テクノ雑学

第108回 ケータイとパソコンの間で−「スマートフォン」「MID」「UMPC」ってなんだ?−

最近、大手家電量販店などに行くと、「ノートパソコン100円!」などと銘打って販売されている、B5版よりも小さなノートパソコンが目につきます。「100円」というのは、同時にモバイル通信サービスと2年間の継続利用契約を交わすことが条件の価格だったりするのですが、通信サービスと契約しない場合でも、同じ物はだいたい5〜6万円程度で購入できます。

多種多様なモバイル端末

今回は、そのようなMID(Mobile Internet Device)やUMPC(Ultra Mobile PC)、もしくはネットブックなどと呼ばれるパソコンと、もう少しケータイ寄りに位置する「スマートフォン」について触れてみたいと思います。

 とはいうものの、実はこれらの商品、定義や境界が非常に難しいものでもあります。たとえば、もともと「スマートフォン」とは、アプリケーションソフトをインストールして動作させられたり、インターネット接続機能を備えているケータイを指す言葉だったのですが、その定義に従うと、現在、日本で販売されているケータイは、ほとんどすべてがスマートフォンということになってしまいます。
 そこで、本稿では便宜的に以下のように線引きをしてみます。


 この手の製品は、大きく三つの流れが合流して産まれたものと考えられます。少し歴史を振り返りつつ、整理してみましょう。

 まず、「電子手帳」からの流れです。日本では、1980年代半ば頃から「電子手帳」と呼ばれるデバイスが、おもにビジネスマン向けに発展してきました。辞書、メモ、住所録、スケジュール管理などの機能をまとめた、まさに電子版の手帖です。

 1990年代の初頭になると、手書き入力が可能なシャープの「ザウルス」、アップルコンピュータの「ニュートン・メッセージパッド」によってブームが起こります。その頃から、これらの機器は「PDA(Personal Digital Assistant:携帯情報端末)」と呼ばれるようになり、その後も「Palm Pilot」などによって幾度かのブームが起こりました。

 しかし現在、往年のPDAが備えていた機能は、ほぼすべてがケータイの中に入ってしまったことで、PDA市場は事実上、終焉を迎えています。2008年末には、ついにザウルスの生産が終了したそうで、一抹の寂しさを感じざるをえません……。

 もうひとつの流れは「ケータイの高機能化」ですが、これについては書き始めるとキリがありませんので、今回のテーマに関連するトピックのみ抽出しておきます。

 なんといっても大きなキッカケになったのは、1999年の「iモード」に代表されるインターネット接続機能、2001年の「iアプリ」に代表されるアプリケーションソフトが実行可能になったこと、そしてパソコンと同じタイプのキーボードを備えた機種の登場です。ちなみにキーボード付きケータイの歴史は意外と古く、元祖は1996年の「Nokia 9000 Communicator」にまでさかのぼります。

 三つめは、「パソコンの小型コンパクト化」です。これも過去から現在に至るまで、幾度かブームとなってはやや下火に……を繰り返してきている事柄ですが、MIDやUMPCはネット接続機能、そして「ブラウザ」としての用途を前面に押し出しているのが特徴です。

 現在、パソコンは「インターネットに接続して使うもの」となっていますから、MIDやUMPCも、モバイルネット接続/データ通信機能を本体に内蔵しているか、ケータイやPHSなどの通信用カードと組み合わせて使うことが前程となっています。インフラが整えば、WiMAX機能の搭載も進むかもしれません。

【 テクの雑学 】

■第78回 より高速かつ広域な通信網の実現に向けて −WiMAXの可能性−


 電子手帖に始まった「個人用情報機器」というジャンルが進化を遂げていく過程で、最終的にはケータイに内包され、なおかつパソコン機能を一部取り込んだものが「スマートフォン」だとすると、MIDやUMPCはもっとパソコン寄りの商品です。筆者なりに定義すると、Webブラウジングやメール送受信、音楽や動画の再生といった、ケータイでも実現してはいるものの、機能の拡張性などの面でさまざまな制約がある機能を、よりパソコンに近い形で、またパソコンと同じ操作性で使える「マルチブラウザ」がMIDやUMPCということになります。

■ 「Atom」プラットフォームの特徴

Intel Atom Z500(開発コードネームSilverthorne)プラットフォームのシステム構成図。基本的にIntel Core 2シリーズと同等の機能を持ちながら、独自の省電力機能や画面再生の仕組みを採用。システム全体での消費電力を大幅に低減。デスクトップパソコン向けCore 2が65W程度、ノートパソコン向けが35W程度なのに対し、Atomは0.6〜2.4Wに留まる。
(2008年4月2日、インテル社発表資料より)

 MIDやUMPCが続々と登場した背景には、インテルの戦略があります。2008年から同社が市場に投入した「Atom」と呼ばれるプラットフォームによって、これらのデバイスがたいへん作りやすくなったことがその理由です。

 Atomには、ターゲットとする機器によっていくつかの種類がありますが、MIDやUMPCには、そのうち「Intel Centrino Atom Processor Technology(開発コードネームMenlow)」と呼ばれるものが使われています。また、次世代品(開発コードネームMoorestown)もスタンバイ済みと言われています。

 Atomの特徴は、LPIA(Low Power on Intel Architecture)と呼ばれる低消費電力機能を備えた上で、一般的なパソコン用と同じIA-32アーキテクチャで構成されていることです。簡単に言うと、一度の充電で長時間使用できる上に、日頃使っているパソコンとほぼ同じ環境を構築できるわけです。
 ちなみにUMPCの代表的な機種であるASUSTeK Computerの「Eee PC 701SD-X」は、カタログスペックで約最長8.3時間の連続使用が可能とされています。実際の運用可能時間はその7割程度としても、コンパクトなサイズや、約1.1kgという重量を考えると、持ち運び用パソコンとしてはなかなか魅力的なスペックです。OSもWindows XP Home Editionを採用しています。
 

■ 国内での普及は?

 そんなMIDやUMPCは、これから普及するのでしょうか? 筆者個人の見解ですが、こと日本の市場においては、あまり普及しないのではないかと考えています。なぜなら、MIDやUMPCは「ネット端末」や「ブラウザ」としての機能にフォーカスした製品なのに、ユーザーは「安くてコンパクトなノートパソコン」と受け取ってしまいがちで、そのギャップが埋まらないのではないか、と考えるからです。

 MIDやUMPCは、Web閲覧やメール送受信、また音楽や動画の鑑賞、オフィスソフトのファイルやPDFファイル閲覧といった「ブラウジング」機能を、日頃使っているパソコンと同じ使い勝手で、外出先で楽しむためのデバイスとしては、非常によくできています。
 これらの機能は、すでにケータイやスマートフォンでも実現されていますが、それらの狭い画面での閲覧や、テンキーでの入力に馴染めない人にとっては大きなメリットですし、さまざまなコーデックの動画に対応できるといった、ケータイでは不可能なアドバンテージも持っています。
 しかし、「パソコン」としての使い勝手を求めると、微妙な面が出て来ます。Windowsが動くことは大きなメリットですが、逆に、だからこそ、処理性能や使い勝手の差が顕著になってしまうという面もあります。純粋な処理性能の面では、はっきり言って最新ノートパソコンには太刀打ちできませんし、小さいということは操作性がよろしくないということでもあります。

 この手のギャップは今に始まったものではなく、モバイル用パソコンにとっては過去に幾度となく経験させられてきた「宿命」ともいうべき事柄です。ベテランユーザーなら「こういうものだから…」と割り切って使えても、そのあたりの事を理解せず、「安いノートパソコン」だと思って購入すると、さまざまな制限にうんざりして、「こんなのだったらちゃんとしたノートパソコンを買った方が……」となってしまいがちなのです。
 割り切りが必要なのは、メーカーサイドも同様です。「もう少し画面が大きければ…」「キーボードが…」といった市場の声に応じるべく、高機能化を進めると、いつの間にかノートパソコンと大差ない製品になってしまいがちです。ついでにいえば、ニンテンドーDSやPSPのような携帯用ゲーム機の機能向上による市場侵食も考えられます。

 誤解していただきたくないのですが、MIDやUMPCは「マルチブラウザ」としては非常によくできた製品です。あくまで「パソコン」と同等の使い勝手を期待するべきではない、という話です。  さて、筆者の読みは当たるでしょうか? 一年後の市場の状況が楽しみです。


著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。
現在はMotorFan illustrated誌、日経トレンディネットなどに執筆。
著書/共著書/編集協力書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」「PC自作の鉄則!2005」(日経BP社)
「図解雑学・量子コンピュータ」(ナツメ社)など

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