テクノ雑学

第104回 ハードディスクの最新動向1 −パターンドメディア−

HDD(ハードディスクドライブ)は、私たちの日常生活において、たいへん身近な存在になっています。みなさんがこのWebページを閲覧するために使っているパソコンや、ネットワーク上のサーバで、アプリケーションやデータを保存しておくといった、いわば本来の用途のほかにも、今ではビデオレコーダーやカメラ、カーナビ、家庭用ゲーム機などに、あたりまえのように使われているのは、ご存じの通り。
 また、2008年10月16日、東北、上越などの新幹線が信号システムの障害によって一時運転を見合わせる事態が起こりましたが、その原因は制御装置のHDD故障ならびにバックアップ機能の不具合でした。社会基盤や産業用装置においてもコンピュータ制御化が進んだことによって、HDDが社会のすみずみにまで浸透していることを実感させられました。
 私たちの快適で安全な生活を実現する上で、HDDはもはや不可欠な存在であり、いっそうの高性能化が期待されているわけです。

 「テクの雑学」でも、これまで2004年7月と2006年3月の2回、HDDについて取りあげましたが、その後もHDD関連技術は着々と進歩を遂げています。そんなHDDの最新動向について、今回と次回の2回にわたってまとめてみたいと思います。
 なお、ごく基本的な事柄については、下記のバックナンバーをご参照下さい。
 

【 テクの雑学 】

■第4回 小さなボディに膨大なデータを保存する −デジタル社会の『情報倉庫』−HDDのヒミツ

■第42回 ヨコのものをタテにして −「垂直磁気記録」が記録密度を向上させる理由−

 

HDDの記録密度を高めるには

現在、HDDに求められる性能は、大きく3つにまとめられます。まず、データの読み書きが高速にこなせること。次に、容積あたりの記録容量が大きいこと。そして、耐久性・信頼性が高いことです。昨今はフラッシュメモリーを用いた記録用メディアの大容量化・低価格化が進んだことで、単純なデータ保存用としてだけではなく、システム運用のためのメディアとしてもHDDを置き換えようとする動きが活発になってきているため、HDDは前述した3つの性能を、よりいっそう高度化する必要に迫られています。
 

【 テクの雑学 】

■第68回 メモリーストレージ −その1「フラッシュメモリー」−


 HDDはその構造上、記録容量の増大とデータ読み書きの高速化が同時進行で行なわれます。記録容量を高めるため、HDDの内部に収まっているディスク(プラッタ)の記録密度を高めると、データの読み書きをより短時間で行わなければならないため、自然と高速化する、というわけです。言葉を変えると、記録容量を増大させるための技術だけが進んでも、データ読み書きの高速化が実現できなければ意味がなく、逆もまたしかり、という関係にあります。

 ディスクの記録密度を高める手法は、言葉にしてしまえば非常に単純です。基本単位である「1ビット」を記録するために用いる周方向の幅を狭めてBPI(bit per inch)を高めることと、径方向の幅を狭めてTPI(track per inch)を高めることです。ちなみに、1956年に開発された世界初のHDDの記録密度は、1平方インチあたり約2キロビット。現在、実用化段階にある最新のディスクでは、垂直磁気記録方式によって1平方インチあたり約230ギガビットに至っていますから、記録密度はなんと1億倍以上に高まったことになります。

ハードディスクドライブの基本構造図


■ 磁性体の高密度化への挑戦

 このレベルに至って、新たな問題が顕在化してきました。記録用に用いる磁性体粒子の高密度化によって起こる「熱ゆらぎ」と、それによる磁性体間の干渉です。
 従来のHDD用ディスクでは、記録密度の高まりにともなって、磁性体が蜂の巣のような形状の「六方格子」構造を形作るようになってきました。わかりやすく言うと、パチンコ玉を箱やトレーの中に敷き詰めたような状態です。

 ただし、六方格子と他の六方格子の関係に着目すると、それぞれがランダムな方向を向いている多結晶構造となってしまうため、ひとつのビットを歯切れ良く表現することが難しくなる場合があります。磁性体密度を高めても実際に記録できる情報量があまり増えなかったり、作動にともなう熱ゆらぎの影響で磁性体間に干渉が起こり、記録/再生のための信号が微弱化してしまう、といった問題が予見されてきました。
 第42回で紹介した垂直磁気記録方式とTMRヘッドは、これらの問題を解決するために考案された技術ですが、その先、さらに大容量化を進めるために、さまざまな技術が研究・開発されています。

 そのひとつが、磁性体と磁性体の間に非磁性体をはさむ「磁性ドット」構造です。パチンコ玉の例で言うと、ランダムに敷き詰めるのではなく、等間隔で規則正しく周期的に配置したもの、と考えればいいでしょうか。このような構造とすることで、記録エリアと非記録エリアを歯切れ良く、明確に分離でき、記録の確実性を確保しながら、記録密度を効率よく高めることが可能になるのです。

 磁性ドットを実現するための製法はさまざまに模索されていますが、難しいのは、周期的な配置を人為的ではなく、材料と工法の工夫によって勝手に周期的な配列を作る「自己組織配列」の実現です。
 一例として、富士通研究所と神奈川科学技術アカデミー、首都大学東京が共同で研究を進めている、アルミナを用いた「ナノホール・パターンドメディア」方式を紹介しておきます。これは、アルミナ(酸化アルミニウム)の表面に作った垂直方向のナノホールに磁性体を充填するというものです。

参考:Computerworld<http://www.computerworld.jp/>

 

■ ディスクリート・トラック構造

 パターンドメディアの実用性をさらに高めるために考案されているのが、「ディスクリート・トラック」構造です。
 ナノホール+磁性体充填構造が実現しても、それがディスクの記録面上に均一に生成されてしまっては、あまり意味がありません。先ほどのパチンコ玉の例えで言うなら、トレーの底に一面分だけ敷き詰めたようなもので、周期的な配列ではあるものの、「列(ディスク上では円周)」方向に記録するHDDにとって、効率のいい状態とは言えないのです。

 では、どうすればいいか? あらかじめトレーの底面に溝を設けておけば、そこにパチンコ玉を適当に放り込んでも、溝に沿って規則正しく並んでくれます。溝の構造と幅を調整することで、正確な記録/再生のために都合のいい、方向の揃った複数列の磁気記録層が実現できるわけです。

 パターンドメディア構造の採用によって、ディスクの記録密度は1平方インチあたり1テラビットまでが視野に入っている、と伝えられています。こうなると、それほどまでの高密度なメディアに対して、確実な記録/再生を行うため、ヘッドや制御系にも新たな技術が必要となってくるわけですが、そのあたりの話は次回とします。


著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。
現在はMotorFan illustrated誌、日経トレンディネットなどに執筆。
著書/共著書/編集協力書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」「PC自作の鉄則!2005」(日経BP社)
「図解雑学・量子コンピュータ」(ナツメ社)など

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