりも高速にこなせます。

 昨今では、HDDをまるごとフラッシュメモリに置き換えてしまうことを目的としたSSD(Solid State Drive)も台頭著しいところですが、現状では容量が160ギガバイト程度までしか存在せず、また価格容量比ではHDDに太刀打ちできません。そこで、いわば折衷案として登場したのが、HDDに小容量のフラッシュメモリを搭載したハイブリッドHDDです。

■ 最新HDDの機能

 ハイブリッドHDDは、通常のキャッシュとしての役割の他に、OSとの連携による高速化の仕組みを持っています。その代表が、Windows Vistaの「ReadyDrive」機能です。OSの終了時に、次回起動時に必要なファイル群をフラッシュメモリ上に配置しておきます。フラッシュメモリは電源を切ってもデータを保持しますから、次に起動する際は高速なフラッシュメモリから必要なデータを読み込むことで、起動時間が短縮できる、というわけです。

 ReadyDriveは、通常のHDDとUSBメモリやSDカードなどのストレージメディアの組み合わせでも有効となりますが、メディアの種類によっては読み書き速度の問題で、ほとんど恩恵が得られない場合もあります。ハイブリッドHDD用のフラッシュメモリには、高速に動作するものが用いられ、また制御系も一体化されているため、最適なパフォーマンスが得られるようになっています。

 Windows Vistaでは、「SuperFetch」機能もハイブリッドHDDとの親和性を高めています。SuperFetchは、アプリケーションの利用頻度を記憶しておき、頻繁に使われるアプリケーションをあらかじめメインメモリの一部に読み込んでおく機能です。非ハイブリッドHDDを搭載するパソコンでも高速化しますが、ハイブリッドHDDでは、アプリケーションの起動に必要なファイル群をフラッシュメモリ上に優先的に配置することで、いっそう高速化が実現できます。

 ハイブリッドHDDを使うことで、「スピンダウン機能」による省電力化も実現できます。スピンダウン機能とは、フラッシュメモリ上のデータを読み書きするだけで済む使用状態では、HDDの回転数を低めたり、停止させてしまうものです。特にノートパソコンでは、バッテリによる駆動時間を延長する効能が期待できます。

 また、最新HDDの制御部には、データの読み書き高速化に対応する高性能回路や、データの記録位置を自動的に最適化する機能、データ転送レートやバッファサイズを最適化して消費電力を低減させながらパフォーマンスを維持する機能や、データ読み書きを行っていない状態では、ヘッドをディスク上から退避させて空気抵抗を減らし、消費電力を低減させる機能、シーク速度を最適化して消費電力、ノイズレベル、振動を抑える機能などを盛り込んだものもあります。ディスクやヘッドの技術に比べてアピールされる機会が少ないのですが、制御系の進化なくして、HDDの高性能化は実現できないことも、この機会に覚えておいてください。


著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。
現在はMotorFan illustrated誌、日経トレンディネットなどに執筆。
著書/共著書/編集協力書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」「PC自作の鉄則!2005」(日経BP社)
「図解雑学・量子コンピュータ」(ナツメ社)など

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