テクノ雑学

第100回 自動車事故はもっと減らせる -最新の衝突回避システム-

警察庁の発表によると、2007年中の交通事故による死者数は5744人でした。5000人台にまで低減したのは1953年以来54年ぶりで、統計を取り始めた1946年以降で最悪の事故死者数を記録した1970年(1万6765人)を100とした場合、34%にまで低下している計算になります。さらに1953年と現在の自動車保有台数の差などを併せて考えれば、「死亡事故率」は大幅に低減しているといっていいでしょう。

事故そのものは減ってはいない

ただし、交通事故自体の発生件数は83万2454件。過去最悪だった2004年の95万2191件からは低減していますが、約38秒に1件の割合で発生している計算になると聞けば、まだまだ減らしていかなくてはならないことが実感できるのではないかと思います。
 事故件数の割に事故死者数が減っている理由としては、自動車の衝突安全性能やシートベルト着用率が高まったことによる「パッシブ・セーフティ(受動的安全)」要件の向上、重大事故につながりがちな飲酒運転が厳罰化によって減少したこと、救急医療体制の高度化などがあると考えられます。

 ただし、ここでいう「交通事故死者」は、事故発生から24時間以内に死亡した例に限られます。それ以外の「交通事故負傷者」の数は103万4514人で、1999年以降ずっと100万人を超えているのが現状です。日本の人口が約1億2000万人ですから、毎年、120人に一人の割合で交通事故死傷者が発生していることになり、まだまだ低減させるための努力が必要です。

 もう一歩踏み込んで、事故そのものを減らすためには、アクティブ・セーフティ(積極的安全)性能の向上が必要になってきます。なかでも、事故原因の80%を占めるといわれるヒューマンエラーを、なんらかの方法によって低減することがもっとも効果的でしょう。
 それを目標として、自動車メーカー各社はさまざまな「衝突防止システム」の開発を進めています。
 

■ 事故はなぜ起こる?

 さて、自動車事故はなぜ起こるのか? ごくごく基本的なことから考えてみましょう。
 自動車に限らず、モノ同士の「接触」は、「ふたつ(以上)のモノが、同時に同じ場所に存在しようとする」結果として起こる状態と考えることができます。
 動いているモノ同士なら、互いの進路がある地点で交叉することで接触が起きます。もしくは、停止しているモノに対して、他のモノがどんどん近付いていくことで接触します。あたりまえすぎる話ではありますが、まずはこれが大前提です。

 単なる接触だけなら、車体が凹んだり、傷が付くだけで済みますが、接触した際の運動エネルギーが大きいと、「衝突」と呼ばれる状態になります。運動エネルギーは、動いているモノの質量と移動速度に比例して大きくなりますが、ここでは話をわかりやすくするため、速度に限って話を進めてみます。

 互いの進路が交叉したとしても、相対速度差が小さければ、衝突時のエネルギーは小さくて済みます。逆に、接触時の絶対的な速度は低くても、相対速度差が大きければダメージは大きくなります。
 事故による搭乗者の死亡や傷害は、衝突したクルマ同士が、お互いに相手の運動エネルギーを受け止めるために起こる車体の変形や、もしくは衝突時の加速度によって搭乗者の身体が受けるダメージの結果として起こる事態です。つまり、おおざっぱにいうと、衝突時の相対速度差に比例して、搭乗者が受けるダメージも大きくなります。
 たとえば、時速100kmで走っているクルマに時速101kmで追突しても、搭乗者のダメージは無いに等しいはずです。対して、停止しているクルマに時速30kmで追突した場合には、双方にけっこうなダメージが発生します。
 

 次に、なぜ事故が起こるのか? を突き詰めていくと、その多くは「認知不全」と「判断ミス」に起因しています。各種の統計や分析などを引くまでもなく、わざわざ好き好んで危険な要素(他のクルマや歩行者)がある方向へクルマを走らせる人はいません。そこにいる(もしくは「来る」)とは思っていなかった場所に相手がいたからこそ、衝突事故が起きるわけで、その典型が出会い頭の衝突事故です。

 相対速度差についても「認知」や「判断」のミスが起こりがちです。よく「漫然運転」などと呼ばれますが、ぼーっとしていたり、同乗者との会話に夢中になっていて、前方を走行しているクルマとの相対速度差を正確に把握できないと、結果として追突事故を起こしかねません。ケータイを手に持って話しながらの運転や、TVを見ながらの運転が禁止されているのは、この漫然運転におちいらないための措置なのです。

 話をまとめまると、交通事故はクルマや人の進路が交叉することで起こり、そのダメージの大きさは相対速度差に比例します。進路が交叉する原因の多くは認知不全です。
 これを逆に考えると、周囲のクルマや人の存在を常に正しく認知でき、それらとの間で進路が交叉しないように操作できれば接触事故や衝突事故は起きない、ということになります。また、衝突が避けられない場合でも、相対速度差を小さくできれば、ダメージを減らすことができるはずです。

 

■ FVCWSによる衝突警告機能

 事故・衝突回避の実現を目指して、さまざまな機構が研究・開発され、ISO(国際標準化機構)のテクニカルワーキンググループでも仕様の策定と標準化作業が行なわれてきました。

 すでに市販車に搭載され、実用化されているものの筆頭が、FVCWS(Forward Vehicle Collision Warning System 前方車両衝突警報システム)。車間距離測定装置を使って前走車との車間距離ならびに相対速度を測定し、衝突のおそれがある場合に警報を発する機構です。

 車間距離測定のための装置は、以前からアダプティブクルーズコントロールシステム(Adaptive Cruise Control System 車間距離適応走行制御システム)で実用化されているものが数多くありますから、そこに相対速度差による衝突予測と、ドライバーへの警告のための機能を盛り込めば、FVCWSの基本システムが構築できるわけです。
 また、衝突が避けられないと判断した場合、自動的にブレーキアシスト機構を動作させて相対速度差を少しでも小さくしたり、シートベルトのたるみを巻き取って拘束力を高めることで、搭乗者のダメージを軽減するといった応用も実現しています。

■ 直感的に危険回避できるシステム

 残るは側方と後方の衝突回避です。側方衝突回避は、ISOではSide Obstacle Warning System(側方障害物警報システム)、低速での後退走行支援はManeuvering Aid for Low Speed Operation (低速後退走行支援)と呼ばれており、各メーカーが独自に発展系を開発しています。




 側方衝突回避については、先日、日産の開発・研究用車両に体験試乗する機会がありました。「サイドコリジョンプリベンション」と呼ばれるこのシステムは、並走するクルマがいる場合、そちら側へハンドルを切り始めた段階で、室内のドアミラー付け根部分に設けられた警告灯が点滅しながら警告音が鳴ります。
 それでもハンドルを切ったままにしておくと、今度は後輪の片側(並走車が左にいるなら右側)だけにブレーキをかけ、ごく軽い旋回力を発生させて並走車のいない方向へのクルマの動きを作り出すことで、ドライバーに危険を告知します。

 実際に運転して体験しましたが、旋回力による危険告知の状態は、まるでクルマのボディに沿って「浮き輪」のような空気のクッションが備わっていて、それが軽く何かに触れているかのような感覚。「そちら側へ進む上で、何かの問題がある」とクルマが知らせていることが、直感的に理解できるものでした。
 開発担当エンジニア氏いわく、「警告のためのなんらかの違和感は与えなければならないが、違和感が大きすぎて、ドライバーがそのことに戸惑ってしまったり、とらわれてしまうようではいけない。また、その違和感が何に起因しているのかを直感的に理解できることが重要」とのことでしたが、その狙いは十分に達成できている、との印象を受けました。

 もうひとつ重要なのは、機構の動作があくまで「支援」と「警告」に留められていることです。旋回力による警告が発生している状態でも、ハンドルを切り足せば、クルマはその方向に曲がっていきます。たとえば前方になんらかの危険を発見した場合、並走車との位置関係を測りながらハンドル操作で避けられる余地を残しているわけです。

 その根底にあるのは、「運転の主体はあくまで人間であり、クルマがドライバーの意志を超えて動くようなことがあってはならない」との思想です。最終的な目標が完全自動運転なのだとしても、それが完全無欠のものとなるまでの間、クルマはあくまで「人間という不完全な生き物の能力を拡張し、支援する道具」であることを忘れずにいてほしいものです。


著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。
現在はMotorFan illustrated誌、日経トレンディネットなどに執筆。
著書/共著書/編集協力書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」「PC自作の鉄則!2005」(日経BP社)
「図解雑学・量子コンピュータ」(ナツメ社)など

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