テクノ雑学

第77回 これからの電気は貯めて使う! -ナトリウム硫黄電池の仕組み-

猛暑だった今年の夏は、首都圏の大規模停電の危機が身近に迫った夏でもありました。7月に発生した新潟県中越沖地震の影響で、東京電力柏崎刈羽原子力発電所の原子炉がすべて運転を停止したため、東京電力の発電施設だけでは、必要な最大電力需要をまかなえるだけの発電ができなくなっていたのです。

 とはいっても電気の使用量は気温や時間帯によって違うはず。使用量の少ない時に電気を蓄えておいて、使用量の多い時に使えば、停電の危機は回避できるのではないでしょうか。そのような目的で研究が進められているのが、ナトリウム硫黄電池(NAS電池)を利用した、電力貯蔵システムです。
 

備蓄ができない電気の事情

水やガスと異なる電気の大きな特徴として、「発電所で作られた電気はそのまま送電される」ということがあげられます。電力会社では、夜間など需要が少ない時には発電量を減らし、昼間や猛暑・極寒で電力需要が多い時には発電量を増やすことで、電力需要の増減に対応しています。つまり、需要がもっとも多い季節と時間帯に合わせた発電設備がなくては、需要のピーク時に電圧低下や停電を引き起こすことになってしまいます。

 現在停止している柏崎原子力発電所は東京電力の電力供給量の約1割強を担っていたため、猛暑となったこの夏、予測では首都圏では発電量が電力需要に追いつかず、大規模な停電の発生が懸念されました。毎日のニュースで電力需要量について報道されていたのを記憶されている方も多いのではないでしょうか。東京電力では、利用者に節電を呼びかけるとともに、他の電力会社から電力を融通してもらうことで、この危機を回避したのです。

 このように、各電力会社では、ピーク時の電力量をまかなえる規模の発電設備を用意しています。しかし、ピーク時に対応できる発電設備は、言い換えればそれ以外の時期には一部が無駄になってしまうということでもあるのです。

 電気が不要な時に電気を貯めて、必要な時に使えれば、発電設備を効率的に利用できます。そのための技術として、今、電力会社が中心となって研究と実用化が進められているのが、ナトリウム硫黄電池(NAS電池)を利用した電力貯蔵システムです。

■ ナトリウム硫黄電池(NAS電池)の仕組み

 NAS電池は、負極に液体ナトリウム、正極に液体硫黄を使い、電解質としてナトリウムイオンを通す特殊セラミックスを使った化学電池(酸化還元反応により生じる電気を利用する電池)で、300度程度の高温で動作します。液体ナトリウムと正極の液体硫黄がセラミックスで隔てられた構造になっており、間をナトリウムイオンが移動することで、充電と放電が可能になります。

NAS電池の放電と蓄電の原理を図で見てみましょう。


<放電の仕組み>

負極側でナトリウムがナトリウムイオンと電子に分かれる。

ナトリウムイオンはセラミックスを通過して正極に移動する。電子は電池の外に出て負荷を通り正極側に移動する。(電流の向きは電子の動く向きとは逆なので、ナトリウム側が負極になる)

ナトリウムイオン・硫黄・電子が反応して多硫化ナトリウムになる。

<充電の仕組み>

電気を流すことで、多硫化ナトリウムがナトリウムイオン・硫黄・電子に分かれる

ナトリウムイオンはセラミックスを通過して正極に移動する

負極側に移動したナトリウムイオンは、電子を受け取ってナトリウムに戻る

 NAS電池は、従来使われている鉛蓄電池と比較して、同じ体積で3倍のエネルギーを蓄えられるので、コンパクトに多くの電気を蓄えられます。また、電解質が固体なので自己放電しにくく、充放電効率が高いことと、充放電が2000回以上可能で繰り返し使えることも特徴です。

 実際のNAS電池は、円筒形の単電池をたくさん集めて、断熱容器に収納したモジュールとして使用します。断熱容器内には砂が詰められており、単電池の固定と単電池破損時に被害を最小限にとどめる役割をしています。

単電池の構造

 

 

モジュール電池の構造

 

■ 電力貯蔵システムで地球温暖化にブレーキを

 電力会社では、需要の減る時間帯の電力を、「夜間電力」として割安で提供しています。この時間帯の電力をNAS電池に貯めて、昼間使うことで、利用者は電気料金を削減することができます。また、NAS電池に貯蔵された電気を、瞬低(一瞬電圧が低下すること、精密機械などでは動作に影響することがある)の防止や非常用バックアップ電源としても利用できます。

 夜間電力は昼間電力に比べて発電時に排出されるCO2の量が少ないため、昼間電力を削減して夜間電力を活用できる電力貯蔵システムは、地球温暖化防止の視点から見ても効果的です。電気料金削減と環境対策の一石二鳥な設備投資として、自社施設へのNAS電池導入を推進する企業が増えています。

 大量に電気を使う工場や大規模事業所にNAS電池が広く普及すれば、電気需要そのものの平準化が進み、電力会社の発電システムも効率的な利用が可能になります。これは、長期的にみれば、発電設備への投資を抑制し、ひいては電気料金の抑制にもつながります。

 太陽光発電や風力発電などの自然エネルギーを利用した発電は、時刻や天候などにより発電量が安定しない点をどう克服するかが課題となっていました。NAS電池と組み合わせて使うことで、安定した電力供給源として利用しやすくなります。

 今までの常識を覆す「貯めて使う電気」を実現するNAS電池は、省エネルギーの新たな切り札になる可能性を秘めた技術です。今後の動向にも注目していきたいものです。


著者プロフィール:板垣朝子(イタガキアサコ)
1966年大阪府出身。京都大学理学部卒業。独立系SIベンダーに6年間勤務の後、フリーランス。インターネットを中心としたIT系を専門分野として、執筆・Webプロデュース・コンサルティングなどを手がける
著書/共著書
「WindowsとMacintoshを一緒に使う本」 「HTMLレイアウトスタイル辞典」(ともに秀和システム)
「誰でも成功するインターネット導入法—今から始める企業のためのITソリューション20事例 」(リックテレコム)など

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