テクノ雑学
第102回 鍵もそろそろハンズフリーに −進化するインテリジェントキー−
ここ数年の間に登場した自動車の多くが、「スマートキー」を採用しています。スマートキーとは、鍵を鍵穴に差し込まなくてもドアロック機構が操作でき、エンジンが始動できるような仕組みの総称です。
自動車に限らず、住宅や企業内セキュリティの分野などでも応用例が増えているスマートキーを例に、今回はデジタル時代の「鍵」について考えてみたいと思います。
「機械鍵」の基本構造
私たちが普段、何気なく「カギ」と呼んでいるものは、正確にいうと「鍵」と「錠前」を組み合わせて、何かを固定するために使う装置です。固定を行なうための機構が錠前で、それを操作する道具が鍵です。
鍵の起源については諸説ありますが、少なくとも4000年前に古代エジプトで作られていたという文献が存在するそうです。それ以来、20世紀末に至るまで、鍵の基本は物理的な機構によって構成されてきました。板ばねを利用した和鍵、南京錠、西洋鍵などに分類されますが、基本構造はどれも同じです。以下、これらを「機械鍵」と呼びます。
今日における機械鍵の代表格が「シリンダー錠」と呼ばれるタイプです。鍵が差し込まれていない状態の錠前は、インナーシリンダーに仕込まれたタンブラーがスプリングによって押し出された状態を保ち、シリンダーの回転を許容しません。つまり、「鍵がかかった」状態を保ちます。
適当な鍵を差し込んでも、タンブラー側の鍵溝の形状に合わなければタンブラーが押し出されたままになるので回転しません。正規の鍵を挿入した時だけ、鍵山の形状に沿ってタンブラーが押し込まれ、インナーシリンダーの外側と面一になることで、シリンダーの回転が許容されます。つまり、「鍵を開けられる」わけです。
■ 自動車分野で先行するインテリジェントキー
視点を変えてみると、機械鍵も、鍵側と錠前側の形状という「物理的情報」によって認証を行なう仕組みです。それならば、認証のために使う「情報」は、物理に依存するものでなく、なんらかのデータ、それこそ「合言葉」のようなデータ照合方式でもかまわないわけです。また、物理情報とデータ照合を組み合わせることで、システム全体のセキュリティ強度は高まります。
たとえば、コンピュータネットワークの世界では、IDとパスワードという「鍵」システムによってセキュリティを保っています。ただし、それらの純粋な情報だけで構成した「鍵」システムは、万一の情報漏洩時に無効化されてしまいます。そこで、銀行ATMにおけるカードのように、認証を求める者の正当性を確認するための仕組みとして、「ドングル」などと呼ばれる「物理鍵」を併用することで、さらにセキュリティ強度を高めるシステムも数多く開発されてきました。
そのような認証の仕組みを、一般的な「鍵」に反映し、さらに利便性を高めるための仕組みも盛り込んだシステムが「スマートキー」と呼ばれているものです。
物理+電子データによる「鍵」の採用は、自動車用分野で先行して普及しました。自動車は高額商品だけに、世界のどの地域でも盗難被害が絶えなかったわけですが、電子技術の真価によって、それを防止しようということで普及が促進されました。
最初の一歩は、機械鍵の正当性を電子的に照合する「イモビライザー」と呼ばれるシステムです。鍵の中に電子情報を記録しておき、「錠前」側である車載コンピュータがデータを照合、正当性が確認されない場合はドアロックが解除されず、エンジンも始動しません。
照合・認証における物理的な制約が薄まったことで、次は無線通信による「鍵」が考案されます。ユーザーの利便性向上のために使われ始めていた「キーレスエントリーシステム」と、イモビライザー機能が統合され、さらなる利便性向上のため「ハンズフリー」機能も盛り込まれたものが、現在のスマートキーです。
無線通信の部分はもちろん暗号化技術が用いられ、ワンタイムパスワードなど強固なセキュリティ機能も盛り込まれています。運用の安定性、安全性についての検証も進み、すでに、ドアにキーシリンダーを備えないクルマも登場しているほどです。
■ インテリジェントキーの進化と課題
さて、これらのインテリジェントキーには、ひとつ大きな難点がありました。無線通信用の制御機構や電池、非常時のために機械鍵を内蔵する都合から、どうしても大きく、かさばるものになってしまいがちだったのです。
それを解決するため、「いつも身に着けているもの」との融合が試みられます。たとえば、トヨタが一部車種用のオプション装備に設定している「キーインテグレーテッドウォッチ」です。インテリジェントキー機能を内蔵した腕時計を身に着けていれば、時計側のボタン操作もしくはドアノブに触れるだけでドアロックが解除でき、スタータースイッチを押すだけでエンジンを始動できます。
いつも身に着けているものなら、今の時代、腕時計よりも……ということで、ケータイにインテリジェントキー機能を盛り込む試みも始まっています。
インテリジェントキーは、住宅や企業向けの分野でも採用例が増えています。玄関の鍵に採用することで、高齢者やハンディキャッパーの負荷軽減に貢献できたり、大きな荷物を持っていても、そのまま屋内に入れるといった利便性がウケているようです。
今後の課題は、ユーザー認証技術とのバランスでしょう。住宅や企業用途の場合は、インテリジェントキーを持っていても、登録した人物以外はロックを解除しない、といった機能を盛り込んでも問題ありませんが、自動車の場合、知人間の貸し借りやレンタカー、災害時の緊急移動などを考えると、安易な登録はできません。はたして、どんな仕組みが盛り込まれることになるのでしょうか?
著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。
現在はMotorFan illustrated誌、日経トレンディネットなどに執筆。
著書/共著書/編集協力書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」「PC自作の鉄則!2005」(日経BP社)
「図解雑学・量子コンピュータ」(ナツメ社)など
鍵の種類は鍵山の形状の数だけ作れるわけですが、これを増やすには限界があります。タンブラーの数を増やせば無限に種類を増やせますが、するとキーシリンダーがどんどん長くなってしまい、携帯性を損ねるなど、現実的ではなくなってきます。
そこでタンブラーのサイズを小さくして数を増やしたタイプや、シリンダーの位置自体を鍵側との合わせに使うタイプなど、新しいタイプの鍵が考案されてきました。
■ 「情報」を認証に使う鍵
さて、錠前側の基本構造は置いておくとして、鍵の部分では、機械鍵とは異なる仕組みによるものが登場しています。特に21世紀に入ってからは、電子的な仕組みと組み合わせたものが増加中です。ここでは、そのようなタイプの鍵を仮に「情報鍵」と呼ぶことにします。
身近にあって、古くから使われている情報鍵のひとつに、銀行ATMの「磁気カード+暗証番号」があります。ATM側が「錠前」で、磁気カードが「鍵」に該当します。ただし、これだけでは、機械鍵の弱点である、鍵そのものの紛失や盗難による不正使用の危険性も引き継いでしまいます。そこでATMシステムは、鍵=カード使用者の正当性を確認する仕組みとして、「暗証番号」による認証を盛り込みました。
昨今では、磁気カードに代わってICカードが用いられています。カードに記録された情報の読み出しや複製を困難にして、いわば合鍵を作りにくくすると同時に、認証に使うための情報量を増やして、シリンダー錠のタンブラー数を増やすのと同じ効果を、電子的に再現したもの、と考えることもできます。バイオメトリクス認証の類も、複製困難な情報を認証に使うことで、「鍵」システムを補強する仕組みといえます。
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